宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【七話】怠惰と変動。(3)

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翌朝。
いつも通り、母さんに起こされ、オレは遅刻ギリギリで教室へ。

「こら、ユウ。また遅刻ギリギリじゃないか」
「ごめんなさい」
「まったく。体を拭いて席に着きなさい」
「はい」

今日は雨が降っていた。
傘など意味をなさないほどの大雨で、オレはすでにびしょ濡れだ。
正直言うと学校に来たくなかった。
寝ぼけた状態でも、その音で天候が想像できたからだ。

授業は退屈で、オレは窓の外を眺めていた。
雨の降る景色を見ると、昨日から続く感覚を、少しかき消せる気がしたからだ。


 昼休み。弁当をもって廊下に出ると、隣のクラスのアイシャが待っていた。

「おまたせ」
「ううん。雨、すごいね。」
「ああ。また家の水抜きをやらされそうだよ」
「……めんどくさいね」

そこにサラの姿はない。
今からもう一つ隣の教室に迎えに行く。

「ねぇねぇ」

アイシャがその教室から出てきた生徒に声をかけた。

「ん?」
「サラいる?」
「ああ、サラちゃんね——」

いつもの光景。
この後、クラスメイトに呼ばれたサラが申し訳なさそうに出て——

「来てないの。今日はお休みみたい。」
「えっ」
「休みか……。まあ昨日、疲れてそうだったしな」
「そっか。教えてくれてありがとう」

サラがいないことを教えてくれた生徒は、友達と共に弁当をもって去った。

サラ……。

雨を見て落ち着かせた心が再びざわつき始めた。

「やっぱり疲れてたのかなぁ……。悪いことしちゃった……。」
「今日の帰り、サラの家にお見舞いでも行くか?」
「……そうだね。」

お見舞い、という理由をつけて、一刻も早く彼女の状態を確認したかった。
それがどうしてなのかは分からないが、この嫌な気持ちとサラが無関係とは思えず、
そうと自覚すればするほど不安感は大きく育った。


