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プロローグ:天罰
日の巫女
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——クライヤマ
そう呼ばれる集落では、人々が平和に、かつ、穏やかに生活していた。
暴力など欠片も無く、富も貧も無い。所有という概念を持たず、採れたものはその全てが、クライヤマに住む全員の財産として共有された。
誰もかれもが、真に平等で同じ高さに立っていたのだ。
ただ、一人を除いて。
「巫女様、明日の天気は如何でしょうか?」
土で汚れた顔の、中年の男が問うた。彼は畑で作物を作るのが得意な男で、収穫の時期が迫っているために、天候を気にしていたのだ。
その問いに対し、「巫女」と呼ばれた少女が答えた。
「明日は、心地よい晴天となるでしょう。収穫にはうってつけですね」
物腰柔らかく、大いなる包容力を感じさせる優しい声色で、質問者の男に対して言葉を返した。
それと同時に巫女は、十六歳という年齢に見合った、可憐な微笑みを浮かべていた。
「ほう、晴天ですか。ありがとうございます。これで安心して収穫を迎えられます」
安堵の表情を浮かべた男は、再三、礼の言葉を発しながら一礼。軽やかな足取りで、巫女の座する社を去った。
「……」
男を見送った巫女は、身に着けた日長石の首飾りを手に取った。それを太陽光にかざし、美しい輝きを観察する。
「相変わらず綺麗。それに、あたたかい。まるで、クライヤマの皆の様」
石を握り、拳を胸に当てて目を閉じた。数秒の沈黙を破り、彼女は祈った。
「今日も、明日も、明後日も。願わくば永久に、太陽の加護がありますように」
住人が「巫女」と呼び慕う存在は、より正確には「日の巫女」である。
崇高なる太陽の恩恵をこの地にもたらし、維持する。代々、世襲制で受け継がれてきた一種の役職であった。
大昔、大きな厄災が起こった際、救済の祈りを込めて「日の巫女」をたてた。すると、見事に状況が改善したという。
その出来事があってから、巫女という役割は引き継がれ続けた。
そうしていくうちに多くの人が集まり、巫女を信仰する形でまとまっていき、今のクライヤマに至る。
住民は巫女を崇め、彼女自身もまた、その役割を誇りに感じている。
「……?」
日長石を首に戻しながら、巫女は自分に向けられた視線に気づいた。
「あ、ユウキ。また来てる」
ユウキと呼ばれた少年。存在に気付かれた彼は、社の隅にある植え込みから出でた。
「またバレた。気配に敏感だな、リオは」
薄汚れた顔で、少年は言った。日の巫女である彼女の本名を知る彼は、巫女とは幼少期からの友人である。
「またお母さんに怒られちゃうよ?」
幼き日を共にしたユウキとリオだったが、いつまでも共にいる事は許されなかった。
クライヤマの住民にとって、巫女は大切な存在だ。特定の個人に限らず、全ての人に対して等しく接する。
巫女に就任する際、リオに課されたその条件は、二人を割いたのであった。
「別にいいよ、叱られるくらい。そんなのを凌駕するくらい、でかい利点があんだから」
「……もう、そんな事ばっかり」
いけないことと分かっていても。発覚したら怒られると分かっていても。ユウキは、リオに会いに来るのをやめなかった。
何度つまみ出されようと、彼女のもとに通い詰めた。いつか、気持ちを伝えられる時が来ると信じて。
◇◇◇
それから二年ほど経過した年の事。平穏だったクライヤマは、一転して、危機に瀕していた。天候に恵まれず、作物が育たないといった問題が起きたのだ。
困り果てた人々は、こぞって日の巫女に救済を乞うた。彼女の言葉と力を信じるクライヤマの文化からすれば、当然のことだ。
「巫女様! どうか、どうか太陽のお恵みを!」
「今日は晴れますか? 明日は? 明後日は?」
「どうして救ってくださらないのですか? 巫女様!」
「我々はこんなにも、困っているのですよ⁈」
神聖な雰囲気の社に、まるで似つかわしくない喧騒が響く。不満の風下に立たされた十八歳の少女は、困惑した。どうしたら良いのか、まったく考えられなかった。
「巫女様! どうか、どうか救済を!」
「いつになれば、太陽は顔を出すのですか、巫女様!」
