宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第二章

【十一話】未詳と兆候。(2)

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帰りの馬車。ケガを治療してもらい、すっかり元通りになった。

「撤退が遅れて申し訳ないです。」
「ご迷惑をおかけしました。」

戦闘があったとはいえ、上官二人とエリナさんを長時間待たせた事への罪悪感は大きい。

「いいのよ。それより、何かあったんでしょう?」
「ご主人様と奥様が、あのようなケガを負って帰られるなんて……。」
「はい。実は……」

——先ほど姿を見せた白い少年。彼の事をお姉ちゃんに伝える。

「——それは……二人が記憶で見たっていう?」
「同じ奴かは分かりませんが、同種かと」
「聞くまでもないけど……戦闘能力はどのくらいだったの?」
「かなり手ごわかったですね」
「私とユウが協力してやっとです。多分、一人だったら……」
「つまり、接触危惧種どころの騒ぎじゃないって事よね?」

最初に見た光景が、脳内にフラッシュバックした。

「そうだ、そいつ、トラ型を微動だにせず、一撃で葬ったんです」
「え、その白い奴が?」
「はい。」
「私も見ました。間違いないです。」
「白い少年は、魔物ではないのでしょうか……?」
「そうよね。魔物が魔物を殺すなんて、考えにくいものね。」

——実際、敵の同士討ちは今のところ報告されていない。

「他に、何か特徴はあった?」
「ええ。人間の言葉を話していました」
「……それは、あいつらみたいな感じで?」

——右腕たちの事だろう。

「いえ、奴らのような覚束ない言葉ではなく、凄く流ちょうに。会話もできるほどです。」
「何て言うか……優れた知性を感じました」
「知性、ねぇ……。撃破した時の状況はどうだった?」
「首を落としたら普通に死にました。コアは無かったです。」
「最期は光の粒になって消えました」
「そう。似て非なる物って感じね。」

これで一通りの報告が済んだ。

「わかったわ、ありがとう。すぐにでも報告書を出さないとね。」
「「お願いします」」

どんな対処法があるのかは想像もつかない。
だが、あんなモノを放っておくわけにもいかなそうだ。



暗い、暗い、気味の悪い装飾の部屋。
壁のロウソクで僅かに明るい。そんな場所。

「魔王様、報告致します。」
「何事か」
「ニンゲンと奴らの交戦があったようです。」
「なに?集団でか?」
「いえ。二対一の小規模な戦いのようです。」
「結果は?」
「ニンゲン 二名が勝ったとのこと。」
「ほう、まさかの結果だな。」
「ええ。ツォルン様方を破った者共の一部ではないかと考えております。」
「まあそんなところだろう。」

「魔王」は、あごに手を当てて何かを考えこんでいる。

「それからもう一つ。」
「なんだ」
「奴らとの戦線ですが、現在、我々が押しています。どうやら、奴らは撤退しているようです。」
「ほう、素晴らしい。」
「このまま奴らの領地まで攻め入りましょうか?」
「いや」

報告に来た部下に向けた鋭い眼差しと、狂気的な笑み。
向けられた側は、その恐ろしさに少し震える。

「いい機会だ。そっちの勢力もニンゲンの方に送る。」
「かしこまりました。そう指示して参ります。」
「それから、貴様も対ニンゲン戦線に参加しろ。」
「はっ。必ずや、ツォルン様方の仇を討ってご覧に入れましょう。」
「期待しておるぞ」

