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♯17
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帰宅してしばらく経ってから、未乃梨は自分が千鶴に伝えた言葉を思い返して、頬を紅潮させていた。
(千鶴なら、お父さんに怒られてもいい、だなんて……私、何言ってるの……!)
未乃梨がそれを思い出したのは、入浴を済ませて自室に引っ込んだあとのことだった。風呂上がりに一番気に入っているピンクベージュのルームウェアに袖を通した未乃梨は、脱衣所件洗面台にある鏡に映る自分の姿を、髪を乾かしながら何とはなしに見た。
鏡の中の、黒よりは色が少し明るめのセミロングの髪に、二の腕を膨らませて袖口が広がった、胸元のすぐ下をリボンで絞ったルームウェアを着けたその姿は、以前千鶴にスマホのメッセージで送った画像と全く同じだった。
ベッドに入る時の姿の画像を千鶴に送ったことに自室に入ってから気付いて、未乃梨は床にへたり込んだ。
(千鶴、私の寝間着姿なんか見て変に思ってないよね……? そもそも、千鶴に変に思われたら困るって……あっ)
そこまで思いを巡らせて、未乃梨は力なく立ち上がるとベッドに腰掛けた。
(私、千鶴のこと、そういう風に見ちゃってるんだ。中学の時から、部活とか体育の授業だといつもカッコ良くて、暗くなってから家に送ってくれるぐらい優しくて、私のフルートを聴いてくれて、お昼を一緒に食べたり、一緒に遊びに行ったりして、同じ紫ヶ丘高校に受かって、一緒の部活に入ってくれて……)
未乃梨は崩れるようにベッドに横たわった。頭の中では千鶴に伝えた言葉が、もう一度頭の中を一周した。
(千鶴なら、お父さんに怒られてもいい、か……。この気持ちはきっと、誰かに怒られたぐらいでなくなるわけ、ないよね)
ベッドに横になったまま、未乃梨は部屋の天井を見上げた。
(今まで見たみたいなカッコいい千鶴も、弦バスを弾いてる頼もしい千鶴も、可愛いスカートを穿いてる女の子らしい千鶴も、……私、好きでしょうがないんだもん)
その頃、千鶴は凛々子にスマホのメッセージをやり取りしていた。
――仙道先輩、帰りに全部話しました。いっぱい先輩に教わって、いっぱい上手くなって、来年は一緒にコンクールに出ようって、約束しました
――それじゃ、頑張らなきゃね。その子、何ていうお名前だっけ? あんまり心配させちゃ駄目よ
――小阪未乃梨です。こさかみのり。中学から吹部でフルート吹いてる子で、その頃からの付き合いです
――そうなのね。そういうお友達は大事になさい。では、また明日ね
ふうっ、と、千鶴は自室の椅子に座ったまま、スマホを見て溜息をついた。
凛々子に教わってコントラバスを教わっていることは、未乃梨に早く伝えるべきだった。それは、千鶴と凛々子がバッハを合わせているところに出くわした未乃梨の動揺を見れば明らかだった。
(私が隠れて別の女の子と会ってたようなもんだし、未乃梨に余計なことを勘繰らせちゃだめだよね)
千鶴はショートボブの髪を掻き上げた。指の間を通る髪が、少し長くなった気がする。未乃梨に相談して、ヘアアレンジでも教えてもらおうか――そんなことを考えながら、千鶴はスマホのメッセージを立ち上げて、少しの間固まった。
未乃梨からのメッセージで、未乃梨がルームウェアを着て自撮りした画像が添付されているものがあった。
ピンクベージュのルームウェアは、普段Tシャツやスウェットといった男の子のような寝間着の千鶴とは違って未乃梨らしく可愛らしいが、リボンを外して下ろしたセミロングの、黒よりはやや明るめの色の未乃梨の髪は、何故か千鶴に別の人物を思い起こさせた。それは、緩くウェーブの掛かった艷やかな長い黒髪の、千鶴が最近知り合ったヴァイオリンを弾く少女で、先ほどまで千鶴がメッセージのやり取りをしていた凛々子その人だった。
(どうして、仙道先輩のことなんか……?)
千鶴は椅子の背もたれに寄りかかりながら、未乃梨の自撮りにもう一度目を落とした。
やれやれ、と溜息をつくと、凛々子はスマホを置いて自室のベッドに腰掛けた。学校やレッスンの課題を片付けてユースオーケストラの連絡を済ませた頃に千鶴からのメッセージが届いたのだった。
ベッドに腰掛けたまま、凛々子は「うーん」と伸びをした。新調した紺色のパジャマの肌触りが心地良い。緩くウェーブの掛かった長い黒髪はもう左耳の下でまとめて、あとはもう明日に備えて眠るだけだった。
千鶴はベッドに入ると、スマホでカレンダーに入っている予定を見直した。ヴァイオリンのレッスンやオーケストラの練習を確かめつつ、凛々子にふと閃いたことがあった。
(今度の六月の演奏会、江崎さんと小阪さんの二人を招待してみようかしら)
千鶴の話によれば、あの未乃梨という少女は吹奏楽部でフルートを吹いているということだった。
(私が普段何をやっているか、知ってくれればあんなに動揺されることもないでしょうね。それにしても)
凛々子は小さな欠伸をひとつ漏らした。
(あの反応、江崎さんのことを相当気にしてるのね。確かに、一緒にいたくなる子ではあるけれど……もしかして、小阪さんって江崎さんと付き合ってるのかしら)
部屋の灯りを落とすと、凛々子はベッドの上掛けに包まって、目を閉じた。
(小阪さんも、江崎さんをしっかり捕まえてなきゃ、ね。あんな様子じゃ、私も江崎さんをどこかに誘っちゃうわよ)
(続く)
(千鶴なら、お父さんに怒られてもいい、だなんて……私、何言ってるの……!)
