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幽霊探偵・伊田裕美 彷徨う人形 都市伝説化した彷徨う女雛の謎を解く
しおりを挟む伊田裕美:幽霊探偵、旅行ルポライター
村田蔵六:陰陽師で伊田裕美の相談相手
西園寺米内麻呂:戦前なら華族
第一章 消えた魂
東京・浅草。江戸の面影を今なお残し、観光客で賑わうこの街には、時の流れから取り残されたような古い店も点在している。その片隅にひっそりと佇む「吉村人形堂」もまた、そんな風情を宿す小さな店のひとつだった。
店の奥には、職人の手で精巧に作られた木彫りの男雛と女雛が並んでいた。艶やかな衣装をまとい、静かに並ぶ二体は、まるで長い年月を共に過ごしてきた夫婦のようにも見えた。
ある日、店の戸を小さく開けて入ってきたのは、一人の男だった。彼の名前は西園寺米内麻呂。目を泳がせながら陳列棚を見回し、やがて男雛だけを指差した。目を泳がせながら陳列棚を見回し、やがて男雛だけを指差した。
「この男雛をください。」
「男雛だけでよろしいのですか?」
店主は少し驚きながらも問いかけた。しかし、男は小さく頷き、手早く代金を支払うと、そそくさと店を後にした。
「なぜ男雛だけ……?」
店主は首をかしげながらも、それ以上追求することはなかった。
しかし、その夜から奇妙な現象が起こり始めた。閉店後、店内に誰もいないはずなのに、人形棚のほうから微かなきしむ音が聞こえてくる。まるで何かが動いているような気配を感じ、店主はそっと振り返った。
そこにあったのは、わずかに揺れる女雛だった。
ふと目を凝らすと、女雛の顔にはわずかな変化が見られた。口元が微かに歪み、まるで悲しみの表情を浮かべているかのように見えた。そして、その瞬間、小さなすすり泣くような音が耳元に響いた。
「……泣いている?」
店主は思わず背筋をぞくりとさせた。しかし、気のせいだと思い直し、そっと戸を閉める。
だが、その夜以来、店の中では不思議な現象が続くことになるのだった。
第二章 夜を彷徨う女雛
そのころ、東京の街では奇妙な事件が立て続けに起こっていた。深夜、帰宅途中のサラリーマンが突然倒れ、翌朝発見されたときには意識不明の状態。まるで魂を抜き取られたかのように、目は虚ろで、呼びかけにも反応がない。医師たちは脳死に近い状態だと診断したが、原因は一切不明だった。
事件の目撃者の証言によると、静まり返った夜道に、最初は規則正しく響いていた足音が、次第に異様なリズムに変わったという。まるで何者かが足を引きずるように、湿った音とともに近づいてきた。
男が足を止め、周囲を見渡した瞬間、街灯の薄暗い光の中に「鏡越しに映る着物姿の女」が立っていた。女はまるで鏡の中の世界から抜け出したかのように、ぼんやりとした輪郭をしており、その顔は異様に白く、瞳の奥は深淵のように漆黒だった。しなやかな黒髪が風もないのに揺れ、豪奢な衣の裾が宙を舞うように動いていた。
男は息を呑んだ。次の瞬間、女が何かを囁くように口を動かした。しかし、その声は直接耳に届くのではなく、まるで頭の奥に直接響く、不気味な囁きだった。
「……帰して……戻して……」
その声を聞いた途端、男の全身に鳥肌が立った。だが、動けない。逃げようとする意思に反して、足がまるで地面に縫い付けられたように硬直していた。
女はゆっくりと男の顔にそっと手を伸ばした。その手は異様に冷たく、骨のように細かった。その冷たい手が男の顔に触れた瞬間、彼は全身の力を奪われ、膝から崩れ落ちた。
目撃者によると、男が倒れた直後、女の姿はまるで霧が晴れるように掻き消えてしまったという。後にはただ、冷たい夜風が吹き抜けるばかりだった。
「違う……違う……!」
静まり返った闇の中に、女の悲痛な叫びが響いた。それは、何かを必死に探し求める者の慟哭だった。そして、次の犠牲者が現れるのは、時間の問題だった……。
第三章 幽霊探偵・伊田裕美、調査開始
東京の街を騒がせている奇怪な事件に、幽霊探偵・伊田裕美は深い興味を抱いていた。目撃証言と被害者の状態を調べるうちに、事件の共通点が浮かび上がってきた。いずれも、意識不明になった男たちは何らかの形で「ある人形店」の近くを通っていたのだ。
「どうやら、ここが事件の発端らしいわね。」
裕美は陰陽師の村田蔵六を伴い、浅草にある古びた人形店「吉村人形堂」を訪れた。店主に話を聞くと、最近売れた人形について語られた。
「確かに……最近、一体の男雛だけが買われていったんですよ。買っていったのは西園寺米内麻呂という方でね。彼は以前にもこの店に訪れていて、祖父の代に持っていた男雛を探していたんです。その際に名乗っていました。」
その名を聞いた瞬間、蔵六の表情が険しくなった。彼の霊視によると、この事件の裏には強い怨念が絡んでいることがわかっていた。
「裕美、やはりただの人形ではないね。この女雛、人間の魂を求めている。」
蔵六の声にはいつになく緊張が滲んでいた。女雛は長年連れ添っていた男雛と引き離され、孤独と悲しみの中で怨霊と化してしまったのだ。そして、その怒りが男たちの魂を奪う形で現れていた。
裕美はさらに調査を進める。すると、西園寺米内麻呂がかつて華族の家柄を持ち、祖父の代に男雛と女雛を所有していたことが判明する。しかし、戦後の混乱とともに財産は失われ、男雛だけを手元に戻すことで祖父の遺志を継ごうとしたのだった。
「女雛だけが取り残され、悲しみに囚われたのね……。」
裕美の表情が曇る。彼女の仕事は、ただ事件を解決することではない。人と霊、双方の苦しみを解きほぐすことこそが、彼女の探偵としての信念だった。
「さて、どうやってこの怨念を鎮めるか……。」
幽霊探偵・伊田裕美の本格的な調査が、ここから始まる。
第四章 憎しみの果て
裕美と蔵六は米内麻呂に人形を戻すよう説得する。しかし彼は、祖父から「女が悪い」と言い聞かされて育ち、女雛を忌むべき存在として拒絶する。
「俺はただ、祖父の意思を継いだだけだ!」
彼の声は強ばっていたが、その瞳の奥には、言い知れぬ恐怖が宿っていた。米内麻呂にとって、女雛はただの人形ではなく、祖父の呪縛そのものだったのだ。
しかし、その夜——。
彼の部屋から悲鳴が響き渡った。
裕美と蔵六が駆けつけると、部屋は荒れ果て、壁には爪で削られたような無数の傷跡が刻まれていた。畳の上には引き裂かれた掛け軸、散乱する書類。そして、その中央で震える米内麻呂。
彼の視線の先に、ゆらりと揺れる影があった。
——朽ち果てた女雛。
ねじれた首が不自然な角度で曲がり、黒ずんだ口元がかすかに開閉していた。暗闇の中、ガラス玉のような瞳が不気味に光った。
「お前じゃない……お前じゃない……!」
か細く、しかし確かな怨嗟が空気を震わせる。女雛の姿がゆっくりと米内麻呂へと滲み寄るたび、部屋の温度が急激に下がっていった。
裕美はすぐに懐から壺を取り出し、蓋を開けた。瞬間、重苦しい霊気が室内に満ち、女雛の姿が完全に浮かび上がる。
「貴女が探していたのは、この人ではないのでしょう?」
裕美は静かにそう問いかけた。
女雛の瞳が揺れ、しばしの沈黙が訪れる。
やがて、裕美は慎重に懐へと手を伸ばし、もう一つの人形を取り出した。
それは、男雛だった。
「これで……一緒にいられますよね?」
女雛の姿がかすかに揺れ、漂う怨念が少しずつ霧散していく。まるで長い時を超えてようやく安堵を得たかのように、女雛は男雛のそばへと寄り添った。
次の瞬間——。
二つの人形は、何の力も持たない、ただの木彫りの雛人形へと戻っていた。
【エピローグ】
事件が終息し、意識不明だった男たちは次第に回復していった。彼らの記憶は曖昧で、何があったのかを語ることはできなかったが、その顔には奇妙な安堵の色が浮かんでいた。
そして、女雛と男雛の人形は、裕美のマンションの棚に静かに飾られることになった。和紙の下に置かれた二つの人形は、まるで互いに寄り添うように並んでいる。
裕美はそっと人形を撫で、微笑んだ。
「これでようやく、二人とも……離れ離れにならずに済むわね。」
その瞬間、部屋の空気がふっと軽くなった気がした。
優しく微笑む裕美の背後で、微かに春風のような囁きが聞こえた。
『ありがとう……。』
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