「えっと……えっと……」
慌てふためきながらも、巫女は必死に明日の天気を占う。が、導かれる回答は曇天か降雨のみ。直近で晴れる日は一向に見られなかった。
「し、しばらくは……悪天候が、続きます」
心を痛めながらも、リオは悲惨な結果をお告げとして発表した。
「どうしてですか⁈」
「うう……」
「どうして日は出ないのです⁈」
「……ら、ないよ」
なぜだ。
どうしてだ。
そんな問いの荒波に揉まれた巫女は、涙を流しながら叫んだ。
「分からないよ! そんな事を訊かれても、私にだって分かんないよ!」
そこには、信仰の対象である日の巫女の姿は無かった。ただ、リオという少女が立っているのみであった。
彼女の叫びを聞き、天から滴る水の音を除いて静まり返った。どれくらい黙り込んでいたのかは分からない。
やがて一人の住民が、呟いた。
「俺たちを……だましていたのか?」
「……え?」
突然の言葉に、巫女は疑問符を返す事しか出来ずにいた。巫女衣装が濡れようが、髪が崩れて顔に水が垂れようが。
「だまして……いたのか?」
住民は繰り返した。それを皮切りに、次々と詐称の有無を問う声が発せられた。
「巫女様、我々に嘘をついていたのですか?」
「本当は、太陽の加護など無い、という事なのですか?」
「答えてください、巫女様!」
「巫女様!」
「う、嘘じゃないよ! 太陽の加護は、本当に——」
弁明を試みる巫女だが、上がりきった住民の熱は冷めることを知らない様子であった。
「ならば何故、晴れないのですか!」
「そ、それは……っ!」
そしてついに、こう言い出す住民が現れた。
「う、裏切者!」
「……っ⁈」
「裏切者!」
「こ、これは巫女なんかじゃない! 俺たちを——クライヤマを滅ぼす邪神だ!」
「み、皆、落ちつい——」
「捕らえろ!」
——うおおおおおお!
「きゃあ! や、やめ——うぐっ⁈」
暴徒と化した住民は、つい先日まで神聖だとしてきた場所に土足で踏み入り、僅か十八歳の少女を捕縛した。
自制の効かなくなった彼らは、相手が少女だろうと容赦なく痛めつけた。
巫女衣装はボロボロになったうえ剥がされ、細身で綺麗な身体が露に。肌には、痛々しい傷がいくつも付いた。
おおよそ、年端も行かぬ少女に対する仕打ちとは思えぬ様相であった。
そう呼ばれる集落では、人々が平和に、かつ、穏やかに生活していた。
暴力など欠片も無く、富も貧も無い。所有という概念を持たず、採れたものはその全てが、クライヤマに住む全員の財産として共有された。
誰もかれもが、真に平等で同じ高さに立っていたのだ。
ただ、一人を除いて。
「巫女様、明日の天気は如何でしょうか?」
土で汚れた顔の、中年の男が問うた。彼は畑で作物を作るのが得意な男で、収穫の時期が迫っているために、天候を気にしていたのだ。
その問いに対し、「巫女」と呼ばれた少女が答えた。
「明日は、心地よい晴天となるでしょう。収穫にはうってつけですね」
物腰柔らかく、大いなる包容力を感じさせる優しい声色で、質問者の男に対して言葉を返した。
それと同時に巫女は、十六歳という年齢に見合った、可憐な微笑みを浮かべていた。
「ほう、晴天ですか。ありがとうございます。これで安心して収穫を迎えられます」
安堵の表情を浮かべた男は、再三、礼の言葉を発しながら一礼。軽やかな足取りで、巫女の座する社を去った。
「……」
男を見送った巫女は、身に着けた日長石の首飾りを手に取った。それを太陽光にかざし、美しい輝きを観察する。
「相変わらず綺麗。それに、あたたかい。まるで、クライヤマの皆の様」
石を握り、拳を胸に当てて目を閉じた。数秒の沈黙を破り、彼女は祈った。
「今日も、明日も、明後日も。願わくば永久に、太陽の加護がありますように」
住人が「巫女」と呼び慕う存在は、より正確には「日の巫女」である。
崇高なる太陽の恩恵をこの地にもたらし、維持する。代々、世襲制で受け継がれてきた一種の役職であった。
大昔、大きな厄災が起こった際、救済の祈りを込めて「日の巫女」をたてた。すると、見事に状況が改善したという。
その出来事があってから、巫女という役割は引き継がれ続けた。
そうしていくうちに多くの人が集まり、巫女を信仰する形でまとまっていき、今のクライヤマに至る。
住民は巫女を崇め、彼女自身もまた、その役割を誇りに感じている。