未乃梨がそれを思い出したのは、入浴を済ませて自室に引っ込んだあとのことだった。風呂上がりに一番気に入っているピンクベージュのルームウェアに袖を通した未乃梨は、脱衣所件洗面台にある鏡に映る自分の姿を、髪を乾かしながら何とはなしに見た。
鏡の中の、黒よりは色が少し明るめのセミロングの髪に、二の腕を膨らませて袖口が広がった、胸元のすぐ下をリボンで絞ったルームウェアを着けたその姿は、以前千鶴にスマホのメッセージで送った画像と全く同じだった。
ベッドに入る時の姿の画像を千鶴に送ったことに自室に入ってから気付いて、未乃梨は床にへたり込んだ。
(千鶴、私の寝間着姿なんか見て変に思ってないよね……? そもそも、千鶴に変に思われたら困るって……あっ)
そこまで思いを巡らせて、未乃梨は力なく立ち上がるとベッドに腰掛けた。
(私、千鶴のこと、そういう風に見ちゃってるんだ。中学の時から、部活とか体育の授業だといつもカッコ良くて、暗くなってから家に送ってくれるぐらい優しくて、私のフルートを聴いてくれて、お昼を一緒に食べたり、一緒に遊びに行ったりして、同じ紫ヶ丘高校に受かって、一緒の部活に入ってくれて……)
未乃梨は崩れるようにベッドに横たわった。頭の中では千鶴に伝えた言葉が、もう一度頭の中を一周した。
(千鶴なら、お父さんに怒られてもいい、か……。この気持ちはきっと、誰かに怒られたぐらいでなくなるわけ、ないよね)
ベッドに横になったまま、未乃梨は部屋の天井を見上げた。
(今まで見たみたいなカッコいい千鶴も、弦バスを弾いてる頼もしい千鶴も、可愛いスカートを穿いてる女の子らしい千鶴も、……私、好きでしょうがないんだもん)
その頃、千鶴は凛々子にスマホのメッセージをやり取りしていた。
――仙道先輩、帰りに全部話しました。いっぱい先輩に教わって、いっぱい上手くなって、来年は一緒にコンクールに出ようって、約束しました
――それじゃ、頑張らなきゃね。その子、何ていうお名前だっけ? あんまり心配させちゃ駄目よ
――小阪未乃梨です。こさかみのり。中学から吹部でフルート吹いてる子で、その頃からの付き合いです
――そうなのね。そういうお友達は大事になさい。では、また明日ね
ふうっ、と、千鶴は自室の椅子に座ったまま、スマホを見て溜息をついた。
凛々子に教わってコントラバスを教わっていることは、未乃梨に早く伝えるべきだった。それは、千鶴と凛々子がバッハを合わせているところに出くわした未乃梨の動揺を見れば明らかだった。
(私が隠れて別の女の子と会ってたようなもんだし、未乃梨に余計なことを勘繰らせちゃだめだよね)
千鶴はショートボブの髪を掻き上げた。指の間を通る髪が、少し長くなった気がする。未乃梨に相談して、ヘアアレンジでも教えてもらおうか――そんなことを考えながら、千鶴はスマホのメッセージを立ち上げて、少しの間固まった。
未乃梨からのメッセージで、未乃梨がルームウェアを着て自撮りした画像が添付されているものがあった。
ピンクベージュのルームウェアは、普段Tシャツやスウェットといった男の子のような寝間着の千鶴とは違って未乃梨らしく可愛らしいが、リボンを外して下ろしたセミロングの、黒よりはやや明るめの色の未乃梨の髪は、何故か千鶴に別の人物を思い起こさせた。それは、緩くウェーブの掛かった艷やかな長い黒髪の、千鶴が最近知り合ったヴァイオリンを弾く少女で、先ほどまで千鶴がメッセージのやり取りをしていた凛々子その人だった。
(どうして、仙道先輩のことなんか……?)
千鶴は椅子の背もたれに寄りかかりながら、未乃梨の自撮りにもう一度目を落とした。
やれやれ、と溜息をつくと、凛々子はスマホを置いて自室のベッドに腰掛けた。学校やレッスンの課題を片付けてユースオーケストラの連絡を済ませた頃に千鶴からのメッセージが届いたのだった。
ベッドに腰掛けたまま、凛々子は「うーん」と伸びをした。新調した紺色のパジャマの肌触りが心地良い。緩くウェーブの掛かった長い黒髪はもう左耳の下でまとめて、あとはもう明日に備えて眠るだけだった。
千鶴はベッドに入ると、スマホでカレンダーに入っている予定を見直した。ヴァイオリンのレッスンやオーケストラの練習を確かめつつ、凛々子にふと閃いたことがあった。
(今度の六月の演奏会、江崎さんと小阪さんの二人を招待してみようかしら)
千鶴の話によれば、あの未乃梨という少女は吹奏楽部でフルートを吹いているということだった。
(私が普段何をやっているか、知ってくれればあんなに動揺されることもないでしょうね。それにしても)
凛々子は小さな欠伸をひとつ漏らした。
(あの反応、江崎さんのことを相当気にしてるのね。確かに、一緒にいたくなる子ではあるけれど……もしかして、小阪さんって江崎さんと付き合ってるのかしら)
部屋の灯りを落とすと、凛々子はベッドの上掛けに包まって、目を閉じた。
(小阪さんも、江崎さんをしっかり捕まえてなきゃ、ね。あんな様子じゃ、私も江崎さんをどこかに誘っちゃうわよ)
(続く)
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