92 / 135
♯92
しおりを挟む
連合演奏会から学校に戻ってからも、帰宅途中の電車の中でも、千鶴は会場で聴いた演奏のことが頭を巡っていた。
硬質な音で近付き難い印象の清鹿学園。少人数でも引き込まれる演奏をした付属高校。そして、本格的なビッグバンドジャズで他の高校とは一線を画す桃花高校。
予想を超えて方向性の異なる様々な演奏や、高森を通して知り合った桃花高校のギター弾きの織田瑠衣の存在は、あまりに広い世界を千鶴の前に見せていた。
密度の濃かった一日に胸を躍らせる一方で、千鶴はバスの中で未乃梨が沈んた顔を見せていた事が、少し引っ掛かっていた。
電車を降りてから、千鶴は未乃梨に尋ねた。
「ねえ。……中学で一緒に吹部やってた子と、会いたかった?」
「……うん。クラリネットやってた子でね、清鹿に行って頑張るんだ、って行ってて。どんなことやってるか、話してみたかったかな」
未乃梨は少し寂しそうな顔をしつつ、顔を横に振った。
「千鶴、気にしてくれて、ありがとね」
なんとか明るい表情を取り戻すと、未乃梨は千鶴に手を振った。
帰宅して入浴と夕飯を済ませた千鶴が自室に引っ込むと、スマホにいくつかメッセージが届いていた。
一つは連合演奏会で知り合った織田で、連合演奏会の会場で撮った沢山の画像に加えて、どうやら桃花高校の校舎に戻ってから撮ったらしい画像が一枚添付されていた。
――千鶴ちゃん、今日はお疲れ様! うちがライブやる時は聴きに来てね
織田の賑やかな口調が浮かぶ文面と一緒に一枚追加で送られてきたのは、校舎の中で同じセーラージャケットの制服を着た数人の少女たちと一緒の織田だった。
(瑠衣さんの学校、楽しそうだなぁ)
微笑ましく思いながら「その時は呼んで下さい」と返信をして、千鶴は他に届いていたメッセージを見た。
メッセージは凛々子からも届いていた。
――連合演奏会、お疲れ様。どうだった?
――しっかり弾いてきました。他の人たちが気持ち良く吹けてたらいいな、って
――大丈夫よ。この前のあさがお園でも立派に演奏できてたもの。ところで
そこで文面が一度途切れて、凛々子が改めてメッセージを送ってきた。
――前に言った発表会だけど、あさがお園のときみたく何人かで一緒に演奏してみようと思うのだけど、興味はあるかしら? こういう曲、一緒にやってみない?
凛々子のメッセージには、何かの動画のアドレスが貼られていた。
(なんだろう、これ)
千鶴は、スマホにイヤホンを繋いだ。そのアドレスから飛べる動画では、どこかの海外のコンサートホールで弦楽器だけのグループがきびきびと演奏をしている様子が流れている。千鶴は、十といくつかある動画のチャプターをつまみ食いのように再生してみた。
動画のタイトルには「L’estro Armonico」という曲目らしきものや、作曲者の名前らしい「Vivaldi」という単語が、どこの国の言語でどう読むのか千鶴には皆目見当もつかないアルファベットの並びの中に見えた。
その演奏は、以前に「あさがお園」で弾いたバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」やパッヘルベルの「カノン」とも違う、別種の闊達さが感じられた。
(こんな風に弾けたら、楽しそう。ジャンルが違うけど、瑠衣さんもこんな風にギター弾いてたっけ)
ジャズとクラシックでは単純に比べられないことは千鶴にもわかっていた。それでも、今日のステージの上でギターを弾いていた織田と、動画の中で演奏している弦楽器奏者はどちらも果てしなく楽しそうに弾いているように、千鶴には思えた。
千鶴は早速、凛々子にメッセージで返事をした。
――この曲、楽しそうですね。ちょっと弾いてみたいかも
凛々子からの返事は早かった。数分経たずに、メッセージの返事が来た。
――千鶴さんなら弾けるわよ。前回よりちょっと人数は多いけど、チェロは智花さんも来るから、安心していいわ
――この曲、やるとしたらまた放課後に練習見てくれますか?
――もちろんよ。その件なんだけど
再び、そこで凛々子の文面が途切れた。
――どこかの週末で、土曜日に予定の空いてる日ってあるかしら? 打ち合わせをしたいのだけれど
――いいですよ。いつにします?
――六月の最初の土曜日はどう?
――わかりました。場所はどこですか?
