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♯24
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「スプリング・グリーン・マーチ」がコーダにたどり着いて、ヘ長調の和音の中で賑やかに終止した。木管楽器とコントラバスだけの分奏は、初心者が少なくない人数参加している割には、随分とスムーズに終わった。
分奏は最後まで和やかな空気の中で終わったのが、千鶴には意外だった。
コントラバスを片付けている千鶴に、先にフルートを仕舞い終えていた未乃梨が、近寄ってきていた。
「千鶴、お疲れ」
「未乃梨もお疲れ様」
「……うん。ありがと」
未乃梨は、いつものように明るい表情でいるように見えた。それでも、何かを言い淀んだことが、千鶴には気になった。
「未乃梨、何か――」
「お二人とも、お疲れ様。フルートもベースも良かったよ」
千鶴と未乃梨に、高森が割り込んだ。
「あ、高森先輩。どうも」
「ベース、初心者でもマーチならあそこまで弾けるものなんだね。小阪さんのフルートソロも、決まってたよ」
「あ、ありがとうございます」
高森に褒められて、未乃梨の顔から翳りが消えた。その未乃梨の表情が、次の瞬間には恥ずかしさで真っ赤になった。高森に、クラリネットを持った二年生の女子が横から首を突っ込んだ。
「玲、この弦バスの子がフルートの小阪さんのカレシ?」
「同じ中学で今のクラスも一緒なんだって。あ、二人はそういうのじゃないよ」
高森がクラリネットの二年生にそう訂正しても、未乃梨の顔は赤みが差したままだった。
「あ、未乃梨は中学からの友達なんです。私は高校から未乃梨に勧められて吹部に入ったんですけど」
「なあんだ。あ、そうそう、初心者の一年生以外のコンクールに出るメンバーはちょっと残ってね。楽譜渡すから」
「あ……、はい」
未乃梨は、我に返ったように返事をした。コントラバスが片付いた千鶴が、未乃梨の肩をつついた。
「じゃ、未乃梨、校門で待ってようか?」
「うん、お願い。じゃ、後で」
未乃梨は、落ち着きがどこか欠けた様子でフルートパートの上級生のところに向かっていった。
校門で未乃梨を待つ千鶴に、通り掛かったよく知る緩くウェーブの掛かった黒髪の二年生が小さく手を振った。
「江崎さん、お疲れ様。今から帰り?」
そう問うてくる凛々子も、どうやら放課後にヴァイオリンを練習していたらしく、スクールバッグと一緒にいつものワインレッドのケースを肩に提げていた。
「あ、仙道先輩。さっき部活が終わったところです」
「小阪さんは一緒じゃないの?」
「未乃梨、コンクールに出るメンバーで、そっちの用事があるからここで待ってます」
「そう。江崎さんはコンクールには出ないの?」
「初心者なんで。出るとしたら来年ですね」
「ふむふむ。……ねえ、学校の外で演奏してみるのって、興味あるかしら?」
凛々子の言葉に、千鶴は小首を傾げた。
「私でいいんですか? コントラバス、始めたばっかりですけど」
「ええ。何かあればサポートするわ。詳しいことはまたメッセージ送るから、考えておいて。それじゃ」
そう言い残すと、凛々子はバス停のある方へと歩いていった。
凛々子と入れ替わるように、未乃梨が小走りで校門までやってきた。未乃梨は顔を上気させていた。
「千鶴、お待たせ! 遅くなってごめん」
「ううん。じゃ、帰ろうか」
千鶴が足を進めようとすると、未乃梨はいつものように手を繋いできた。
千鶴と未乃梨は、いつものように手を繋いで家路についた。駅でも、電車の中でも、未乃梨の小さな手はは千鶴の手を握ったままだった。
家の最寄り駅を出てから、未乃梨は思い詰めたように口を開いた。
「……ねえ、千鶴?」
「うん? どうしたの?」
「分奏のあとで、クラリネットの先輩にさ」
「……言われちゃった、ね」
「……千鶴が私のカレシ、って。女の子同士なのに、ね」
「未乃梨が私のカノジョ、かぁ」
不意に、未乃梨は、赤みの差した顔で千鶴を見上げた。
「ねえ。もう、付き合っちゃおうか?」
「女の子同士で何するの?」
「また一緒に学校に行って、部活に出て、買い物とか映画に行ったり」
「何それ。今までと変わらないじゃない」
未乃梨は「そうね。でも」と相槌を打った。
「あのね。高校に入ってから、千鶴って色んな人と仲良くなったでしょ? みんなとすぐ仲良くなってくれるのも嬉しいけど、私のことも見てほしいって、ちょっと思っちゃったの」
「もう。クラスの結城さんとかに、また面倒くさいカノジョみたい、って言われちゃうよ?」
「……言われても、いい、かな」
「え?」
「ううん。何でもない。また、明日ね」
未乃梨は、そう言うと少し爪先立って千鶴にそっと抱きついた。
「最近、未乃梨って大胆だね。別れ際にハグだなんて」
「……千鶴だから、したいんだよ? それじゃ、ね」
そっと離れていく未乃梨を、千鶴は立ち尽くしたまま見送った。
そのほんの少し後、ようやく自分の家に向かおうとした千鶴のスマホにメッセージが届いた。差出人は凛々子だった。
――さっきお願いした演奏のことなんだけど。曲と本番の日にちが大体決まりそうだから、明日相談しましょう。私のほかにうちのオケの弦楽器が何人かと、良かったら小阪さんもどうかしら? 詳しくはまた明日ね
千鶴は、少し前の自分に抱きついてきた未乃梨の感触を思い出しつつ、メッセージの文面を見て、再び立ち尽くした。
(続く)
分奏は最後まで和やかな空気の中で終わったのが、千鶴には意外だった。
コントラバスを片付けている千鶴に、先にフルートを仕舞い終えていた未乃梨が、近寄ってきていた。
「千鶴、お疲れ」
「未乃梨もお疲れ様」
「……うん。ありがと」
未乃梨は、いつものように明るい表情でいるように見えた。それでも、何かを言い淀んだことが、千鶴には気になった。
「未乃梨、何か――」
「お二人とも、お疲れ様。フルートもベースも良かったよ」
千鶴と未乃梨に、高森が割り込んだ。
「あ、高森先輩。どうも」
「ベース、初心者でもマーチならあそこまで弾けるものなんだね。小阪さんのフルートソロも、決まってたよ」
「あ、ありがとうございます」
高森に褒められて、未乃梨の顔から翳りが消えた。その未乃梨の表情が、次の瞬間には恥ずかしさで真っ赤になった。高森に、クラリネットを持った二年生の女子が横から首を突っ込んだ。
「玲、この弦バスの子がフルートの小阪さんのカレシ?」
「同じ中学で今のクラスも一緒なんだって。あ、二人はそういうのじゃないよ」
高森がクラリネットの二年生にそう訂正しても、未乃梨の顔は赤みが差したままだった。
「あ、未乃梨は中学からの友達なんです。私は高校から未乃梨に勧められて吹部に入ったんですけど」
「なあんだ。あ、そうそう、初心者の一年生以外のコンクールに出るメンバーはちょっと残ってね。楽譜渡すから」
「あ……、はい」
未乃梨は、我に返ったように返事をした。コントラバスが片付いた千鶴が、未乃梨の肩をつついた。
「じゃ、未乃梨、校門で待ってようか?」
「うん、お願い。じゃ、後で」
未乃梨は、落ち着きがどこか欠けた様子でフルートパートの上級生のところに向かっていった。
校門で未乃梨を待つ千鶴に、通り掛かったよく知る緩くウェーブの掛かった黒髪の二年生が小さく手を振った。
「江崎さん、お疲れ様。今から帰り?」
そう問うてくる凛々子も、どうやら放課後にヴァイオリンを練習していたらしく、スクールバッグと一緒にいつものワインレッドのケースを肩に提げていた。
「あ、仙道先輩。さっき部活が終わったところです」
「小阪さんは一緒じゃないの?」
「未乃梨、コンクールに出るメンバーで、そっちの用事があるからここで待ってます」
「そう。江崎さんはコンクールには出ないの?」
「初心者なんで。出るとしたら来年ですね」
「ふむふむ。……ねえ、学校の外で演奏してみるのって、興味あるかしら?」
凛々子の言葉に、千鶴は小首を傾げた。
「私でいいんですか? コントラバス、始めたばっかりですけど」
「ええ。何かあればサポートするわ。詳しいことはまたメッセージ送るから、考えておいて。それじゃ」
そう言い残すと、凛々子はバス停のある方へと歩いていった。
凛々子と入れ替わるように、未乃梨が小走りで校門までやってきた。未乃梨は顔を上気させていた。
「千鶴、お待たせ! 遅くなってごめん」
「ううん。じゃ、帰ろうか」
千鶴が足を進めようとすると、未乃梨はいつものように手を繋いできた。
千鶴と未乃梨は、いつものように手を繋いで家路についた。駅でも、電車の中でも、未乃梨の小さな手はは千鶴の手を握ったままだった。
家の最寄り駅を出てから、未乃梨は思い詰めたように口を開いた。
「……ねえ、千鶴?」
「うん? どうしたの?」
「分奏のあとで、クラリネットの先輩にさ」
「……言われちゃった、ね」
「……千鶴が私のカレシ、って。女の子同士なのに、ね」
「未乃梨が私のカノジョ、かぁ」
不意に、未乃梨は、赤みの差した顔で千鶴を見上げた。
「ねえ。もう、付き合っちゃおうか?」
「女の子同士で何するの?」
「また一緒に学校に行って、部活に出て、買い物とか映画に行ったり」
「何それ。今までと変わらないじゃない」
未乃梨は「そうね。でも」と相槌を打った。
「あのね。高校に入ってから、千鶴って色んな人と仲良くなったでしょ? みんなとすぐ仲良くなってくれるのも嬉しいけど、私のことも見てほしいって、ちょっと思っちゃったの」
「もう。クラスの結城さんとかに、また面倒くさいカノジョみたい、って言われちゃうよ?」
「……言われても、いい、かな」
「え?」
「ううん。何でもない。また、明日ね」
未乃梨は、そう言うと少し爪先立って千鶴にそっと抱きついた。
「最近、未乃梨って大胆だね。別れ際にハグだなんて」
「……千鶴だから、したいんだよ? それじゃ、ね」
そっと離れていく未乃梨を、千鶴は立ち尽くしたまま見送った。
そのほんの少し後、ようやく自分の家に向かおうとした千鶴のスマホにメッセージが届いた。差出人は凛々子だった。
――さっきお願いした演奏のことなんだけど。曲と本番の日にちが大体決まりそうだから、明日相談しましょう。私のほかにうちのオケの弦楽器が何人かと、良かったら小阪さんもどうかしら? 詳しくはまた明日ね
千鶴は、少し前の自分に抱きついてきた未乃梨の感触を思い出しつつ、メッセージの文面を見て、再び立ち尽くした。
(続く)
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