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「あの、大問題って……何が、でしょうか」
千鶴は恐る恐る、凛々子に尋ねた。
凛々子は、自分より顔ひとつは背が高い千鶴を頭のてっぺんから爪先まで見回して、少し考えてから口を開いた。
「あなたの場合、サイズの問題もあるし色々難しいけれど……制服以外のスカートにも慣れておくべきよ」
「やっぱり、買わなきゃダメですか……?」
たじろぐ千鶴に、凛々子は諭すように告げた。
「とりあえず、今度の見学はその一枚だけ持ってるっていうスカートでいらっしゃい。折角だし、スカートの着こなしも楽しめるようになっちゃいなさいな」
「はーい……」
凛々子に楽しそうに言い切られて、千鶴はしょんぼりと返事をした。
その日の個人練習の後は、千鶴は前のように凛々子を学校の最寄りのバス停まで一緒に帰った。凛々子の手を引くのは、コンクールの練習で学校に残る未乃梨に悪いような気がして、千鶴にはできなかった。
それでも、バス停までの帰り道では、以前に千鶴が凛々子の手を引いて帰ったときより他の下校中の生徒の目を引いた気がした。やっとリボンで結える程度まで髪が伸びた並の男子より長身の千鶴と、緩くウェーブの掛かった長い黒髪で千鶴よりは顔ひとつほど背の低い凛々子が並ぶと、妙に目立ってしまうようだった。
凛々子は、そんな状況を明らかに楽しんでいた。
「千鶴さん、ほら。あなたを振り返る人、結構いるわよ」
「それって、私より凛々子さんの方じゃ?」
「でも、注目してくる人の半分は千鶴さんを見てるわ。あなたを見てる人は、あなたが単に背の高い女の子だから、だけではないかもしれないのよ」
千鶴は、改めて自分と凛々子を見る他の下校中の生徒の目に気付いた。凛々子の手を引いていないとしても、やはり彼女と二人でいるのはどうしても身長差もあって人目を引いてしまうのかもしれなかった。
土曜日にユースオーケストラの見学に出掛ける途中、千鶴は凛々子に言われたことを痛感した。
電車の窓に映る自分の姿を見て、千鶴は溜め息をつきかけた。
未乃梨と買いに行ったあの青いロングのレイヤードスカートを穿いて、トップスはキャミに半袖のオーバーブラウスを重ねた千鶴はその身長もあって駅でも電車の中でもやはり目立っていた。未乃梨や凛々子より控えめな千鶴の胸元のふくらみも、千鶴の高い身長やまだ穿き慣れないレイヤードスカートの広がったシルエットを強調して、かえって目立たせてしまっているようだった。
(これが制服のスカートだったら、ここまで他人に見られたりしないのになあ。……はぁ)
千鶴は電車を降りると、慣れないスカートのせいで妙に頼りなく感じる足元や腰回りを気にしながら、練習場になっているディアナホールへと向かった。
ディアナホールの入口で、凛々子が千鶴を出迎えた。星の宮ユースオーケストラは休憩中らしく、千鶴が迎え入れられた大きなリハーサル室は楽器を置いて談笑したり、不安なフレーズをさらったりして思い思いに過ごすオーケストラのメンバーで一杯だった。
千鶴は、リハーサル室を見回した。
学校の音楽室の倍より広そうなリハーサル室は、合奏の練習で窮屈に感じることはなさそうだった。リハーサル室の半分を占める弦楽器奏者の集団に、千鶴は何度も目をやった。
リハーサル室の入口に近いヴァイオリンの集団の後ろの壁際に出されたパイプ椅子に、千鶴は案内された。
「とりあえず、今日は第一ヴァイオリンの後ろでゆっくり聴いていって。練習の後で軽く打ち合わせするから」
そう言い残して、指揮台のすぐ横のヴァイオリンの先頭の席に、凛々子は戻っていった。
ヴァイオリンから指揮台の前を横切った向こうにいる、ヴィオラの瑞香やチェロの智花の姿を見て、千鶴は少し安心した。その向こうに居並ぶコントラバスの群れに至っては、千鶴が初めてきたユースオーケストラの練習場の空気に馴染む助けになっていた。
(……オーケストラって、部活でやってる吹奏楽とやっぱり色々違うなあ)
そんなことを考えつつ、千鶴は管楽器より遥かに人数の多い、下は小学生から上は大学生ぐらいの年齢の、弦楽器の集団がいるユースオーケストラの練習場の雰囲気に、いつの間にか慣れてしまっていた。
「ちょいと、智花さんや。第一ヴァイオリンの後ろに座ってる背の高い女の子、知ってるかい?」
チェロを抱えていた智花の肩を、聞き慣れた声とともにつつく者があった。
「あ、本条先生。あの子、江崎千鶴ちゃんっていう凛々子の高校の吹部でコントラバス弾いてる子ですよ。こないだ、『あさがお園』っていう施設の訪問で一緒でした」
智花が返事をした、三十代前半と思われるラフなシャツにデニムのパンツを合わせた出で立ちの女性は、「ふーむ」と顎に手を添えた。
「そういや、前にコンミスの仙道さんが学校でコンバスやってる子を教えてるって言ってたねえ。あの子か」
「彼女、施設に入ってる子たちから、早速大人気でしたよ? おっきいお姉さん、って」
冗談めかして話す智花に、本条は「そいつは良いや」と笑った。
「パイプ椅子に座っててもあれだけ目立つ座高ってことは身長は一七五から一八〇センチってとこかな。同じコンバス弾きとしちゃ、羨ましいねえ」