――ディアナホールよ。私が入っている星の宮ユースオーケストラの練習があるの。ついでにうちの練習も見てく? コントラバスも何人か来るわ
――良いんですか? それじゃ、お願いします
――詳しいことは明日の放課後にでも。じゃ、また頑張りましょうね
凛々子とのやり取りはそこで一旦区切りがついた。
(また頑張りましょうね、か……凛々子さんが練習に付き合ってくれるんなら、きっと、大丈夫かな)
千鶴は、スマホを置くと伸びと大きな欠伸を一回ずつして、ベッドにぐったりと倒れ込むように横になった。
(続く)
硬質な音で近付き難い印象の清鹿学園。少人数でも引き込まれる演奏をした付属高校。そして、本格的なビッグバンドジャズで他の高校とは一線を画す桃花高校。
予想を超えて方向性の異なる様々な演奏や、高森を通して知り合った桃花高校のギター弾きの織田瑠衣の存在は、あまりに広い世界を千鶴の前に見せていた。
密度の濃かった一日に胸を躍らせる一方で、千鶴はバスの中で未乃梨が沈んた顔を見せていた事が、少し引っ掛かっていた。
電車を降りてから、千鶴は未乃梨に尋ねた。
「ねえ。……中学で一緒に吹部やってた子と、会いたかった?」
「……うん。クラリネットやってた子でね、清鹿に行って頑張るんだ、って行ってて。どんなことやってるか、話してみたかったかな」
未乃梨は少し寂しそうな顔をしつつ、顔を横に振った。
「千鶴、気にしてくれて、ありがとね」
なんとか明るい表情を取り戻すと、未乃梨は千鶴に手を振った。
帰宅して入浴と夕飯を済ませた千鶴が自室に引っ込むと、スマホにいくつかメッセージが届いていた。
一つは連合演奏会で知り合った織田で、連合演奏会の会場で撮った沢山の画像に加えて、どうやら桃花高校の校舎に戻ってから撮ったらしい画像が一枚添付されていた。
――千鶴ちゃん、今日はお疲れ様! うちがライブやる時は聴きに来てね
織田の賑やかな口調が浮かぶ文面と一緒に一枚追加で送られてきたのは、校舎の中で同じセーラージャケットの制服を着た数人の少女たちと一緒の織田だった。
(瑠衣さんの学校、楽しそうだなぁ)
微笑ましく思いながら「その時は呼んで下さい」と返信をして、千鶴は他に届いていたメッセージを見た。
メッセージは凛々子からも届いていた。
――連合演奏会、お疲れ様。どうだった?
――しっかり弾いてきました。他の人たちが気持ち良く吹けてたらいいな、って
――大丈夫よ。この前のあさがお園でも立派に演奏できてたもの。ところで
そこで文面が一度途切れて、凛々子が改めてメッセージを送ってきた。
――前に言った発表会だけど、あさがお園のときみたく何人かで一緒に演奏してみようと思うのだけど、興味はあるかしら? こういう曲、一緒にやってみない?
凛々子のメッセージには、何かの動画のアドレスが貼られていた。
(なんだろう、これ)
千鶴は、スマホにイヤホンを繋いだ。そのアドレスから飛べる動画では、どこかの海外のコンサートホールで弦楽器だけのグループがきびきびと演奏をしている様子が流れている。千鶴は、十といくつかある動画のチャプターをつまみ食いのように再生してみた。
動画のタイトルには「L’estro Armonico」という曲目らしきものや、作曲者の名前らしい「Vivaldi」という単語が、どこの国の言語でどう読むのか千鶴には皆目見当もつかないアルファベットの並びの中に見えた。
その演奏は、以前に「あさがお園」で弾いたバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」やパッヘルベルの「カノン」とも違う、別種の闊達さが感じられた。
(こんな風に弾けたら、楽しそう。ジャンルが違うけど、瑠衣さんもこんな風にギター弾いてたっけ)
ジャズとクラシックでは単純に比べられないことは千鶴にもわかっていた。それでも、今日のステージの上でギターを弾いていた織田と、動画の中で演奏している弦楽器奏者はどちらも果てしなく楽しそうに弾いているように、千鶴には思えた。
千鶴は早速、凛々子にメッセージで返事をした。
――この曲、楽しそうですね。ちょっと弾いてみたいかも
凛々子からの返事は早かった。数分経たずに、メッセージの返事が来た。
――千鶴さんなら弾けるわよ。前回よりちょっと人数は多いけど、チェロは智花さんも来るから、安心していいわ
――この曲、やるとしたらまた放課後に練習見てくれますか?
――もちろんよ。その件なんだけど
再び、そこで凛々子の文面が途切れた。
――どこかの週末で、土曜日に予定の空いてる日ってあるかしら? 打ち合わせをしたいのだけれど
――いいですよ。いつにします?
――六月の最初の土曜日はどう?
――わかりました。場所はどこですか?
――ディアナホールよ。私が入っている星の宮ユースオーケストラの練習があるの。ついでにうちの練習も見てく? コントラバスも何人か来るわ
――良いんですか? それじゃ、お願いします
――詳しいことは明日の放課後にでも。じゃ、また頑張りましょうね
凛々子とのやり取りはそこで一旦区切りがついた。
(また頑張りましょうね、か……凛々子さんが練習に付き合ってくれるんなら、きっと、大丈夫かな)
千鶴は、スマホを置くと伸びと大きな欠伸を一回ずつして、ベッドにぐったりと倒れ込むように横になった。
(続く)
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる