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十一人目の同窓生
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十一人目の同窓生
第一章
【手紙の届いた夜】
ある夜、仕事を終え、疲れた体を引きずるようにして帰宅した。玄関のドアを開けると、ポストに何かが入っていることに気づく。
手紙だ。
このご時世、メールやLINEが主流になり、紙の手紙を受け取ることなどほとんどなくなっていた。だからこそ、珍しさに少し戸惑いながら、差出人の名前を確認する。
「高橋恵子」
思わず、目を瞬かせた。
この名前には、心当たりが二人いる。一人は、今の職場でお世話になっている派遣会社の美人マネージャー。そして、もう一人は——大学時代の同級生だ。
もう一度、宛名を確認する。どうやら、後者の高橋恵子からの手紙のようだった。
封を切ると、そこには懐かしい筆跡が並んでいた。
「今度、大学の同窓会を開くので、ぜひ参加してほしい」
懐かしさと驚きが入り混じる。あの大学時代の仲間たちに、再び会えるのか。ふと、昔の記憶が蘇る。
二十年前、私たちはまだ若かった。未来に対して無限の可能性を信じていたし、卒業したらそれぞれの道を進むことになるという実感もあまりなかった。だが、人生はあっという間に過ぎてしまう。仕事、家庭、日々の雑事に追われるうち、同級生との繋がりは次第に薄れていった。
「これは、良い機会かもしれない」
私はそう思い、手紙を丁寧に折りたたんで机の上に置くと、すぐに返信を書くことにした。
しかし、その瞬間、ふと疑問が湧いた。
——なぜ、今になって?
【二十年ぶりの再会、その理由】
大学を卒業してから、一度も同窓会などなかった。それが、なぜ突然、二十年ぶりに開かれるのか?
「まあ、幹事が気まぐれに企画したかもしれないな」
そんな風に考えながらも、どこか腑に落ちない違和感を覚えた。
——まるで、何か特別な理由があるかのような……。
そして、その予感は、手紙の最後の一文によって確信へと変わることになる。
「板橋史良君が、がんの手術を受け、無事に退院した。」
一瞬、心臓が止まったような感覚に陥った。
板橋史良——。
学生時代、同じゼミに所属し、よく議論を交わした仲間だった。彼は物静かで真面目な性格だったが、意外と芯が強く、自分の意見をしっかり持っているタイプだった。卒業後、疎遠になってしまったが、年賀状のやり取りは続けていた。だから、彼が病に倒れていたことを今になって知るとは思わなかった。
だが、幸いなことに手術は成功し、彼は無事に退院したという。
そして、彼が退院後、高橋さんに言った言葉。
「みんなに会いたい。」
それを聞いた高橋さんが、すぐに動き、同窓会を企画したのだった。
「そうか……そういうことだったのだ」
私は、感慨深い気持ちで窓の外を眺めた。
大学時代の仲間たち。あの頃は、一生続くと思っていた関係も、時間が経つにつれて自然と疎遠になっていった。でも、こうして再び集まる機会が巡ってきたのなら、それはきっと意味のあることなのだろう。
——行こう。板橋くんにも、会いたい。
私は決意し、返信を書き始めた。
【そして迎えた同窓会】
同窓会当日。
私は少し緊張しながら、会場の中華料理屋へと向かった。
「二十年ぶりか……」
思い出の詰まった大学時代が、あまりにも遠い過去のことのように感じられた。扉を開けると、懐かしい顔ぶれが目に飛び込んでくる。
——十人。
みんな、変わっていた。髪が薄くなった者、少しふっくらした者、顔に刻まれた皺が増えた者。それでも、不思議なことに声だけは 変わっていなかった。
「声って、意外と変わらないものなんだな」
私はそう思いながら、懐かしい笑顔を見渡した。
しかし——。
板橋くんの姿はなかった。
私は周囲を見回し、すぐに誰かに尋ねた。
「板橋くんは……?」
すると、誰かが申し訳なさそうに言った。
「……今日、来られなくなったんだよ。」
「えっ?」
「皮肉なことに、今日は彼のお母さんの四十九日でさ……。」
私は言葉を失った。
四十九日——。
その日は、故人の魂が成仏し、あの世へ旅立つとされる日だ。よりにもよって、その日に同窓会が重なってしまったとは……。
「そうか……それじゃあ、仕方ないな。」
私は無理に笑顔を作ったが、どこかやりきれない気持ちが残った。
彼とは年賀状のやり取りを続けていたし、住んでいる場所も同じ埼玉だった。だから、いつでも会いに行こうと思っていた。
——でも、本当にそうだろうか?