昼休みが終わり、午後の授業が終わっても、雨は降り続けた。
先にホームルームが終わり待っていたアイシャ。
彼女と合流し、サラの家に向かう。

「雨、やまないね」
「……うん」

遠くの方に稲光が見えた。

「荒れそうだな……」


 サラの家に着くと、人ごみと、その先に憲兵がいた。

「……何事?」

アイシャの疑問の声が耳に届かないほど、鼓動が大きく聞こえた。
何が起きているのかは分からない。ただ、憲兵の存在が、ただ事ではないことを示している。

「ちょっとごめんなさい」
「すみません、通りま……」

人ごみをかき分けて最前列まで来ると、
憲兵の前で、濡れた地面に突っ伏してなく女性の姿があった。

「あれ、サラのお母さんじゃ……」
「サラママ?いったい何が——」

アイシャがその人物に呼びかけると、顔だけをこちらに向けた。
俺たち二人の姿を確認すると、小さな声で「ごめんね」とだけ言って、また泣き始めた。

手が震える。

鼓動か雷鳴かわからないほどの爆音。

足に力が入らない。

景色がゆがむ。

頬に、水が滴る。

体が熱い。

何が起きているのかを察し、その時点で思考が止まる。

憲兵の一人が気づいて、話しかけてきた。

「君たちは、サラちゃんのお友達?」
「……はい」
「……」
「君たちにとって、とても苦しい知らせだろうけど——」

ああ、言わないでくれ。

「サラちゃんは今朝——」

言われると憶測の域を出てしまうから。
予感が、事実に変わってしまうから。

だから——

「——亡くなったよ」

血の気が引き、ゆがんでいた世界はさらにひん曲がる。
体から力が抜けた。オレは、遠ざかる意識を連れ戻そうとはしなかった。


 目が覚めた時、オレは自分の部屋にいた。
ベッドに横たわり、額には濡れタオルが乗せられている。
足元の布団をどけると、涼しくて気持ちいい。

気分が悪く、熱があるようだ。
キョロキョロしていると、ベッドのふちに突っ伏して寝ていた母さんが目を覚ました。

「ユウ。気分はどう?」
「……よくない、かな」

ふと、一瞬頭痛がして、ある光景が脳内に映し出された。

激しい雨。

稲光。

雷鳴。

人ごみ。

憲兵。

そして……。

「……夢、だよね」

夢。

そう、あんな光景は。

あんな知らせは。

すべて、熱でうなされたオレの悪夢だ。
そうに決まっている。

だから、きっと——

「母さん……。サラは……」
「……」

母さんは何も言わず、ただ目線を外す。

「……」

それをみてオレは何も言わず——いや、言えず、また布団に倒れ込んだ。
かけ布団にもぐり、涙を見られないようにした。

「ユウ」
「……」
「今はゆっくり、寝ていなさい」
「……うん」

震える声で返事をした。
母さんは部屋から出た。
食事の準備だろう。


 あの日から半月くらいが経過した。
オレは、例の事件を忘れることができなかった。
部屋から出ず、学校へも行かず。

食事ものどを通らず、何日かに一回、最低限の量を摂るのみ。
体重は落ち、痩せこけて常に体調不良状態だ。

「はぁ……」

布団にもぐり。
泣いて、泣いて、泣いて。
疲れては寝て。
起きて思い出しては、また泣いて。
すでに涙も喉も枯れた。

それでもあふれ出る感情を抑えることはできず、それをひたすらに繰り返した。

 そんな日々を繰り返していたが、ある時、日常に変化が訪れた。
俺に来客らしい。いつもの母さんの足音と、もう一つ、聞き慣れない音が聞こえてくる。
ドアの前で話し声が聞こえ、母さんらしき足音が一階に戻った。
何秒か経って、扉が開けられた。

オレは怖くなって、また布団にもぐった。

「ねえ」
「……」
「ねえってば」

それは、あの日の放課後以来聞いていなかった少女の声。

「……」

声の主は、強引に布団を剥ぐ。

「何を——」

その瞬間、アイシャは俺の襟をつかんで壁に押しあてた。
なんて馬鹿力だ、と思ったが、それだけオレの体重が落ちているんだと実感した。

「ねえ!」

過去二回の呼びかけとは違い、三回目には怒りの感情が見られた。

「どういうつもり?」
「……」

オレは視線を落とし、顔を見ないようにした。

「なんで学校に来ないの?」
「……もう、嫌なんだよ」
「……」
「あいつが……サラが!もういないってことを実感するのが!」
「……」
「……怖いんだよ!」
「だから、こんな風に閉じこもってるって?」
「そうさ。逃げてるんだ。怖いから。おかしい?そうだろうな。笑いたきゃ笑ってくれて構わないさ。」
「笑え……ないよ……」

襟をつかむ力が、よりいっそう強くなる。

「だからもう放っておいてくれよ。もう嫌なんだよ。サラが居ないのに……!オレはもう……生きたく……」
「バカ!」

その罵声と共に、オレの頬に痛みが。
アイシャの平手打ちだとすぐに分かった。
らしくないと思った。いつもなら拳が……っ‼

刹那、そんな思考はすべて吹き飛んだ。

「……私を!」
彼女の顔を見た。
そこには、普段の笑顔も、男勝りのガッツも無かった。

「私を……一人にしないでよっ!」

力が抜けていく。
オレの方をまっすぐ見る瞳には、涙が浮かんでいた。

「ユウまでいなくなったら……私は……っ‼」

そうだ。そうだった。
オレはバカだ。軽率だ。


「アイシャ……」

あまりのショックから、あることを完全に忘れていた。
サラを亡くして苦しんでいるのはオレだけじゃない。
アイシャとて同じはずだ。

それなのにオレは、自分も死にたいと思った。
それが、アイシャにもう一つの絶望を与えるのだと気づかずに。

反省すべきなのは、オレだった。

「ごめん、アイシャ。」

幼馴染に——それ以上に、愛しき少女に。

「ほんとうに、ごめんよ」

オレは、膝から崩れたアイシャと目線の高さを合わせ、そっと抱きしめた。


 それを機に、オレは変わった。
生活習慣を改善し、遊ぶ時と勉強するときのメリハリをしっかりとつけた。
騎士になると決めたからだ。

こんなことになったのはマモノのせいだからだ。
あいつらさえいなければ、サラが死ぬことはなかったんだ。
そう決めつけて、奴らに復讐をする。

そのためには、今までのオレではだめだと思ったからだ。

絶対にやり遂げる。

マモノを滅ぼし、アイシャを二度と泣かせることのないように過ごす。

そう決意し、オレは新たな人生のスタートをきった。
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