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蘇我から一方的に叩きつけられる怒気を含んだ声を、千鶴と未乃梨と凛々子はそれぞれに違う表情で受け止めた。
千鶴は、蘇我の怒気に最初は怯んだ。が、先日の合奏で蘇我が自分に敵意を向けるようなテューバの吹き方をして、結果合奏で全体のバランスを崩していたことを思い出すと、怯む気持ちは薄らいだ。
未乃梨は、部活と関係ない曲を練習していることを指摘されて言葉を失いかけた。一方で、顧問の子安が部活外での演奏を勧めていたことを思い出して、蘇我の言葉を聞き入れる選択肢が消えた。
凛々子は、「頭おかしい」という強い言葉まで持ち出した蘇我に、逆に興味が湧いていた。眼の前で大声を出す蘇我という吹奏楽部のテューバ担当の少女に、そこまで言わせる理由を知りたくなっていた。
千鶴は、ゆっくりと蘇我に近付いた。
「あのー、蘇我さん?」
千鶴がつとめて穏やかに声を掛けると、千鶴より顔ひとつは背が低い蘇我は後退りをしかけた。その後ろに、ゆっくりと凛々子が回り込んで、蘇我の背後を塞いだ。
蘇我は、前から近寄ってくる千鶴に、明らかにたじろいでいた。
「な、何よ!」
「そういうことを言うんなら、この前の合奏、どうしてあんな吹き方をしたか、教えてくれないかな。私のコントラバスに問題があったのなら、その場で口で言えばいいと思うんだけど」
「初心者のくせに何を偉そうな……ひっ!?」
蘇我はあくまで穏やかに尋ねてくる千鶴から逃れようとして、背後に立っていた凛々子に気付いて悲鳴の数歩手前の声を上げた。
「この前の合奏、音楽室の外にも聴こえていたのだけれど。他のパートのこともろくに考えずにテューバを吹いていたのは、あなたかしら?」
「誰だか知らないけど、部外者が口を挟まないで! 何よ、吹部でもないのに合奏のことを偉そうに!」
静かに話しかける凛々子に、蘇我はかえって声を荒げた。
凛々子は、蘇我にわからないほどの小さな溜め息を言葉に潜ませた。
「あら。私、オーケストラでヴァイオリンを弾いているけど、周りの人や近くの席の人に迷惑をかけてまでテューバを吹く人は、オーケストラでは聴いたことがないわ」
千鶴と凛々子に前後から挟まれたまま、蘇我は急速に顔を赤くした。それは、恥じらいからくるものではなかった。
「何なのよあんたたち! そっちの弦バスは女の子を二人も侍らせてさ!」
リボンで結ったショートテイルの髪の首元を掻きながら、千鶴は呆れた。
「学校外で演奏予定があって練習してただけなんだけど。あと、子安先生もそういう機会はなかなかないから行ってこい、って言ってたのになあ」
「もう! 小阪さん、コンクールメンバーでしょ!? なんでこんなの二人とつるんでるわけ!?」
ひたすら金切り声を上げる蘇我に、未乃梨はそろそろ限界がきていた。
「だったら、ここで大きい声を出して他人の練習の邪魔する前に、テューバとかユーフォの先輩たちとちゃんと練習したら? こないだのめちゃくちゃなテューバ、私たち木管からも迷惑だよ!」
未乃梨に言い切られて、蘇我は黙って下を向いた。
凛々子は、縮こまって下を向いた蘇我に近寄って、諭すように言葉をかけた。
「あなたがどうして千鶴を目の敵にしているか知らないけれど、あなたが抱えていることと私たちの練習に直接関係がないのなら、ここで私たちを怒鳴り散らすことはあなたにとって何の収穫にもならないわ」
数秒ほど沈黙したあと、蘇我は顔を上げた。
「……やっぱり、弦楽器なんか嫌いよ。……先輩を奪った奴が弾いてるのと同じ楽器なんか!」
蘇我は真っ赤な顔のまま、千鶴たちが練習している空き教室を出ていった。
凛々子はもう一度小さく溜め息を、今度はわかりやすくついた。
「何だったのかしら。あの子、弦楽器を嫌う理由があるみたいだけど」
「さあ。あの蘇我さんって子、合奏で私の隣に座ってる時から何かおかしかったですけど」
小首を傾げる千鶴に、凛々子は少しだけ口角を上げた。
「でも、蘇我さんに応対するときの千鶴さん、ちょっと頼もしかったわよ? 未乃梨さんに格好いいところ、見せたかった?」
「あの、それは、その、未乃梨のこととか関係なしに迷惑だったし、前の合奏でも私のほうが被害者だったし、それにここで練習の邪魔されたら未乃梨も凛々子さんも迷惑だろうって思っただけで、その」
「あら、私のことも考えてくれてたの? 嬉しいわね」
「凛々子さん、それ以上はダメです。千鶴も少しは抵抗するか避けるかしてよ」
しどろもどろになる千鶴と、その千鶴にいたずらっぽく微笑みかけながら迫る凛々子の間に未乃梨が割って入った。そして、未乃梨ははたと二人を見た。
「……私、もしかして、蘇我さんが千鶴を目の敵にする理由、分かったかも」