「いつでも会える」と思っていたからこそ、会いに行くことを先延ばしにしていたのではないか?
もしかしたら、彼も本当は今日、ここに来たかったのではないか?
そう考えると、胸が締め付けられるような思いだ。
私は、もっと早く会いに行くべきだった。
そんなことを考えながら、同窓会の席に着いた——。
第二章
【奇妙な夢】
ある日、私は奇妙な夢を見た。
それは、あまりにも鮮明で、まるで現実そのもののような夢だった。
夢の中で、私は高橋さんに向かって、一方的に話していた。
「板橋くんのお葬式に行ったんだ。彼、ある宗教団体に所属していたんだよ。」
話しながら、私はどこか混乱していた。
大学時代、彼はそんな宗教の話を一度も口にしたことがなかった。勧誘を受けた記憶もない。もしかすると、卒業後に入信したのかもしれない。しかし、それが事実か、私には分からなかった。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
——彼の葬儀は、私が今までに経験したものとはまったく違う形で執り行われていた。
【異質な葬儀】
その宗教は仏教系だった。だが、一般的な葬儀とは大きく異なっていた。
葬儀会場に入ると、厳かな雰囲気はあるものの、そこに和尚の姿はなかった。
代わりに、参列者全員が整然と座り、一斉に題目を唱え続けていた。
——十五分間、ただひたすらに。
響き渡る声の波が、部屋の空気を震わせる。
私はその場にいたが、どうにも違和感を拭えなかった。周囲の人々は、無表情のまま、淡々と同じ言葉を繰り返している。まるで、 そこに「死者を悼む」という感情が存在していないかのように思えた。
「これは、本当に葬儀なのだろうか?」
そんな疑問が頭をよぎる。
やがて、読経が終わり、一人ずつ焼香が始まった。
【奥さんの涙】
私の番が回ってきた。
ゆっくりと立ち上がり、祭壇の前に進む。遺影に向かって手を合わせた。
そのとき、私はふと、祭壇のすぐそばに座っていた奥さんの姿を目にした。
彼女は、ずっと下を向いたまま、じっと座っていた。泣いているようには見えなかった。いや、むしろ、無理にでも涙をこらえているような気がした。
私は静かに頭を下げ、言葉をかける。
「私は大学時代の友人です。」
その瞬間だった。
奥さんの肩がピクリと揺れた。
そして——次の瞬間、まるで堰を切ったかのように、彼女は泣き崩れた。
抑えていたものが決壊するように、嗚咽が溢れ出す。
私は動揺した。
「余計なことを言ってしまったのではないか?」
彼女を慰めるべきか、それとも黙っているべきか、一瞬のうちにいくつもの考えが頭を巡る。
しかし、私は何もできず、ただその場に立ち尽くしていた。
【いなかった同級生たち】
だが、その場で何よりも私を怒らせたのは、葬儀に大学時代の友人が誰一人として参列していなかったことだった。
地方出身者ならまだしも、板橋くんは東京出身だった。
それなのに、なぜ誰も来なかったのか。
彼は確かに、みんなに会いたいと言っていた。だが、彼が本当に会いたかった相手たちは、この場に誰一人としていないのだ。
その事実を思い知った瞬間、私は抑えきれない怒りを感じた。
夢の中で、私は高橋さんに向かって叫んでいた。
「薄情者!」
その声は、自分自身の胸に突き刺さるようだった。
【予知夢としての日記】
目が覚めたとき、私はすぐにペンを手に取り、この夢を書き留めた。
それは、単なる夢とは思えなかった。あまりにもリアルで、あまりにも生々しい。
何かの暗示なのか——。
それとも、ただの偶然なのか——。
その時の私は、まだこの夢の意味を知らなかった。
この夢が「現実」となってしまうことを——私は、まだ知らなかった。
第三章
【もう一度、同窓会の知らせ】
それから三年が経った。
ある日、再び高橋さんから同窓会の連絡が入った。
「また、大学時代の仲間たちで集まることになったの。良かったら、今回も来てくれない?」
