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千鶴と遊びに出かけた日の夜、未乃梨は帰宅してからベッドに寝転んで、スマホで昼間に撮った画像を見返していた。
待ち合わせた時のデニムのショートパンツ姿の千鶴に、買ったばかりのレイヤードスカートを穿いて街を歩く千鶴やカフェで一緒にいる時の千鶴の画像などが二十枚ほどある。
スカートを穿いた千鶴が、制服やボーイッシュな私服を着ている時よりやや表情が柔らかくなっているように思えて、それが未乃梨には愛おしい。私服でスカートを未乃梨が穿いているところは中学時代の同級生すら見たことがないと思うと、千鶴を独り占めできたような甘い満足感が未乃梨の胸を満たしていく。
(そういえば、プリを撮りにゲームセンターに行った時、千鶴ってすっごく注目浴びてたっけ)
未乃梨は撮ったプリントシールを見返した。並の男子より背の高い千鶴はプリントシールの順番待ちをしている女の子たちの目を引いていた。周囲から「……あの子、身長あってカッコいいのにスカートも似合うなんてズルい」などとひそひそ話が聞こえた時は、少し誇らしくさえあった。
そのプリントシールは、二人で寄り気味に並んで撮ったものの他に、未乃梨が千鶴の左腕を自分の肩に回させて、当の未乃梨は抱きつくように千鶴の腰に両腕を回しているものがあった。後者は少し照れたような千鶴の表情が可愛らしくすらある。未乃梨は、その自分が千鶴の腰に両手を回している方を楽譜の入ったファイルの表紙裏に貼った。その時、未乃梨のスマホがメッセージの着信を告げた。
メッセージは千鶴からだった。
――今日は楽しかったね。ところで、月曜日の朝って早めに来れそう? 大丈夫なら、今度やる曲を未乃梨と合わせてみたいんだけど
――スカートはいてる千鶴、可愛かったよ! 月曜なら大丈夫。いつもより三本前の電車でどう?
――ありがと。あのスカート、母さんにも可愛いって言われちゃった。
それじゃまた、月曜日に
未乃梨は、いつもなら迎えるのが億劫な月曜日の朝が、早くも待ち遠しいものに変わっていた。
月曜日の朝、千鶴と未乃梨は学校の音楽室に入るとさっそくそれぞれの楽器を準備した。音楽室には他の部員はおらず、未乃梨は思わず「貸し切りみたいね」と漏らした。
「学校で未乃梨と二人っきりって、高校じゃ初めてだね」
「……中学でもなかったよ? ……もう」
ぎこちなく答えると、未乃梨はフルートを組み立てながら、コントラバスをケースから出して弓を張ったり調弦をしたりする千鶴を見た。
千鶴が楽譜を入れているクリアファイルには、土曜日に一緒に撮ったプリントシールが貼られていた。
「千鶴、それ、貼ってるんだ? 私もだよ」
「未乃梨、そっち貼ったんだ……ちょっと、恥ずかしいかな」
千鶴のクリアファイルに貼られているのは、二人で寄り気味に並んで撮った方だった。未乃梨のファイルには、未乃梨が千鶴の腰に両手を抱き付くように回して撮った方が貼られていて、それを見て千鶴は頬を染めた。
チューニングメーターを見ながら調弦を合わせる千鶴の姿は、初めて音楽室に連れてきた日より明らかに様になっていた。エンドピンを伸ばして背丈の高くなった楽器を、リラックスしてやや斜めに身体に立て掛けて楽器を構える千鶴が弾くコントラバスの音出しは、未乃梨の知るどんな低音楽器よりも穏やかで力強い。
チューニングを終えると、二人は「スプリング・グリーン・マーチ」を合わせた。
前奏にある二小節の伸ばしの音の時点で、千鶴の音はしっかり整っていた。その上に乗る未乃梨のフルートの波打つようなトリルが軽やかに乗って、マーチが始まった。
