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♯120
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やっと傾き始めた夕陽が照らす駅のホームで、千鶴は電車を待つ間、自販機でペットボトルの麦茶を買った。妙に喉が乾く理由は、夏を前にして強まる陽射しや暑気だけのせいではなさそうだ。
すぐ空になりそうなペットボトルを手にしたまま、千鶴はいつもに比べてなかなか来ないように観じる電車を待った。
(凛々子さん、今日は何かぐいぐい来てたなあ……)
放課後の練習で、珍しく千鶴の演奏に厳しい評価をしたかと思えば、帰り際に千鶴の手を取ったり、あまつさえ千鶴と腕を組んできたりと凛々子は千鶴を妙に振り回すように振る舞った。それは、何故か千鶴を惹きつけた。
(凛々子さん、未乃梨が一緒でもあんな風に私にくっついてきたのかな)
凛々子の振る舞いは、千鶴に一緒に登下校する時の未乃梨を思い起こさせた。
(どうして、私のことなんか……)
そこまで思いかけて、千鶴は凛々子の言葉を思い出した。
――言ったでしょう? 私は演奏者としてあなたと一緒にステージに立ちたいし、一人の女の子としても一緒にいたいの
(凛々子さんも、未乃梨も、私を好きで。二人には返事を待ってもらっていて。二人とも、私の大事な人で――)
駅のホームに電車の接近を告げるチャイムが鳴り響いた。千鶴は、飲み切って空になったペットボトルを駅のゴミ箱に捨てると、ホームに入ってきた電車に乗り込んでいった。
帰宅した千鶴を、母親の声が出迎えた。
「お帰り。先にお風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
自室に引っ込んでスクールバッグを置くと、千鶴は風呂場に入った。
浴槽に浸かりながら、千鶴はゆっくりと湯の中で腕や脚を伸ばした。コントラバスを弾いていて気付かないうちに蓄積していた疲労がゆっくりと抜けていくように心地良い。
(「オンブラ・マイ・フ」って、こうやってくつろいでるシーンで歌う曲だったりして?)
千鶴の口から、「オンブラ・マイ・フ」の旋律が抑えた声量のハミングで流れだした。不思議と、湯に入って力が抜けた状態の千鶴の身体は、不安定にふらついたり、途切れそうになったりすることなく、「オンブラ・マイ・フ」の旋律を危なげなく紡いだ。
(……この曲、リラックスして歌ったら、結構気持ち良いかも)
浴槽から上がって髪や身体を洗っている間も、千鶴はハミングで歌った。シャワーで身体の泡をすっかり流し終わる頃、千鶴はちょうどハミングの「オンブラ・マイ・フ」を歌い終わっていた。
音楽室での打ち合わせの後で、未乃梨は晴れているとは言い難い気持ちで家路についた。
コンクールの練習が始まって以来、未乃梨が千鶴と一緒に登下校をする機会は減っている。この日も、千鶴は先に帰っているはずで、その千鶴と一緒に練習をしていた凛々子らしき二人組が校門まで手を取り合って歩いているのを目撃してから、未乃梨の気は重いのだった。
(……別に、あれが千鶴と凛々子さんだって確定したわけじゃないし、千鶴と凛々子さんだったとしても、私は千鶴から返事をもらってない以上、私は千鶴のただの友達なんだし……)
電車を降りて、やや暗くなった駅から自宅までの道を、未乃梨は決して軽くはない足取りで歩いた。
夕飯の後で、未乃梨は自室に戻ってからベッドに寝転んでスマホを見ていた。まだ眠るには早い時間で、未乃梨は過去のメッセージを整理したり、ブラウザを開いてネットを見たりしてぼんやりと過ごした。
未乃梨は織田とのメッセージの履歴を見ながら、とりとめのない考えを続けた。
(瑠衣さん、何とかっていうローカルのアイドルと一緒にライブやるんだっけ。 ……そのグループのメンバー、瑠衣さんと同じ部活の子と女の子同士で付き合ってるんだよね……)
未乃梨は「ノーティラビッツ」というグループ名を思い出しながら、それをスマホで検索してみた。
織田が言っていたライブは盛況のうちに終わったようで、グループのサイトにはライブの舞台裏を撮った画像に良く見ると織田が見切れて写っているものが混じっている。
未乃梨は早速、メッセージアプリを開いた。
――瑠衣さん、ライブお疲れ様でした!
織田からの返事は早かった。
――ありがと。次は夏休みと文化祭のライブだから、スケジュール空いてたら見に来てね
メッセージには、「ノーティラビッツ」のサイトには載っていなかった、織田たちバックバンドのメンバーの楽屋での画像が添付されている。和気あいあいとした楽しいステージだったらしいことが、楽屋で程よくリラックスしてカメラに向かってポーズを取ったり飲み物を口に運んだりしている様子からうかがえた。
織田から、続いてメッセージが届いた。
――そういえば未乃梨ちゃん、部活の千鶴ちゃんとは最近どうなの?
――特に何にもなしっていうか、最近私がコンクールの練習があってあんまり一緒にいられないです
――そうなんだ。休みの日に、デートでも誘ったら? それこそ夏休みとか、さ
未乃梨はスマホを持ったまま少し考え込んだ。
――デート、ですか? うーん……
――私なら、未乃梨ちゃんみたいな可愛い子に誘われたら行っちゃうけど
――そこまでは可愛くないかも……
――自信持ちなよ。未乃梨ちゃんは可愛い!