電話越しの声は、どこか明るく、それでいて少しだけ懐かしさを帯びていた。
前回の同窓会から、もう三年も経つのか、時の流れの速さを感じた。
私は少し迷ったが、「行くよ」と答えた。
なぜか、今回は迷いがなかった。
【板橋くんの家を訪ねる】
同窓会当日の午後、私は板橋くんの家を訪ねた。
玄関のチャイムを押すと、彼の奥さんが出てきた。
「……お久しぶりです」
彼女は、かつての葬儀のときよりも少し落ち着いた表情をしていた。
私は静かに香典を手渡し、仏壇の前に座ると、手を合わせた。
「これから、大学時代の文学部史学科の同窓会に行くよ。メンバーは前回と多分同じ、十人ほど……。さあ、一緒に行こう!」
そう語りかけた瞬間、胸の奥で何かがザワリとした。
言葉にした途端、それが現実になってしまうような——そんな不思議な感覚だった。
私は手を合わせたまま、しばらくじっと目を閉じていた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、奥さんにもう一度軽く頭を下げ、家をあとにした。
【中華料理店にて】
店に到着し、自動ドアが開く。
「高橋の名で予約があります」
店員は愛想よく頷き、私を個室へと案内した。
部屋に入ると、すでに何人かが談笑していた。
「これでみんな揃ったな!遅かったじゃないか」
誰かが笑いながら言った。
私は少し申し訳なく思いながら、「さっき板橋くんの家に寄ってきたんだ」と言うつもりだった。
しかし——。
その瞬間、店員が椅子を持ってきた。
「はい、こちらですね」
私は何気なく店員を見た。
幹事が笑顔で言う。
「これでぴったり十人だな!」
だが、その言葉を聞いた店員が、怪訝な顔をした。
「えっ……お客さん、今二人で入ってきましたよ?」
私は思わず聞き返した。
「いや、一人で入ったよ」
店員は困惑した様子で首をかしげる。
「でも、お客さんの後ろに、背の高い人がいましたよ?確かに一緒に入ってきましたよね……?」
その瞬間、寒気が背筋を走った。
——板橋くん。
彼は、クラスの中でも一、二を争うほど背が高かった。
まさか……。
幹事が軽く笑いながら、店員に言った。
「まあ、いいよ。お姉さん、そこに椅子を置いておいてくれ」
店員は少し不思議そうな顔をしながら、椅子をテーブルの端にそっと置いた。
——まるで、そこに誰か座ることが当たり前であるかのように。
【乾杯の音と、消えない違和感】
乾杯の音が響き、同窓会は和やかに始まった。
しかし、私はずっと考えていた。
——板橋くん、一緒に来たのか?
さっきまで話すつもりだった「板橋家を訪ねた話」を、今ここでしていいものか。
あまりにもタイミングが良すぎる。
もしかしたら、この場にいる誰かも、私と同じことを感じているのではないか。
そう思いながら、私はグラスを口に運ぶ。
だが、結局私は何も言わなかった。
突然、一人の男のメガネの右フレームからレンズが落ちた。
「このメガネは古いからな」
「安物を買うからだよ」と、誰かが言う。
すると、その男のメガネのレンズも落ちた。
この場にいる10人のうち、老眼鏡ではなく普通のメガネをかけているのは2人だけ。
1人のメガネのレンズが落ちることはあっても、2人同時というのは珍しい。
これは何なのか……。
ただ、それだけだった。
その後も、何か特別なことが起こるわけではなかった。
誰かが亡くなったわけでもなく、怪我をしたわけでもない。
何か不吉な出来事が起こるわけでもなかった。
ただ、それだけのことだった。
同窓会が終わる頃には、いつも通りの穏やかな空気が流れていた。
結局、この出来事を同窓会のメンバーに話すことはなかった。
だが、私は確かに見た。
【後日、会社の仲間に話す】
後日、私は会社の仲間にこの話をした。
最初は笑って聞いていた彼らも、途中から微妙な表情を浮かべた。
「いやいや、そんなことあるわけないでしょ」
「お前、ちょっと疲れてたんじゃないか?」
「店員さんの勘違いでしょ?」
——そうだろうか?
たしかに、私は彼がすぐ後ろにいるのを感じていたわけではない。
でも、店員が「2人で入ってきた」とはっきり言った のは確かだった。
それに、私は彼に「一緒に行こう」と語りかけていた。
その言葉が、まるで「約束」だったかのように——。
しかし、最後に会社の仲間が言った一言で、私は我に返った。
「でもさ、もし本当に一緒に来てたなら——なんで何も起こらなかったんだ?」
そう、何も起こらなかった。
誰かが亡くなったわけでもない。怪我をしたわけでもない。
ただ、店の自動ドアをくぐるとき、私のすぐ後ろに、彼がいた。
それだけだった——。
第一章
【手紙の届いた夜】
ある夜、仕事を終え、疲れた体を引きずるようにして帰宅した。玄関のドアを開けると、ポストに何かが入っていることに気づく。
手紙だ。
このご時世、メールやLINEが主流になり、紙の手紙を受け取ることなどほとんどなくなっていた。だからこそ、珍しさに少し戸惑いながら、差出人の名前を確認する。
「高橋恵子」
思わず、目を瞬かせた。
この名前には、心当たりが二人いる。一人は、今の職場でお世話になっている派遣会社の美人マネージャー。そして、もう一人は——大学時代の同級生だ。
もう一度、宛名を確認する。どうやら、後者の高橋恵子からの手紙のようだった。
封を切ると、そこには懐かしい筆跡が並んでいた。
「今度、大学の同窓会を開くので、ぜひ参加してほしい」
懐かしさと驚きが入り混じる。あの大学時代の仲間たちに、再び会えるのか。ふと、昔の記憶が蘇る。
二十年前、私たちはまだ若かった。未来に対して無限の可能性を信じていたし、卒業したらそれぞれの道を進むことになるという実感もあまりなかった。だが、人生はあっという間に過ぎてしまう。仕事、家庭、日々の雑事に追われるうち、同級生との繋がりは次第に薄れていった。
「これは、良い機会かもしれない」
私はそう思い、手紙を丁寧に折りたたんで机の上に置くと、すぐに返信を書くことにした。
しかし、その瞬間、ふと疑問が湧いた。
——なぜ、今になって?
【二十年ぶりの再会、その理由】
大学を卒業してから、一度も同窓会などなかった。それが、なぜ突然、二十年ぶりに開かれるのか?
「まあ、幹事が気まぐれに企画したかもしれないな」
そんな風に考えながらも、どこか腑に落ちない違和感を覚えた。
——まるで、何か特別な理由があるかのような……。
そして、その予感は、手紙の最後の一文によって確信へと変わることになる。
「板橋史良君が、がんの手術を受け、無事に退院した。」
一瞬、心臓が止まったような感覚に陥った。
板橋史良——。
学生時代、同じゼミに所属し、よく議論を交わした仲間だった。彼は物静かで真面目な性格だったが、意外と芯が強く、自分の意見をしっかり持っているタイプだった。卒業後、疎遠になってしまったが、年賀状のやり取りは続けていた。だから、彼が病に倒れていたことを今になって知るとは思わなかった。
だが、幸いなことに手術は成功し、彼は無事に退院したという。
そして、彼が退院後、高橋さんに言った言葉。
「みんなに会いたい。」
それを聞いた高橋さんが、すぐに動き、同窓会を企画したのだった。
「そうか……そういうことだったのだ」
私は、感慨深い気持ちで窓の外を眺めた。
大学時代の仲間たち。あの頃は、一生続くと思っていた関係も、時間が経つにつれて自然と疎遠になっていった。でも、こうして再び集まる機会が巡ってきたのなら、それはきっと意味のあることなのだろう。
——行こう。板橋くんにも、会いたい。
私は決意し、返信を書き始めた。
【そして迎えた同窓会】
同窓会当日。
私は少し緊張しながら、会場の中華料理屋へと向かった。
「二十年ぶりか……」
思い出の詰まった大学時代が、あまりにも遠い過去のことのように感じられた。扉を開けると、懐かしい顔ぶれが目に飛び込んでくる。
——十人。
みんな、変わっていた。髪が薄くなった者、少しふっくらした者、顔に刻まれた皺が増えた者。それでも、不思議なことに声だけは 変わっていなかった。
「声って、意外と変わらないものなんだな」
私はそう思いながら、懐かしい笑顔を見渡した。
しかし——。
板橋くんの姿はなかった。
私は周囲を見回し、すぐに誰かに尋ねた。
「板橋くんは……?」
すると、誰かが申し訳なさそうに言った。
「……今日、来られなくなったんだよ。」
「えっ?」
「皮肉なことに、今日は彼のお母さんの四十九日でさ……。」
私は言葉を失った。
四十九日——。
その日は、故人の魂が成仏し、あの世へ旅立つとされる日だ。よりにもよって、その日に同窓会が重なってしまったとは……。
「そうか……それじゃあ、仕方ないな。」
私は無理に笑顔を作ったが、どこかやりきれない気持ちが残った。
彼とは年賀状のやり取りを続けていたし、住んでいる場所も同じ埼玉だった。だから、いつでも会いに行こうと思っていた。
——でも、本当にそうだろうか?