千鶴のコントラバスは、危なげないどころか心地良くマーチのテンポを刻んだ。千鶴が弓で弾くコントラバスの音は、トロンボーンやテューバのような音の大きさもバリトンサックスのような華やかさもない代わりに、未乃梨が知らなかった穏やかさと力強さを宿していた。
未乃梨は千鶴のコントラバスに乗って、ひたすらに心地良くマーチを進んだ。弓が動くたびに生まれる響きは、まるでたくさんの音が整った音程で重なっているような、心地良い豊かさを孕んでいた。
「Trio」と書かれた調号が変わる箇所で、未乃梨がソロを任された場所でそれは更に明らかになった。
伸びやかに歌う未乃梨のフルートの旋律が、千鶴がコントラバスの弦を直接指ではじくピッツィカート奏法でふわりと優しく受け止めた。打楽器のような固いリズム打ちの音を想像していた未乃梨を、余韻を含んだ柔らかなピッツィカートの低音が導いて、まるで恭しくエスコートするように音楽の流れを作っていく。
フルートを吹きながら、未乃梨はいつも引いている千鶴の温かい手や、自分といつも組んでくれる長い腕や、土曜日に一緒にプリントシールを撮った時に両手を回した、頼もしくて意外に細い腰を思い出していた。どんな時も千鶴は未乃梨に優しい。それは、未乃梨が勧めて始めた千鶴のコントラバスの演奏も、今日初めて一緒に合わせたこのマーチでの千鶴の振る舞いでも変わらない。
未乃梨の中で、今まで千鶴に向かっていた甘くてどこか心を湧き立たせる気持ちに改めて名前が付いた気がした。
結局、朝の音楽室には誰も来ないまま、千鶴と未乃梨のマーチの合わせは終わった。緩めた弓を振って弓の毛に付いた松脂を払ったり、弦をクロスで拭いたりしている千鶴は、もはや未乃梨にとって頼もしいコントラバス奏者で、ずっと一緒にいたいと強く思う相手だった。
「千鶴、凄い! 弦バス、もうこんなに弾けるんだ!?」
「ありがと。……結構、上手く行くもんなんだね」
どこか照れくさそうな千鶴の顔を、未乃梨は目を輝かせて見上げた。
「また、明日の朝、合わせない?」
「……うん」
千鶴は少し恥ずかしそうに言い淀んだ。予鈴が鳴って、一限目の授業の開始が近いことを告げた。
「千鶴、行こ!」
未乃梨は、今までで一番晴れやかな気持ちで千鶴の手を引いて、教室へと急いだ。
(続く)
待ち合わせた時のデニムのショートパンツ姿の千鶴に、買ったばかりのレイヤードスカートを穿いて街を歩く千鶴やカフェで一緒にいる時の千鶴の画像などが二十枚ほどある。
スカートを穿いた千鶴が、制服やボーイッシュな私服を着ている時よりやや表情が柔らかくなっているように思えて、それが未乃梨には愛おしい。私服でスカートを未乃梨が穿いているところは中学時代の同級生すら見たことがないと思うと、千鶴を独り占めできたような甘い満足感が未乃梨の胸を満たしていく。
(そういえば、プリを撮りにゲームセンターに行った時、千鶴ってすっごく注目浴びてたっけ)
未乃梨は撮ったプリントシールを見返した。並の男子より背の高い千鶴はプリントシールの順番待ちをしている女の子たちの目を引いていた。周囲から「……あの子、身長あってカッコいいのにスカートも似合うなんてズルい」などとひそひそ話が聞こえた時は、少し誇らしくさえあった。
そのプリントシールは、二人で寄り気味に並んで撮ったものの他に、未乃梨が千鶴の左腕を自分の肩に回させて、当の未乃梨は抱きつくように千鶴の腰に両腕を回しているものがあった。後者は少し照れたような千鶴の表情が可愛らしくすらある。未乃梨は、その自分が千鶴の腰に両手を回している方を楽譜の入ったファイルの表紙裏に貼った。その時、未乃梨のスマホがメッセージの着信を告げた。
メッセージは千鶴からだった。
――今日は楽しかったね。ところで、月曜日の朝って早めに来れそう? 大丈夫なら、今度やる曲を未乃梨と合わせてみたいんだけど
――スカートはいてる千鶴、可愛かったよ! 月曜なら大丈夫。いつもより三本前の電車でどう?
