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第一章 モルモットに利尿薬を与える

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 メビウスは俺たちに向かって一通り話を済ませると、最後に自分の肩書きを「臨床試験コーディネーター」と名乗った。
「英語にするとClinical Research Coordinatorクリニカルリサーチコーディネーターです。その頭文字を取ってCRCと呼んでください」
 くっくと肩を揺らしているが、どこに笑うポイントがあるのかわからなかった。そもそも目の前で四人が壮絶な死に方をした直後だ。現実を上手く飲み込めず、はぁ、と曖昧な返事を返すので精一杯だった。
 メビウスの話をシンプルに要約すると、俺はこれから五日もの間、ここで新薬の臨床試験に参加しなければならないそうだ。
 メビウスが所属しているのはとある財団で、その使命は主に薬の研究、開発。その組織は、内資、外資を問わず製薬企業と強いパイプで繋がっており、利益の少ないオーファンドラッグの開発に出資したり、病院や薬局などの現場に出回ることのない薬も扱っているとのことだ。きな臭さがぷんぷんして鼻がひん曲がりそうだった。 
 被験者は首輪の着用を義務付けられており、許可なく外すことは禁じられている。その理由はこれで脈拍や血圧などの様々なバイタルサインを測定しており、自己判断で外してしまうと正確なデータが採れないためとのことだが、毒殺現場を見せられては方便にしか聞こえないし、そもそも隙間なく首に密着しているため自分では外せそうにもない。この首輪がある限り、俺たちは従順なモルモットだというわけだ。
 外出禁止、外部との連絡禁止のためスマホ没収、CRCへの暴力禁止など、いくつかのルールが提示されたが、常識的に行動すれば破ることはなさそうなものばかりだった。その点は安心したが、ルールを破れば即死と明言されているのだ。転ばぬ先の杖を装備した上、それで石橋を叩いて渡るくらいの用心深さが求められるわけだ。
 しかし、俺が選ばれた理由や、自由意志ではなく誘拐という手法で連れてこられたこと、その財団の名前、家族や通っている大学などの関係者へ説明はしたのか、などについての言及はなく、質問しても回答はなかった。
 正直うんざりするようなネガティブニュースばかりだったが、最後にとってつけたように結構な額の報酬を出しますから、と彼は言った。報酬の出所は製薬企業か、それとも自身の財団なのだろうか。
「それにしても、当初は六人の予定でしたが、急遽二名になってしまいましたね」
 あんたがやったことだろーに。そう思ったが口には出さなかった。まあ、四人の自業自得とも言えるしな。
「ともかくこれから五日間一緒に暮らしていく仲間です。お互いに自己紹介をしてもらいましょうか。まずはあなたから」
 と、メビウスは俺を見た。
 俺はもう一人の被験者の顔をまじまじと見つめた。ずっと気になってはいたが、かなりの美少女であることを再確認した。背は成人女性の平均ほどだが、小顔で手足がすらっと長い。腕を組んでいるだけでも絵になるその様は、まるで芸能人のようにオーラがあった。
 とにかく第一印象は大切だ。俺は軽く咳払いをすると、いつもより少し高めの声のトーンを意識した。
「えー、俺は双海紅葉ふたみくれは中部薬科大学ちゅうぶやっかだいがくに通う二年生。この前二十一歳になりました。趣味は植物を育てることと、動画の撮影です。一人暮らしなので料理や家事全般も――」
水晶みあきよ。よろしく」
 俺の自己紹介を遮るようにして、水晶みあきはそっけなくそう言った。
「まだ言い終わってね――ってか短かっ」
「はい、とてもいい自己紹介でしたね」
 メビウスはパンと両手を打った。え、どこが?
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