幽霊探偵・伊田裕美参上!

羽柴吉高

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幽霊探偵 マッチングアプリに潜む女霊

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 【登場人物】
 伊田裕美(いだ ひろみ):幽霊探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。
 伝兵衛(でんべい):旅行雑誌編集長
 村田蔵六(むらた ぞうろく):陰陽師で寺の住職、幽霊探偵の相談相手

 第1章:奇妙な誘い
 飯田隆(いいだ たかし)は、都内の大学に通うイケメン大学生だった。背は高く、スポーツで鍛えた体つきに、どこか余裕のある微笑みを浮かべる。女性に困ったことはなかったが、最近はあるものに夢中になっていた。
 マッチングアプリ——。スマートフォンをスクロールする指が止まることはない。次々と女性を品定めし、気に入った相手と会い、関係を持つ。彼にとって、それはゲームのようなものだった。
 しかし、快楽を求める生活には代償がつきものだった。デートの度に店を予約し、高級な料理を奢り、ホテル代も負担する。関係を重ねれば重ねるほど、財布の中は軽くなる。
「このままじゃ、金がもたねぇな……」
 そんな時、一通のメッセージが届いた。
『一緒に食事をし、添い寝をすれば、翌朝20万円を差し上げます』
 差出人は、有村種子(ありむら たねこ)。年齢は四十代後半、短めの髪をきちんと整えた知的な雰囲気の女性だった。プロフィール写真からは、品のある美しさが漂っていた。
 20万円。ただ一晩、一緒に過ごすだけで。
 飯田は、ためらうことなく「はい」と返事を送った。

 第2章:不穏な夜
 約束の日、飯田は指定された場所へ向かった。
 東京の外れに位置する町。電車を乗り継ぎ、最寄り駅からタクシーに揺られ、辿り着いたのは古びた住宅街だった。辺りには人気がなく、家々の窓はどれも固く閉ざされている。
「……ここか?」
 彼はスマホの地図を確認しながら、一軒の家の前に立った。
 木造の日本家屋。かつては豪奢だったのだろうが、長い年月を経て風格を増した外観には、どこか不気味な影が差していた。門を押し開け、庭を横切り、玄関へと歩を進める。
 ピンポーン。
 呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いた。
「いらっしゃい」
 現れたのは、写真の通りの女性——いや、それ以上に艶やかな雰囲気をまとった熟女だった。上品な服装に、整えられた眉と穏やかな微笑み。どこか懐かしさを感じさせる声に、飯田は安堵した。
「お邪魔します」
 室内に案内されると、そこは思いのほか簡素な和室だった。畳の香りが鼻をくすぐる。古びた木造建築ながら、掃除が行き届いているのが分かる。
「夕食を用意しているわ。好き嫌いはある?」
「いや、特に……」
「よかった。肉そばを作るわね」
 飯田は期待と不安が入り混じる中、座布団に腰を下ろした。
(本当に20万、くれるんだろうな……)
 種子は手際よく料理を進め、しばらくして温かな肉そばが差し出された。湯気の向こうで、彼女の瞳がじっとこちらを見つめている。
「さあ、召し上がれ」
 飯田は一口啜った。だしの香りが広がる。美味い。少し緊張がほぐれた。
 夕食を終えると、種子が微笑みながら言った。
「先にお風呂に入ってきて。ゆっくり温まってちょうだい」
 促されるままに浴室へ向かった。
 湯船に浸かる。肩まで温かな湯に包まれながら、彼は薄暗い天井を見上げた。
(意外と、普通じゃないか)
 妙な勘ぐりをしていたが、拍子抜けするほど穏やかな時間が流れていた。風呂から上がり、浴衣を羽織って部屋へ戻る。
「おかえりなさい」
 種子は変わらず、微笑みを浮かべていた。
 しかし——その夜を境に、飯田隆は姿を消した。