「え? どういうこと?」
「未乃梨さん、何か心当たりが?」
千鶴と凛々子は、思わず顔を見合わせた。
(続く)
千鶴は、蘇我の怒気に最初は怯んだ。が、先日の合奏で蘇我が自分に敵意を向けるようなテューバの吹き方をして、結果合奏で全体のバランスを崩していたことを思い出すと、怯む気持ちは薄らいだ。
未乃梨は、部活と関係ない曲を練習していることを指摘されて言葉を失いかけた。一方で、顧問の子安が部活外での演奏を勧めていたことを思い出して、蘇我の言葉を聞き入れる選択肢が消えた。
凛々子は、「頭おかしい」という強い言葉まで持ち出した蘇我に、逆に興味が湧いていた。眼の前で大声を出す蘇我という吹奏楽部のテューバ担当の少女に、そこまで言わせる理由を知りたくなっていた。
千鶴は、ゆっくりと蘇我に近付いた。
「あのー、蘇我さん?」
千鶴がつとめて穏やかに声を掛けると、千鶴より顔ひとつは背が低い蘇我は後退りをしかけた。その後ろに、ゆっくりと凛々子が回り込んで、蘇我の背後を塞いだ。
蘇我は、前から近寄ってくる千鶴に、明らかにたじろいでいた。
「な、何よ!」
「そういうことを言うんなら、この前の合奏、どうしてあんな吹き方をしたか、教えてくれないかな。私のコントラバスに問題があったのなら、その場で口で言えばいいと思うんだけど」
「初心者のくせに何を偉そうな……ひっ!?」
蘇我はあくまで穏やかに尋ねてくる千鶴から逃れようとして、背後に立っていた凛々子に気付いて悲鳴の数歩手前の声を上げた。
「この前の合奏、音楽室の外にも聴こえていたのだけれど。他のパートのこともろくに考えずにテューバを吹いていたのは、あなたかしら?」
「誰だか知らないけど、部外者が口を挟まないで! 何よ、吹部でもないのに合奏のことを偉そうに!」
静かに話しかける凛々子に、蘇我はかえって声を荒げた。
凛々子は、蘇我にわからないほどの小さな溜め息を言葉に潜ませた。
「あら。私、オーケストラでヴァイオリンを弾いているけど、周りの人や近くの席の人に迷惑をかけてまでテューバを吹く人は、オーケストラでは聴いたことがないわ」
千鶴と凛々子に前後から挟まれたまま、蘇我は急速に顔を赤くした。それは、恥じらいからくるものではなかった。
「何なのよあんたたち! そっちの弦バスは女の子を二人も侍らせてさ!」
リボンで結ったショートテイルの髪の首元を掻きながら、千鶴は呆れた。
「学校外で演奏予定があって練習してただけなんだけど。あと、子安先生もそういう機会はなかなかないから行ってこい、って言ってたのになあ」
「もう! 小阪さん、コンクールメンバーでしょ!? なんでこんなの二人とつるんでるわけ!?」
ひたすら金切り声を上げる蘇我に、未乃梨はそろそろ限界がきていた。
「だったら、ここで大きい声を出して他人の練習の邪魔する前に、テューバとかユーフォの先輩たちとちゃんと練習したら? こないだのめちゃくちゃなテューバ、私たち木管からも迷惑だよ!」
未乃梨に言い切られて、蘇我は黙って下を向いた。
凛々子は、縮こまって下を向いた蘇我に近寄って、諭すように言葉をかけた。
「あなたがどうして千鶴を目の敵にしているか知らないけれど、あなたが抱えていることと私たちの練習に直接関係がないのなら、ここで私たちを怒鳴り散らすことはあなたにとって何の収穫にもならないわ」
数秒ほど沈黙したあと、蘇我は顔を上げた。
「……やっぱり、弦楽器なんか嫌いよ。……先輩を奪った奴が弾いてるのと同じ楽器なんか!」
蘇我は真っ赤な顔のまま、千鶴たちが練習している空き教室を出ていった。
凛々子はもう一度小さく溜め息を、今度はわかりやすくついた。
「何だったのかしら。あの子、弦楽器を嫌う理由があるみたいだけど」
「さあ。あの蘇我さんって子、合奏で私の隣に座ってる時から何かおかしかったですけど」
小首を傾げる千鶴に、凛々子は少しだけ口角を上げた。
「でも、蘇我さんに応対するときの千鶴さん、ちょっと頼もしかったわよ? 未乃梨さんに格好いいところ、見せたかった?」
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「あら、私のことも考えてくれてたの? 嬉しいわね」
「凛々子さん、それ以上はダメです。千鶴も少しは抵抗するか避けるかしてよ」
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「……私、もしかして、蘇我さんが千鶴を目の敵にする理由、分かったかも」
「え? どういうこと?」
「未乃梨さん、何か心当たりが?」
千鶴と凛々子は、思わず顔を見合わせた。
(続く)
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