(続く)
千鶴は恐る恐る、凛々子に尋ねた。
凛々子は、自分より顔ひとつは背が高い千鶴を頭のてっぺんから爪先まで見回して、少し考えてから口を開いた。
「あなたの場合、サイズの問題もあるし色々難しいけれど……制服以外のスカートにも慣れておくべきよ」
「やっぱり、買わなきゃダメですか……?」
たじろぐ千鶴に、凛々子は諭すように告げた。
「とりあえず、今度の見学はその一枚だけ持ってるっていうスカートでいらっしゃい。折角だし、スカートの着こなしも楽しめるようになっちゃいなさいな」
「はーい……」
凛々子に楽しそうに言い切られて、千鶴はしょんぼりと返事をした。
その日の個人練習の後は、千鶴は前のように凛々子を学校の最寄りのバス停まで一緒に帰った。凛々子の手を引くのは、コンクールの練習で学校に残る未乃梨に悪いような気がして、千鶴にはできなかった。
それでも、バス停までの帰り道では、以前に千鶴が凛々子の手を引いて帰ったときより他の下校中の生徒の目を引いた気がした。やっとリボンで結える程度まで髪が伸びた並の男子より長身の千鶴と、緩くウェーブの掛かった長い黒髪で千鶴よりは顔ひとつほど背の低い凛々子が並ぶと、妙に目立ってしまうようだった。
凛々子は、そんな状況を明らかに楽しんでいた。
「千鶴さん、ほら。あなたを振り返る人、結構いるわよ」
「それって、私より凛々子さんの方じゃ?」
「でも、注目してくる人の半分は千鶴さんを見てるわ。あなたを見てる人は、あなたが単に背の高い女の子だから、だけではないかもしれないのよ」
千鶴は、改めて自分と凛々子を見る他の下校中の生徒の目に気付いた。凛々子の手を引いていないとしても、やはり彼女と二人でいるのはどうしても身長差もあって人目を引いてしまうのかもしれなかった。
土曜日にユースオーケストラの見学に出掛ける途中、千鶴は凛々子に言われたことを痛感した。
電車の窓に映る自分の姿を見て、千鶴は溜め息をつきかけた。
未乃梨と買いに行ったあの青いロングのレイヤードスカートを穿いて、トップスはキャミに半袖のオーバーブラウスを重ねた千鶴はその身長もあって駅でも電車の中でもやはり目立っていた。未乃梨や凛々子より控えめな千鶴の胸元のふくらみも、千鶴の高い身長やまだ穿き慣れないレイヤードスカートの広がったシルエットを強調して、かえって目立たせてしまっているようだった。
(これが制服のスカートだったら、ここまで他人に見られたりしないのになあ。……はぁ)
千鶴は電車を降りると、慣れないスカートのせいで妙に頼りなく感じる足元や腰回りを気にしながら、練習場になっているディアナホールへと向かった。
ディアナホールの入口で、凛々子が千鶴を出迎えた。星の宮ユースオーケストラは休憩中らしく、千鶴が迎え入れられた大きなリハーサル室は楽器を置いて談笑したり、不安なフレーズをさらったりして思い思いに過ごすオーケストラのメンバーで一杯だった。
千鶴は、リハーサル室を見回した。
学校の音楽室の倍より広そうなリハーサル室は、合奏の練習で窮屈に感じることはなさそうだった。リハーサル室の半分を占める弦楽器奏者の集団に、千鶴は何度も目をやった。
リハーサル室の入口に近いヴァイオリンの集団の後ろの壁際に出されたパイプ椅子に、千鶴は案内された。
「とりあえず、今日は第一ヴァイオリンの後ろでゆっくり聴いていって。練習の後で軽く打ち合わせするから」
そう言い残して、指揮台のすぐ横のヴァイオリンの先頭の席に、凛々子は戻っていった。
ヴァイオリンから指揮台の前を横切った向こうにいる、ヴィオラの瑞香やチェロの智花の姿を見て、千鶴は少し安心した。その向こうに居並ぶコントラバスの群れに至っては、千鶴が初めてきたユースオーケストラの練習場の空気に馴染む助けになっていた。
(……オーケストラって、部活でやってる吹奏楽とやっぱり色々違うなあ)
そんなことを考えつつ、千鶴は管楽器より遥かに人数の多い、下は小学生から上は大学生ぐらいの年齢の、弦楽器の集団がいるユースオーケストラの練習場の雰囲気に、いつの間にか慣れてしまっていた。
「ちょいと、智花さんや。第一ヴァイオリンの後ろに座ってる背の高い女の子、知ってるかい?」
チェロを抱えていた智花の肩を、聞き慣れた声とともにつつく者があった。
「あ、本条先生。あの子、江崎千鶴ちゃんっていう凛々子の高校の吹部でコントラバス弾いてる子ですよ。こないだ、『あさがお園』っていう施設の訪問で一緒でした」
智花が返事をした、三十代前半と思われるラフなシャツにデニムのパンツを合わせた出で立ちの女性は、「ふーむ」と顎に手を添えた。
「そういや、前にコンミスの仙道さんが学校でコンバスやってる子を教えてるって言ってたねえ。あの子か」
「彼女、施設に入ってる子たちから、早速大人気でしたよ? おっきいお姉さん、って」
冗談めかして話す智花に、本条は「そいつは良いや」と笑った。
「パイプ椅子に座っててもあれだけ目立つ座高ってことは身長は一七五から一八〇センチってとこかな。同じコンバス弾きとしちゃ、羨ましいねえ」
(続く)
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