メッセージの文面で強く言い切る織田に苦笑しつつ、未乃梨は六月のものに切り替わったカレンダーを見た。
(そういえばもう六月だっけ。今月って凛々子さんのコンサート……)
(続く)
すぐ空になりそうなペットボトルを手にしたまま、千鶴はいつもに比べてなかなか来ないように観じる電車を待った。
(凛々子さん、今日は何かぐいぐい来てたなあ……)
放課後の練習で、珍しく千鶴の演奏に厳しい評価をしたかと思えば、帰り際に千鶴の手を取ったり、あまつさえ千鶴と腕を組んできたりと凛々子は千鶴を妙に振り回すように振る舞った。それは、何故か千鶴を惹きつけた。
(凛々子さん、未乃梨が一緒でもあんな風に私にくっついてきたのかな)
凛々子の振る舞いは、千鶴に一緒に登下校する時の未乃梨を思い起こさせた。
(どうして、私のことなんか……)
そこまで思いかけて、千鶴は凛々子の言葉を思い出した。
――言ったでしょう? 私は演奏者としてあなたと一緒にステージに立ちたいし、一人の女の子としても一緒にいたいの
(凛々子さんも、未乃梨も、私を好きで。二人には返事を待ってもらっていて。二人とも、私の大事な人で――)
駅のホームに電車の接近を告げるチャイムが鳴り響いた。千鶴は、飲み切って空になったペットボトルを駅のゴミ箱に捨てると、ホームに入ってきた電車に乗り込んでいった。
帰宅した千鶴を、母親の声が出迎えた。
「お帰り。先にお風呂入っちゃいなさい」
「はーい」
自室に引っ込んでスクールバッグを置くと、千鶴は風呂場に入った。
浴槽に浸かりながら、千鶴はゆっくりと湯の中で腕や脚を伸ばした。コントラバスを弾いていて気付かないうちに蓄積していた疲労がゆっくりと抜けていくように心地良い。
(「オンブラ・マイ・フ」って、こうやってくつろいでるシーンで歌う曲だったりして?)
千鶴の口から、「オンブラ・マイ・フ」の旋律が抑えた声量のハミングで流れだした。不思議と、湯に入って力が抜けた状態の千鶴の身体は、不安定にふらついたり、途切れそうになったりすることなく、「オンブラ・マイ・フ」の旋律を危なげなく紡いだ。
(……この曲、リラックスして歌ったら、結構気持ち良いかも)
浴槽から上がって髪や身体を洗っている間も、千鶴はハミングで歌った。シャワーで身体の泡をすっかり流し終わる頃、千鶴はちょうどハミングの「オンブラ・マイ・フ」を歌い終わっていた。
音楽室での打ち合わせの後で、未乃梨は晴れているとは言い難い気持ちで家路についた。
コンクールの練習が始まって以来、未乃梨が千鶴と一緒に登下校をする機会は減っている。この日も、千鶴は先に帰っているはずで、その千鶴と一緒に練習をしていた凛々子らしき二人組が校門まで手を取り合って歩いているのを目撃してから、未乃梨の気は重いのだった。
(……別に、あれが千鶴と凛々子さんだって確定したわけじゃないし、千鶴と凛々子さんだったとしても、私は千鶴から返事をもらってない以上、私は千鶴のただの友達なんだし……)
電車を降りて、やや暗くなった駅から自宅までの道を、未乃梨は決して軽くはない足取りで歩いた。
夕飯の後で、未乃梨は自室に戻ってからベッドに寝転んでスマホを見ていた。まだ眠るには早い時間で、未乃梨は過去のメッセージを整理したり、ブラウザを開いてネットを見たりしてぼんやりと過ごした。
未乃梨は織田とのメッセージの履歴を見ながら、とりとめのない考えを続けた。
(瑠衣さん、何とかっていうローカルのアイドルと一緒にライブやるんだっけ。 ……そのグループのメンバー、瑠衣さんと同じ部活の子と女の子同士で付き合ってるんだよね……)
未乃梨は「ノーティラビッツ」というグループ名を思い出しながら、それをスマホで検索してみた。
織田が言っていたライブは盛況のうちに終わったようで、グループのサイトにはライブの舞台裏を撮った画像に良く見ると織田が見切れて写っているものが混じっている。
未乃梨は早速、メッセージアプリを開いた。
――瑠衣さん、ライブお疲れ様でした!
織田からの返事は早かった。
――ありがと。次は夏休みと文化祭のライブだから、スケジュール空いてたら見に来てね
メッセージには、「ノーティラビッツ」のサイトには載っていなかった、織田たちバックバンドのメンバーの楽屋での画像が添付されている。和気あいあいとした楽しいステージだったらしいことが、楽屋で程よくリラックスしてカメラに向かってポーズを取ったり飲み物を口に運んだりしている様子からうかがえた。
織田から、続いてメッセージが届いた。
――そういえば未乃梨ちゃん、部活の千鶴ちゃんとは最近どうなの?
――特に何にもなしっていうか、最近私がコンクールの練習があってあんまり一緒にいられないです
――そうなんだ。休みの日に、デートでも誘ったら? それこそ夏休みとか、さ
未乃梨はスマホを持ったまま少し考え込んだ。
――デート、ですか? うーん……
――私なら、未乃梨ちゃんみたいな可愛い子に誘われたら行っちゃうけど
――そこまでは可愛くないかも……
――自信持ちなよ。未乃梨ちゃんは可愛い!
メッセージの文面で強く言い切る織田に苦笑しつつ、未乃梨は六月のものに切り替わったカレンダーを見た。
(そういえばもう六月だっけ。今月って凛々子さんのコンサート……)
(続く)
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