 第3章:消えた男たち
 伝送孝太郎(でんそう こうたろう)は、三十代半ばの男だった。平凡な会社員であり、休日の楽しみといえば、スマホを片手にマッチングアプリを眺めることだった。
 ある日、彼は目を引く女性のプロフィールを見つけた。
『一緒に食事をし、添い寝をすれば、翌朝20万円を差し上げます』
 誘い文句は単刀直入だった。写真の女性は品のある美しい熟女。名前は有村種子。半信半疑だったが、彼は誘惑に抗えなかった。
 約束の夜、指定された住所へ向かった。
 東京の外れ、古びた日本家屋。静寂に包まれた家の前に立ち、軽く喉を鳴らした。
「本当にこんなところに住んでいるのか……?」
 玄関の扉が静かに開き、種子が姿を見せた。
「いらっしゃい」
 彼女の微笑みは、どこか懐かしさを覚えさせるものだった。
 室内は和風の趣を残したまま、静謐な空気が流れている。古びた畳の香りが漂い、壁に掛けられた古い掛け軸が、時の流れを物語っていた。
「さあ、食事をしましょう」
 出されたのは肉そばだった。
「どうぞ、召し上がれ」
 孝太郎は遠慮なく箸をつけた。しっかりとした味付けの出汁が舌に広がる。
「うまいですね」
 種子は静かに微笑んだだけだった。
 食事を終え、彼は風呂へと案内された。
「先にお風呂に入ってきてね。温まると、疲れも取れるわ」
 彼女の言葉に従い、湯に浸かる。湯気が立ち込め、肌を温かく包み込んだ。
(思ったより、普通の人じゃないか)
 拍子抜けしつつ、風呂から上がり浴衣を羽織ると、種子はすでに布団の中に入っていた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 そう言って布団に横たわる。ほのかな畳の香りに包まれながら、徐々にまぶたが重くなる。
 ——夜半。
 どこか遠くで、ざわめきが聞こえた。
 薄暗い部屋の中、微かな気配を感じて目を覚ます。
 ——がたり。
 音がした。
 横を見ると、種子が布団の中から起き上がっていた。
 だが、その姿に違和感があった。
 髪は乱れ、白い肌が不自然に青白い。瞳は虚空を見つめ、呟いた。
「……あたしの子供じゃない……」
 ぞくり、と寒気が背筋を這う。
 種子の手には、鋭い鉈が握られていた。
「えっ——」
 孝太郎が声を発する間もなく、鋭い刃が振り下ろされた。
 鮮血が闇に散った。

 第4章:逃げられぬ恐怖
 小島孤児吉(こじま こじよし)は、AV業界で汁男優をしていた。出演料は1回3000円、ただし、一日に三現場こなせば9千円にはなる。しかし最近は汁男優の競争も激しく、小島は歳のせいもあって体力の限界を感じていた。
 彼女もなく、結婚もしていない。それに、常に空腹だった。
 「そろそろまともな女と付き合いてぇな……」
 そんなぼやきを漏らしながらSNSを眺めていると、ある広告が目に留まった。
『一緒に食事をし、添い寝をすれば、翌朝20万円を差し上げます』
 「……マジか?」
 小島は半信半疑ながらも、その誘いに飛びついた。金がもらえるだけでなく、もしかしたら交尾もできるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、指定された場所へと向かった。
 東京の外れにある古びた日本家屋。門の前で立ち止まり、周囲を見渡した。
 枯れた庭。無数の猫がじっと家を見つめている。隣家の老婆が、彼に気づくと、何か言いかけたようだったが、すぐに家の中へと引っ込んでしまった。
「なんだよ……気味悪いな」
 だが、引き返す気はなかった。意を決して門を押し開けると、古い木のきしむ音が響いた。
 玄関の扉が静かに開き、現れたのは、有村種子。
「いらっしゃい」
 写真で見た通りの美熟女だった。いや、実際に会うと、さらに色気を感じさせる。
 「こりゃ、当たりかもしれねぇな……」
 種子に案内され、和室に通される。室内は簡素だったが、不思議と落ち着く雰囲気があった。だが、ふと冷蔵庫を見たとき、違和感を覚えた。
(なんだこれ……?)
 扉の隙間から覗いた中には、古びた食品が雑然と詰め込まれていた。ラベルが色褪せ、いつのものか分からないほどに傷んでいる。
 「料理を作るわね」
 種子が微笑みながら、鍋を用意する。その背後、食卓の隅には、誰かが座っていたような気がした。
(……気のせいか?)
 寒気が背筋を走る。
 やがて、肉そばが出された。湯気の向こうで、種子の目がじっと小島を見つめている。
 「さあ、召し上がれ」
 恐る恐る口に運ぶ。味は悪くなかった。
 食事を終えた後、種子は言った。
 「お風呂を沸かしてあるわ。ゆっくり浸かってきて」
 風呂場に向かい、浴室の扉を開けた瞬間、ゾクリと鳥肌が立った。
 鏡の中——。
 そこには、小島とは違う男が映っていた。
「え……?」
 目をこすり、もう一度見る。しかし、そこには何も映っていない。
「……疲れてるのか」
 気を取り直し、湯船に浸かる。だが、不安は消えなかった。早くこの家を出た方がいい——本能がそう警鐘を鳴らしていた。
 風呂から上がり、部屋へ戻ると、種子がすでに布団の中で横になっていた。
「おやすみなさい」
「……お、おやすみなさい」
 小島は布団に入りながら、ひそかに考えていた。
(夜、チャンスがあったら……交尾できるかもな)
 しかし、その期待は恐怖へと変わる。
 ふと、庭に目をやると、木の切り株に一本の鉈(なた)が突き立てられていた。
 ぞくり。
 異様な寒気を感じ、スマホを手に取り検索する。
『有村種子』
 ——数件の記事がヒットした。
 読んだ瞬間、血の気が引いた。
『有村種子、精神障害のため不起訴処分』
『実子殺害後、即日釈放』
『鉈による惨殺事件、証言に矛盾点』
 小島の指が震えた。
(殺人を犯しても、すぐに出られる……それは——)
 「……気が触れているということだ……」
 背筋が凍りついた。
 逃げなければ。
 荷物を掴み、部屋を出ようとした——その瞬間。
「逃げなくてもいいのよ」
 背後から、囁くような声。
 振り返ると、鉈を握りしめた種子がそこに立っていた。
 「ちょっと、連絡がありまして……」
 小島は必死に取り繕うが、種子の目が異様に輝いていた。まるで、闇そのもののように。
 ——首を刎ねた痕が、一瞬、彼女の首元に浮かんでは消えた。
「うわあああっ!」
 小島は無我夢中で逃げ出した。
 家を飛び出し、転がるように道を駆け下りる。
 背後から、種子の声が響いた。
「また来てね……」
 その夜以来、小島はマッチングアプリを開くのが怖くなった。
 LINEには、何度も種子からの呼び出しが届いていた。
 恐る恐る警察に相談したが——。
「あそこは空き家だよ」
 そう言われ、相手にもされなかった。
 小島は震える手でスマホを握り、意を決した。
「幽霊探偵・伊田裕美……この人なら、信じてくれるかもしれない……」

 第5章:幽霊探偵、動く
 東京都荒川区日暮里。
 オフィスの窓から差し込む朝の光が、室内を柔らかく照らしていた。伊田裕美は、黒のスーツ姿のままコーヒーメーカーのスイッチを入れた。湯気とともに広がる苦い香りが、静かな部屋に満ちていく。
 「ほら、伝兵衛さん。ブラックでいい?」
 デスクに座っていた伝兵衛が、軽く頷いた。
 「ありがとう。朝の一杯は格別だよな」
 裕美は自分のカップにもコーヒーを注ぎ、椅子に腰を下ろした。カップを手にしながら、彼女は最近の奇妙な事件を思い返す。
 東京で、二人の男性が相次いで行方不明になっている。
 どちらも共通点があった。
 同じマッチングアプリを使用し、ある特定の女性と会った後、消息を絶った。
 「これは……霊の仕業かもしれない」
 彼女の推理を遮るように、オフィスの扉が勢いよく開いた。
 「た、助けてくれ!」
 息を切らしながら飛び込んできたのは、小島孤児吉だった。顔面蒼白で、震える手でスマホを握りしめている。
 「お前、また変なことに首を突っ込むつもりか?」
 伝兵衛は、諦めたようにため息をついた。
 「幽霊の話なんて、警察に言っても相手にされねぇんだ!だから、あんたに頼むしかない!」
 小島は裕美に向かって必死に訴えた。
 裕美は静かにコーヒーを置き、彼の話を聞く。
 彼が出会った女性、有村種子。
 彼女の家で経験した異常な出来事。
 そして、調べた過去——。
 「種子は、つい先日まで拘置所にいたらしい。自分の息子を鉈で……それなのに、すぐに釈放されたんだ」
 「精神異常と判断されたのか……?」
 裕美は腕を組んだ。
 「でも、それだけじゃない……。その後、彼女は自宅で鉈を使って自らの首を刎ねたんだ。つまり……」
 小島は震えながら言葉を続けた。
 「俺が会ったのは……アイツの霊だったんじゃないか?」
 静寂がオフィスを包んだ。
 裕美は視線を伝兵衛に向ける。
 「行くしかなさそうね。有村屋敷へ」
 「ほらな、結局こうなるんだ」
 伝兵衛は肩をすくめた。
 調査のため、裕美は動き出した。
 まず、小島から詳しく話を聞くだけでなく、同じアプリを使っていた被害者の証言を集める。失踪者のスマホ履歴をたどり、どこで最後にログインしていたのかを突き止める。
 さらに、裕美は村田蔵六のもとを訪れ、種子の過去を探ることにした。
 「なぜ彼女は、鉈にこだわっていたのか……?」
 「それは——」
 村田は、種子の家系に伝わる呪いの話を語り始めた。
 すべての謎が明らかになったとき、裕美は決意を固めた。
 ——有村種子の霊と対決するため、裕美は有村屋敷へ向かった。

 第6章:怨霊との対決
 夜の帳が降りる頃、裕美は有村屋敷の前に立っていた。
 鬱蒼とした木々に囲まれた古びた日本家屋。朽ちかけた門、草に埋もれた庭。異様な静けさの中、風が吹くたびに家全体が軋むような音を立てる。まるで、そこに何かが潜んでいるとでも言うかのように——。
 「……やっぱり、いるわね」
 裕美は低く呟いた。彼女の鋭い眼差しが、暗闇の中に潜む気配を捉えていた。
 懐から塩の袋を取り出し、玄関の前に撒く。そして、ゆっくりと扉に手をかけた。
 ギィィ……。
 重い扉が不気味な音を立てながら開く。中は暗く、ほこりと湿気の混じった匂いが鼻をついた。
 足を踏み入れた瞬間——
 「……来たのね」
 背後から、囁くような声。
 裕美は瞬時に振り向いた。しかし、そこには誰もいない。
 「……歓迎されているみたいね」
 冷静に呟くと、ゆっくりと奥へ進んだ。足元の畳が軋み、遠くで障子が微かに揺れる音がする。
 廊下の先、闇の中にぼんやりとした人影が見えた。
 女——。
 黒い影のような存在。それは徐々に形をなし、次第に輪郭を明確にしていく。
 「……あたしの子供を返して……」
 幽鬼のように揺らぎながら、有村種子の霊が浮かび上がった。
 首のあたりが不自然に歪んでいる。かつて鉈で己の首を刎ねた、その傷跡が薄く赤黒く浮かんでいた。
 「あなたの子供を殺したのは、あなた自身でしょう?」
 裕美は一歩も引かずに言い放った。
 すると、種子の霊の顔が歪んだ。
 「ちがう……あたしじゃない……!」
 空気が揺らぎ、異様な圧力が部屋全体を包み込む。
 次の瞬間——
 鉈が宙を裂いた。
 種子の霊が突如として襲いかかってきたのだ。
 裕美は素早く身を翻し、背後の柱へ飛び込む。その瞬間、鉈が畳を切り裂き、刃の先が光を反射する。
 「くっ……」
 種子の動きは異常だった。
 幽霊でありながら、重みのある攻撃。異様に速い動き。そして、次の瞬間にはまた闇へと溶け込み、姿をくらます。
 「……なるほど。普通の霊とは違うわね」
 裕美は呼吸を整え、懐から護符を取り出した。
 「出てきなさい。あなたの罪を暴いてあげる」
 護符を前に掲げると、部屋中の空気が震えた。
 突如、天井から血の滴る音が響く。
 ポタ……ポタ……。
 裕美が顔を上げると、そこには——
 天井に張り付いた種子の霊が、裏返ったままこちらを見下ろしていた。
 「……ひっ……!」
 突如、重力を無視して種子が天井から落ちる。鉈を振りかざしながら——。
 「消えなさい!!」
 裕美は素早く護符を投げつける。
 瞬間、閃光が走り、種子の霊が叫び声を上げた。
 「ぎゃあああああっ!!」
 身体が黒い靄となり、激しく揺れながら後退していった。
 「あなたの苦しみは理解できる……でも、罪を認めずに他人を殺しても、救われることはない!」
 裕美の声が、屋敷全体に響き渡る。
 種子の霊は怨嗟の叫びを上げながら、徐々に消えゆく——。
 最後に、その目が裕美を捉えた。
 「……許して……」
 そう呟いた瞬間、影は完全に霧散した。
 屋敷は再び静寂に包まれる。
 裕美は深く息を吐いた。
 「終わった……」
 鉈が床に落ちる音が響いた。
 長い戦いだった。
 しかし、これでまたひとつ、救えた魂がある——。
 裕美は静かに屋敷を後にした。

 第7章:事件の終焉
 事件が終わり、小島孤児吉は深く頭を下げた。
 「裕美さん、命の恩人です。本当にありがとうございます!」
 裕美は腕を組み、ため息をついた。
 「もう二度と怪しい誘いには乗らないことね」
 「もちろんです! でも、あの……裕美さん?」
 小島がためらいがちに口を開いた。
 「AVに出てみませんか?」
 ピキッ。
 裕美の眉がピクリと動く。
 「ありえません!」
 「いや、裕美さんなら100万は稼げますよ!絶対人気になりますよ!」
 小島は熱弁を振るった。手を合わせて懇願するその姿に、裕美の表情が徐々に険しくなる。
 チリン。
 裕美が手にしていたグラスが、静かにテーブルの端に触れ、小さな音を立てた。
 伝兵衛が驚いて目を丸くする。
 「小島くん。命の恩人に向かって、それはちょっと失礼じゃない?」
 伝兵衛の静かな声に、小島はハッとして青ざめた。
 「す、すみません!! 冗談です!!!」
 そのまま逃げるようにオフィスを後にした。
 裕美は軽く肩をすくめ、伝兵衛に向かって言った。
 「まったく、どいつもこいつも……」
 
 【湯川寺】
 事件の報告を終え、裕美は寺を訪れた。
 門をくぐると、縁側に座る村田蔵六がゆったりと茶をすする姿が目に入る。
 「また一つ、事件を解決したね」
 「ええ」
 裕美は縁側に腰を下ろし、夜空を見上げた。
 「おまえさんは事件を解決すると、必ずここで命の選択をするからね」
 「そうね……」
 蔵六の言葉に、裕美はそっと目を閉じた。
 
 【湯けむりの中】
 静かな湯の音が響く。
 裕美は湯船に身を沈め、ゆっくりと目を閉じた。
 湯が肌に密着し、ゆっくりと熱が溶け込んでいく。指先が水面をなぞると、わずかに震えた。遠くで聞こえる水滴の音が、妙に心地よく響く。
 
 熱が全身を包み込み、心の奥までじんわりとほぐしていく——。
 彼女は静かに、疲れを湯に溶かしていった。
 あ、あの……ふぅ……。
 微かに、安らかな吐息がもれた。
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