「……?」
日長石を首に戻しながら、巫女は自分に向けられた視線に気づいた。
「あ、ユウキ。また来てる」
ユウキと呼ばれた少年。存在に気付かれた彼は、社の隅にある植え込みから出でた。
「またバレた。気配に敏感だな、リオは」
薄汚れた顔で、少年は言った。日の巫女である彼女の本名を知る彼は、巫女とは幼少期からの友人である。
「またお母さんに怒られちゃうよ?」
幼き日を共にしたユウキとリオだったが、いつまでも共にいる事は許されなかった。
クライヤマの住民にとって、巫女は大切な存在だ。特定の個人に限らず、全ての人に対して等しく接する。
巫女に就任する際、リオに課されたその条件は、二人を割いたのであった。
「別にいいよ、叱られるくらい。そんなのを凌駕するくらい、でかい利点があんだから」
「……もう、そんな事ばっかり」
いけないことと分かっていても。発覚したら怒られると分かっていても。ユウキは、リオに会いに来るのをやめなかった。
何度つまみ出されようと、彼女のもとに通い詰めた。いつか、気持ちを伝えられる時が来ると信じて。
◇◇◇
それから二年ほど経過した年の事。平穏だったクライヤマは、一転して、危機に瀕していた。天候に恵まれず、作物が育たないといった問題が起きたのだ。
困り果てた人々は、こぞって日の巫女に救済を乞うた。彼女の言葉と力を信じるクライヤマの文化からすれば、当然のことだ。
「巫女様! どうか、どうか太陽のお恵みを!」
「今日は晴れますか? 明日は? 明後日は?」
「どうして救ってくださらないのですか? 巫女様!」
「我々はこんなにも、困っているのですよ⁈」
神聖な雰囲気の社に、まるで似つかわしくない喧騒が響く。不満の風下に立たされた十八歳の少女は、困惑した。どうしたら良いのか、まったく考えられなかった。
「巫女様! どうか、どうか救済を!」
「いつになれば、太陽は顔を出すのですか、巫女様!」
「えっと……えっと……」
慌てふためきながらも、巫女は必死に明日の天気を占う。が、導かれる回答は曇天か降雨のみ。直近で晴れる日は一向に見られなかった。
「し、しばらくは……悪天候が、続きます」
心を痛めながらも、リオは悲惨な結果をお告げとして発表した。
「どうしてですか⁈」
「うう……」
「どうして日は出ないのです⁈」
「……ら、ないよ」
なぜだ。
どうしてだ。
そんな問いの荒波に揉まれた巫女は、涙を流しながら叫んだ。
「分からないよ! そんな事を訊かれても、私にだって分かんないよ!」
そこには、信仰の対象である日の巫女の姿は無かった。ただ、リオという少女が立っているのみであった。
彼女の叫びを聞き、天から滴る水の音を除いて静まり返った。どれくらい黙り込んでいたのかは分からない。
やがて一人の住民が、呟いた。
「俺たちを……だましていたのか?」
「……え?」
突然の言葉に、巫女は疑問符を返す事しか出来ずにいた。巫女衣装が濡れようが、髪が崩れて顔に水が垂れようが。
「だまして……いたのか?」
住民は繰り返した。それを皮切りに、次々と詐称の有無を問う声が発せられた。
「巫女様、我々に嘘をついていたのですか?」
「本当は、太陽の加護など無い、という事なのですか?」
「答えてください、巫女様!」
「巫女様!」
「う、嘘じゃないよ! 太陽の加護は、本当に——」
弁明を試みる巫女だが、上がりきった住民の熱は冷めることを知らない様子であった。
「ならば何故、晴れないのですか!」
「そ、それは……っ!」
そしてついに、こう言い出す住民が現れた。
「う、裏切者!」
「……っ⁈」
「裏切者!」
「こ、これは巫女なんかじゃない! 俺たちを——クライヤマを滅ぼす邪神だ!」
「み、皆、落ちつい——」
「捕らえろ!」
——うおおおおおお!
「きゃあ! や、やめ——うぐっ⁈」
暴徒と化した住民は、つい先日まで神聖だとしてきた場所に土足で踏み入り、僅か十八歳の少女を捕縛した。
自制の効かなくなった彼らは、相手が少女だろうと容赦なく痛めつけた。
巫女衣装はボロボロになったうえ剥がされ、細身で綺麗な身体が露に。肌には、痛々しい傷がいくつも付いた。
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