「いつでも会える」と思っていたからこそ、会いに行くことを先延ばしにしていたのではないか?
もしかしたら、彼も本当は今日、ここに来たかったのではないか?
そう考えると、胸が締め付けられるような思いだ。
私は、もっと早く会いに行くべきだった。
そんなことを考えながら、同窓会の席に着いた——。
第二章
【奇妙な夢】
ある日、私は奇妙な夢を見た。
それは、あまりにも鮮明で、まるで現実そのもののような夢だった。
夢の中で、私は高橋さんに向かって、一方的に話していた。
「板橋くんのお葬式に行ったんだ。彼、ある宗教団体に所属していたんだよ。」
話しながら、私はどこか混乱していた。
大学時代、彼はそんな宗教の話を一度も口にしたことがなかった。勧誘を受けた記憶もない。もしかすると、卒業後に入信したのかもしれない。しかし、それが事実か、私には分からなかった。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
——彼の葬儀は、私が今までに経験したものとはまったく違う形で執り行われていた。
【異質な葬儀】
その宗教は仏教系だった。だが、一般的な葬儀とは大きく異なっていた。
葬儀会場に入ると、厳かな雰囲気はあるものの、そこに和尚の姿はなかった。
代わりに、参列者全員が整然と座り、一斉に題目を唱え続けていた。
——十五分間、ただひたすらに。
響き渡る声の波が、部屋の空気を震わせる。
私はその場にいたが、どうにも違和感を拭えなかった。周囲の人々は、無表情のまま、淡々と同じ言葉を繰り返している。まるで、 そこに「死者を悼む」という感情が存在していないかのように思えた。
「これは、本当に葬儀なのだろうか?」
そんな疑問が頭をよぎる。
やがて、読経が終わり、一人ずつ焼香が始まった。
【奥さんの涙】
私の番が回ってきた。
ゆっくりと立ち上がり、祭壇の前に進む。遺影に向かって手を合わせた。
そのとき、私はふと、祭壇のすぐそばに座っていた奥さんの姿を目にした。
彼女は、ずっと下を向いたまま、じっと座っていた。泣いているようには見えなかった。いや、むしろ、無理にでも涙をこらえているような気がした。
私は静かに頭を下げ、言葉をかける。
「私は大学時代の友人です。」
その瞬間だった。
奥さんの肩がピクリと揺れた。
そして——次の瞬間、まるで堰を切ったかのように、彼女は泣き崩れた。
抑えていたものが決壊するように、嗚咽が溢れ出す。
私は動揺した。
「余計なことを言ってしまったのではないか?」
彼女を慰めるべきか、それとも黙っているべきか、一瞬のうちにいくつもの考えが頭を巡る。
しかし、私は何もできず、ただその場に立ち尽くしていた。
【いなかった同級生たち】
だが、その場で何よりも私を怒らせたのは、葬儀に大学時代の友人が誰一人として参列していなかったことだった。
地方出身者ならまだしも、板橋くんは東京出身だった。
それなのに、なぜ誰も来なかったのか。
彼は確かに、みんなに会いたいと言っていた。だが、彼が本当に会いたかった相手たちは、この場に誰一人としていないのだ。
その事実を思い知った瞬間、私は抑えきれない怒りを感じた。
夢の中で、私は高橋さんに向かって叫んでいた。
「薄情者!」
その声は、自分自身の胸に突き刺さるようだった。
【予知夢としての日記】
目が覚めたとき、私はすぐにペンを手に取り、この夢を書き留めた。
それは、単なる夢とは思えなかった。あまりにもリアルで、あまりにも生々しい。
何かの暗示なのか——。
それとも、ただの偶然なのか——。
その時の私は、まだこの夢の意味を知らなかった。
この夢が「現実」となってしまうことを——私は、まだ知らなかった。
第三章
【もう一度、同窓会の知らせ】
それから三年が経った。
ある日、再び高橋さんから同窓会の連絡が入った。
「また、大学時代の仲間たちで集まることになったの。良かったら、今回も来てくれない?」
電話越しの声は、どこか明るく、それでいて少しだけ懐かしさを帯びていた。
前回の同窓会から、もう三年も経つのか、時の流れの速さを感じた。
私は少し迷ったが、「行くよ」と答えた。
なぜか、今回は迷いがなかった。
【板橋くんの家を訪ねる】
同窓会当日の午後、私は板橋くんの家を訪ねた。
玄関のチャイムを押すと、彼の奥さんが出てきた。
「……お久しぶりです」