跪いていた部下が立ち上がり、その部屋を出ていく。

「クククッ、愚かなるニンゲンよ。卑怯者のニンゲンよ。今度こそ滅ぼしてくれる……」

暗く無気味な広い部屋に、彼の高笑いが響いた。



——帰還後、なんとなく落ち着かない気分を紛らわすため、
俺とアイシャは王都へ散歩に出た。相変わらずの人込みだ。

「どこ行く?」

出たはいいが、予定はない。

「そうだな……」

旧邸の方には噴水公園や遊技場があった。
こっちに何があるか、そういえばあまり知らない。
屋敷の居心地が良すぎるのも問題だな。

「東の方に、おもちゃ屋あったよね?」

アイシャに言われ、王都に来て二日目の散策を思い返す。

「あ~、あった気がする」
「そこ見に行こうよ」
「おう」

そろそろ新しいボードゲームなんかが欲しいころ。
はぐれないよう、彼女の手を引いて進んだ。

中央の広場を抜けると、人の波が多少ましになった。

「ここだな」

店に入ると、客は親子ばかりなのが分かる。
当然と言えば当然なのだが。
一階には人形やぬいぐるみが数多く陳列されている。
ゲームの類は二階だ。

「わ、すごい数」
「一通り見るのも大変だ、こりゃ」

ストロングホールドの店とは比較にならない。
……そもそも、二階がある時点で比べるまでもないのだが。


数十分探し、いたって普通のすごろくを購入。
店を出ると、日が傾いていた。

「そろそろ帰らないとな」
「あんまり散歩できなかったね」
「確かに」

なんて、誰に向けられるわけでもない文句を垂れながら進む。

変に記憶に残る路地の前を通った。
ここは以前、俺たちを尾行した祖父が姿を消した場所。
あの行動に何の意味があったのかは分からないが——

「……?」
「どしたの?」
「なんか……視線を感じた」
「視線?」
「そう。」

祖父はもう死んだはずだ。何事かと周囲を見渡す。
が、あの時のように、こちらを見る者の姿は捉えられない。

この路地にはまだ何かある。

そう思った俺は、ゆっくりとその場所へ足を踏み入れた。

不思議と、人々の声が遠く聞こえる。

「ここから見られたの?」
「……分からない」

建物の壁や隙間を調べる。

「けど、じいちゃんが一瞬で隠れられた仕掛けがあるはずなんだ」
「確かに」

——ダメだ、何も見つからない。

「……俺の気のせいかな?」
「かもね。行こっか」
「うん」

この場所を意識しているせいで感じた幻かもしれない。

そう思って一歩踏み出した時の事。

《僕はここだよ》
「「——っ⁈」」

ふいに背後から聞こえた声。
思わず短剣を抜いて振り向いた。

《ふふっ、物騒だね。大丈夫、僕は敵じゃない。》
「……敵じゃない?」
「信じられないよ」

アイシャの言う通り、声の主を信頼することは出来ない。

なぜなら——

《僕が、白い何かだからかい?》

昼。アルプトラオムで俺たちを襲った白い少年。
こいつは、見るからにその仲間だ。

青年は、なぜか不敵な笑みを浮かべている。

《場所を変えようか》

そんな言葉と共に、右手を挙げた。
すると、一瞬だけ眩暈がして、俺たちは祖父と対峙したあの時と同じような場所に立っていた。

「あんたは一体……」
《僕はね、ユウ。君のおじいちゃんとは友達だったんだ》
「……は?」
《まあ、信じられないよね。じゃあ、これをご覧よ。》

一冊の厚い帳面を手渡された。警戒しつつ受け取った。

「これは?」
《君のおじいちゃんの日記さ》

ページをめくると、確かにそれらしいことが書かれていた。

あるページに目が行く。


——ユウの成長は目まぐるしい。アイシャちゃんも同様らしく、二人の将来には期待できる。
彼らも、巧いこと魔物を抑えているようだ。事は順調に進んでいる。


そう書かれていた。
四年ちょっと前の日付だ。

「な……何であんたが、じいちゃんの日記を?」
《言ったろ?友達だってさ。》
「……分からないな。あんた達は何者なんだ?魔物じゃないんだろ?」
《我々の正体を明かすわけにはいかない。が、君の言う通り、マモノではないよ。》

白い奴らの事は気になるが、どうにも教えてくれそうに無い。

「ねえ。この、魔物を抑えているっていうのは何?」

アイシャの疑問はもっともだ。
魔物を抑えていたのはユーリの封印のはず。
それに、魔物が解き放たれたのは約十年前。
四年前に書かれた文章としては疑問を感じざるを得ない。

《それだけどね、近々その抑止が解けるんだ。君たちの戦いがちょっと忙しくなるかもね。》

よく分からないが、つまり、氷山の見えていない部分が露になるというのだろうか?

「質問に答えて」
《言えない。けど、後に分かることさ》
「目的は?」

そう訊くと、奴の顔から笑みが消え、いたってまじめな表情で答えた。

《——マオウを討つ事》
「魔王を……討つ……?」
「五百年前のとは違う、新しい魔王がいるって事?」

以前の魔王はユーリと共に死んだはず……

いや、白い奴らは魔物ではないんだったな。
矛盾とも思える情報の波で、頭が混乱してきた。

《いいや、五百年前から変わらないよ。ここにもいろいろと僕らの事情があるんだ。》

言えない、言えない、言えない。そればかり。

じゃあこいつは——

「あんた、なんで視線を送ってきたんだ?」

——何が目的で俺に認知されるように行動したんだろう。

《そうそう。言いたいことがあったんだ。質問攻めにされて忘れてたよ》

——悪かったな。

「悪かったわね」

——よく言ったな。

《ひとつ、謝罪をね》
「……謝罪?」
《そう。昼間は済まなかったね。痛かったろう?》
「まあ……痛かったけど……」
《ニンゲンとは戦うな、という指示なんだ。彼はそれを破ったんだよ。》
「戦うな……?不戦契約でもあるのか?」
《いや、我々が勝手に決めていることさ。》
「なんで?」
《ニンゲンは敵じゃないからね。君たちも、マオウが居るなら討ちたいだろ?》

右腕たちやユーリの記憶に関して、未だ「魔王」が居る可能性があると報告してある。
人類としては、奴の言う通り、魔王がいるなら討伐したいだろう。

「まあ。」
《我々もマオウを討ちたいと言ったよね?》

——敵じゃないっていうのはそういう事か。

《僕たちとニンゲンは、目的が合致しているんだ。君らの報告のおかげでね。》

なるほど、よくわからないうちに加担していたわけか。

《とにかく、僕たちはニンゲンの敵じゃないよって事、共通の目標としてマオウを討ちたいよって事、昼間はゴメンねって事。この三つだけ伝われば十分だよ》

やっぱり全面的に信頼できるわけじゃないけど、
どうやら敵意が無いのは本当らしい。

「用が済んだら俺たちを戻してくれ」
《ああ、邪魔して悪かったね。あの路地で声をかけてくれれば、僕はいつでも居るから。》

——質問にはなかなか答えないくせに。

《じゃあね。》

青年が手を挙げると、俺たちはいつの間にか例の路地に戻っていた。

祖父も使っていたあの力。

一瞬で隠れられたのはアレかもしれない。

「って、もう真っ暗じゃんか」
「わ、ほんと。急がないとね」

奴の事は一いったん忘れ、今はとにかく屋敷へ戻ろう。



明るく、広い部屋。天井の高さが、さらに広さを強調する。
そんな場所で、計七人の老爺と老婆が長い机を囲んでいる。
違和感を言うとすれば、その者たちが皆、白いことだろう。

「監理よ。」

その内の老婆が声を発した。

「ニンゲンの動きはどうか。」

問いに、一人の老爺が答える。

「マオウの右腕らを全滅させたようだ」
「ニンゲンが、か」

驚いた表情で監理に問うた。

「そうだ」
「ニンゲン……敵にはしたくないものだな。」
「それと、マオウを認知し始めている。」
「そうか。では、彼らと目的が一つになったのだな。」
「ああ。」
「元帥。対マモノ戦線はどうだ。」
「撤退を開始した。予想通り、マモノはニンゲン達の方向へ進軍している。」
「巧く行ったようだな。参謀。もう一度計画を聞かせてもらおうか。」
「ニンゲンを攻撃しに向かい、防御の薄くなったマモノ攻撃する。マオウ討伐隊とマモノ殲滅隊に別れ、それぞれを攻撃する予定だ。」
「勝算は」
「マオウ討伐に関しては、奴の力が未知数であるが故、何とも言えぬ。」

老婆が一瞬厳しい顔をした。
しかし、感情を昂らせることなく続けた。

「マモノ殲滅の方は」
「そちらは間違いなく成功すると見ていい。背後からマモノを攻撃し、ニンゲンと挟み撃ちすることで、撤退も支援も許さない。」
「今のニンゲンの力で、マモノを抑えられるのか」
「監理の言った通り、彼らの中にはツォルンらを破った者がいる。ダメージはあるだろうが、ここで滅びてしまうような、やわな連中ではあるまい。」
「——そうだな。彼らに期待しておこう」



 世界は狭い……そう思っていた。
でも、今日の出来事でそれは一変した。
狭いのは「世界」ではなく、俺の「世間」だった。

白い少年と青年。
それに、ユーリの記憶で見た自称・魔王もそうだ。

彼らは何者なんだろう。魔物ではないと言っていた。
かといって、人間でもなさそうだ。

人間と魔物の戦争に、第三勢力がある。
今はそうとしか言えない。

「ちょっと、轢かれるよ」
「ん?ああ、馬車か」

考え事をしながら往来を渡ろうとして、アイシャに止められた。

「どうしたの?ぼーっとして。」
「ちょっと考え事をね」
「……気を付けてよね」
「すみませんでした」

やがて、馬車が俺たちの前を通過する。

「……貨物じゃないね」
「やけに豪華だったな」

王都が人を招く際に使う、比較的豪華な座席車を引いている。

それには見覚えがある。

「もう一年くらいになるんだね」

俺とアイシャが、魔特班に新米騎士として配属されたのは、もう約一年前の事。
年々時間が速くなるように感じる……なんて、おじさんみたいな気になる。

「早いな」
「うん。」

あの豪華な馬車に乗って王城に向かい、数日後にお姉ちゃんやリーフさんと初めて顔を合わせた。

 ……馬車を見送り、俺たちは再び屋敷へと歩みを進めた。

空を見ると、月は新月。

何かこう、良くも悪くも、新しいことが始まる兆しを感じた。
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