――ありがと。あのスカート、母さんにも可愛いって言われちゃった。
それじゃまた、月曜日に
未乃梨は、いつもなら迎えるのが億劫な月曜日の朝が、早くも待ち遠しいものに変わっていた。
月曜日の朝、千鶴と未乃梨は学校の音楽室に入るとさっそくそれぞれの楽器を準備した。音楽室には他の部員はおらず、未乃梨は思わず「貸し切りみたいね」と漏らした。
「学校で未乃梨と二人っきりって、高校じゃ初めてだね」
「……中学でもなかったよ? ……もう」
ぎこちなく答えると、未乃梨はフルートを組み立てながら、コントラバスをケースから出して弓を張ったり調弦をしたりする千鶴を見た。
千鶴が楽譜を入れているクリアファイルには、土曜日に一緒に撮ったプリントシールが貼られていた。
「千鶴、それ、貼ってるんだ? 私もだよ」
「未乃梨、そっち貼ったんだ……ちょっと、恥ずかしいかな」
千鶴のクリアファイルに貼られているのは、二人で寄り気味に並んで撮った方だった。未乃梨のファイルには、未乃梨が千鶴の腰に両手を抱き付くように回して撮った方が貼られていて、それを見て千鶴は頬を染めた。
チューニングメーターを見ながら調弦を合わせる千鶴の姿は、初めて音楽室に連れてきた日より明らかに様になっていた。エンドピンを伸ばして背丈の高くなった楽器を、リラックスしてやや斜めに身体に立て掛けて楽器を構える千鶴が弾くコントラバスの音出しは、未乃梨の知るどんな低音楽器よりも穏やかで力強い。
チューニングを終えると、二人は「スプリング・グリーン・マーチ」を合わせた。
前奏にある二小節の伸ばしの音の時点で、千鶴の音はしっかり整っていた。その上に乗る未乃梨のフルートの波打つようなトリルが軽やかに乗って、マーチが始まった。
千鶴のコントラバスは、危なげないどころか心地良くマーチのテンポを刻んだ。千鶴が弓で弾くコントラバスの音は、トロンボーンやテューバのような音の大きさもバリトンサックスのような華やかさもない代わりに、未乃梨が知らなかった穏やかさと力強さを宿していた。
未乃梨は千鶴のコントラバスに乗って、ひたすらに心地良くマーチを進んだ。弓が動くたびに生まれる響きは、まるでたくさんの音が整った音程で重なっているような、心地良い豊かさを孕んでいた。
「Trio」と書かれた調号が変わる箇所で、未乃梨がソロを任された場所でそれは更に明らかになった。
伸びやかに歌う未乃梨のフルートの旋律が、千鶴がコントラバスの弦を直接指ではじくピッツィカート奏法でふわりと優しく受け止めた。打楽器のような固いリズム打ちの音を想像していた未乃梨を、余韻を含んだ柔らかなピッツィカートの低音が導いて、まるで恭しくエスコートするように音楽の流れを作っていく。
フルートを吹きながら、未乃梨はいつも引いている千鶴の温かい手や、自分といつも組んでくれる長い腕や、土曜日に一緒にプリントシールを撮った時に両手を回した、頼もしくて意外に細い腰を思い出していた。どんな時も千鶴は未乃梨に優しい。それは、未乃梨が勧めて始めた千鶴のコントラバスの演奏も、今日初めて一緒に合わせたこのマーチでの千鶴の振る舞いでも変わらない。
未乃梨の中で、今まで千鶴に向かっていた甘くてどこか心を湧き立たせる気持ちに改めて名前が付いた気がした。
結局、朝の音楽室には誰も来ないまま、千鶴と未乃梨のマーチの合わせは終わった。緩めた弓を振って弓の毛に付いた松脂を払ったり、弦をクロスで拭いたりしている千鶴は、もはや未乃梨にとって頼もしいコントラバス奏者で、ずっと一緒にいたいと強く思う相手だった。
「千鶴、凄い! 弦バス、もうこんなに弾けるんだ!?」
「ありがと。……結構、上手く行くもんなんだね」
どこか照れくさそうな千鶴の顔を、未乃梨は目を輝かせて見上げた。
「また、明日の朝、合わせない?」
「……うん」
千鶴は少し恥ずかしそうに言い淀んだ。予鈴が鳴って、一限目の授業の開始が近いことを告げた。
「千鶴、行こ!」
未乃梨は、今までで一番晴れやかな気持ちで千鶴の手を引いて、教室へと急いだ。
(続く)
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