彼女は、かつての葬儀のときよりも少し落ち着いた表情をしていた。
私は静かに香典を手渡し、仏壇の前に座ると、手を合わせた。
「これから、大学時代の文学部史学科の同窓会に行くよ。メンバーは前回と多分同じ、十人ほど……。さあ、一緒に行こう!」
そう語りかけた瞬間、胸の奥で何かがザワリとした。
言葉にした途端、それが現実になってしまうような——そんな不思議な感覚だった。
私は手を合わせたまま、しばらくじっと目を閉じていた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、奥さんにもう一度軽く頭を下げ、家をあとにした。
【中華料理店にて】
店に到着し、自動ドアが開く。
「高橋の名で予約があります」
店員は愛想よく頷き、私を個室へと案内した。
部屋に入ると、すでに何人かが談笑していた。
「これでみんな揃ったな!遅かったじゃないか」
誰かが笑いながら言った。
私は少し申し訳なく思いながら、「さっき板橋くんの家に寄ってきたんだ」と言うつもりだった。
しかし——。
その瞬間、店員が椅子を持ってきた。
「はい、こちらですね」
私は何気なく店員を見た。
幹事が笑顔で言う。
「これでぴったり十人だな!」
だが、その言葉を聞いた店員が、怪訝な顔をした。
「えっ……お客さん、今二人で入ってきましたよ?」
私は思わず聞き返した。
「いや、一人で入ったよ」
店員は困惑した様子で首をかしげる。
「でも、お客さんの後ろに、背の高い人がいましたよ?確かに一緒に入ってきましたよね……?」
その瞬間、寒気が背筋を走った。
——板橋くん。
彼は、クラスの中でも一、二を争うほど背が高かった。
まさか……。
幹事が軽く笑いながら、店員に言った。
「まあ、いいよ。お姉さん、そこに椅子を置いておいてくれ」
店員は少し不思議そうな顔をしながら、椅子をテーブルの端にそっと置いた。
——まるで、そこに誰か座ることが当たり前であるかのように。
【乾杯の音と、消えない違和感】
乾杯の音が響き、同窓会は和やかに始まった。
しかし、私はずっと考えていた。
——板橋くん、一緒に来たのか?
さっきまで話すつもりだった「板橋家を訪ねた話」を、今ここでしていいものか。
あまりにもタイミングが良すぎる。
もしかしたら、この場にいる誰かも、私と同じことを感じているのではないか。
そう思いながら、私はグラスを口に運ぶ。
だが、結局私は何も言わなかった。
突然、一人の男のメガネの右フレームからレンズが落ちた。
「このメガネは古いからな」
「安物を買うからだよ」と、誰かが言う。
すると、その男のメガネのレンズも落ちた。
この場にいる10人のうち、老眼鏡ではなく普通のメガネをかけているのは2人だけ。
1人のメガネのレンズが落ちることはあっても、2人同時というのは珍しい。
これは何なのか……。
ただ、それだけだった。
その後も、何か特別なことが起こるわけではなかった。
誰かが亡くなったわけでもなく、怪我をしたわけでもない。
何か不吉な出来事が起こるわけでもなかった。
ただ、それだけのことだった。
同窓会が終わる頃には、いつも通りの穏やかな空気が流れていた。
結局、この出来事を同窓会のメンバーに話すことはなかった。
だが、私は確かに見た。
【後日、会社の仲間に話す】
後日、私は会社の仲間にこの話をした。
最初は笑って聞いていた彼らも、途中から微妙な表情を浮かべた。
「いやいや、そんなことあるわけないでしょ」
「お前、ちょっと疲れてたんじゃないか?」
「店員さんの勘違いでしょ?」
——そうだろうか?
たしかに、私は彼がすぐ後ろにいるのを感じていたわけではない。
でも、店員が「2人で入ってきた」とはっきり言った のは確かだった。
それに、私は彼に「一緒に行こう」と語りかけていた。
その言葉が、まるで「約束」だったかのように——。
しかし、最後に会社の仲間が言った一言で、私は我に返った。
「でもさ、もし本当に一緒に来てたなら——なんで何も起こらなかったんだ?」
そう、何も起こらなかった。
誰かが亡くなったわけでもない。怪我をしたわけでもない。
ただ、店の自動ドアをくぐるとき、私のすぐ後ろに、彼がいた。
それだけだった——。
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