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カフェのテーブルで、未乃梨は千鶴に「これ、いい感じじゃない?」とスマホの画面を見せた。
先ほどのショップで買ったトップスやレイヤードスカートを着た千鶴が、未乃梨や店員のアドバイスで取ったポーズでの画像が四枚ほどサムネイルで上がっていて、そのうち千鶴見返りでこちらを向いているものと千鶴が左手を腰に当てているポーズを取っているものの二枚が、未乃梨は特に気に入っているようだった。
「今日のふわっとしたスカートも可愛いけど、千鶴ってストンとしたタイトなスカートも似合いそうだよね」
「そ、そうかな?」
「自信持っていいんじゃない? さっきの服屋さんからここのカフェにくるまで、千鶴って結構すれ違った人に見られてるし、ほら」
未乃梨はカフェの窓の外に目をやった。
窓の外から見えるテーブル席に座る、未乃梨と千鶴は少なからず通行人の視線を集めていた。時折足を止めて二人に目を引かれているのは明らかに女性の方が多い。
「私ばっかりじゃないでしょ。未乃梨だって今日のワンピ、可愛いじゃない」
「このピンクのやつ、春に着るって決めてたもんね。千鶴こそ、実はそのスカート気に入ってるでしょ?」
「割と、そうかも。何ていうか、着心地が良いっていうか」
制服より丈の長い、シルエットがやや膨らみ気味のレイヤードスカートは、千鶴にとっては確かに体験したことのない心地良さがあった。長さのおかげで少々の風では翻ることもなく、チュール生地が重なっているせいか冷えることもない。何より、歩いている時に重なったスカートの生地が揺れる感触が千鶴には新鮮で、楽しくすらあった。
アイスのカフェモカをストローで吸っていた未乃梨が、「あ、そうだ」と何かを思い付いた顔をした。
「せっかくだし、この後プリ撮りに行かない?」
「え、いいけど?」
アイスのミルクティーのグラスを口に運ぼうとしていた千鶴が、不意を突かれたように止まったのを、未乃梨は嬉しそうに見た。
凛々子がディアナホールの練習室を出る頃には、外の街の風景はそろそろ立ち並ぶビルの照明や飲食店の看板のLEDが灯り始めていた。流石にまだ暗くなるにはまだ早いが、街の空気は宵の雰囲気へと少しずつ変わり始めている。
駅へ続く通りを凛々子や智花と一緒に駅に向かって歩きながら、瑞香は茶色いヴィオラケースを担いだまま「やれやれ」と肩をすくめた。
「あーあ、コンバスがあと一人でも多けりゃねえ」
「それ以外は上出来でしょ? 長丁場の合奏にしてはダレなかったし」
そう言う凛々子も、「それ以外は」と言いたくなる合奏の出来ではあった。第一ヴァイオリンが十三人に瑞香のいるヴィオラが八人、智花のいるチェロが七人に対してコントラバスの人数が三人というのはやはり少ない。
「ま、本番はエキストラでコンバス来るし、今回はしょうがないでしょ。ところでさ」
白いチェロケースを担いでいる智花が、通りを挟んだ向こう側を歩く、男女のカップルのような身長差の二人組の少女を二人に親指で指し示した。
「凛々子が言ってた背の高い女の子って、あれぐらい?」
二人組のうち、ボブカットでフーディを羽織って青いレイヤードスカートを穿いた方はすれ違う男性より背が高い。その少女が腕を組んで歩いている、頭ひとつは背が低い春物のワンピースを着たもう一人の少女とは随分と仲睦まじいらしく、腕を組んだまま楽しげに何かを話し込んでいる。
凛々子は、その通りの向こうの少女に目をやった。リボン結びのベルトが着いたレイヤードスカートは体型に合っているらしく、全体のシルエットもまとまっていたが、人混みに紛れて腕を組んでいる相手の少女ともども姿が見えなくなってしまった。
その背の高い少女に見覚えがある気がして、凛々子は口を開いた。微かに、凛々子の胸の奥がざわついたように思えた。
「そうね。あれぐらい、かしら」
「可愛い女の子を連れてたねえ。私と瑞香みたいな感じかなあ」
「……まあ、高校生にもなれば、そういう相手がいたっておかしくないでしょうね」
凛々子は、その人混みで見えなくなったレイヤードスカートの少女が、最近コントラバスの練習に付き合っている千鶴に似ているような気がして、智花と瑞香に聞こえないように小さく溜息をついた。
帰宅してから、千鶴は父と母に随分と驚かれた。父には「お前さんもそういうのが似合う年頃になったんだなあ」と感心され、母は「良いじゃない! 男の子みたいな服ばっかりじゃなくて、そういうのも増やさなくちゃね」と上機嫌だった。
風呂から上がって自室に引っ込むと、千鶴は未乃梨と撮ったプリントシールの写真を見直した。二人で寄り気味に並んでいるポーズの他に、未乃梨が千鶴の左腕を自分の肩に回させて、当の未乃梨は抱きつくように千鶴の腰に両腕を回しているものがあった。写っているのは上半身だが、その日に買ったブルーのレイヤードの腰回りと、そのリボン型に結んだベルトもしっかり写っている。未乃梨は全身を撮れないことを残念がっていた。
(未乃梨、こんなにくっつかなくても……ま、いいけど)
千鶴はプリントシールを何処かに貼ろうかと少しだけ思案して、机の上に出ている楽譜が二枚入ったクリアファイルに目を落とした。
「部活に持ってくやつだし、これがいいかな」
その、「スプリング・グリーン・マーチ」と、「主よ、人の望みの喜びよ」の二枚の楽譜が収まったクリアファイルの内側に、千鶴は二人で寄り気味に並んでいる方のプリントシールを貼ると、それをスクールバッグの中に仕舞った。
(あ、そうだ)
千鶴は「スプリング・グリーン・マーチ」の楽譜を見て、ふと思い出したことがあった。さっそく、スマホでメッセージを未乃梨に送る。
――今日は楽しかったね。ところで、月曜日の朝って早めに来れそう? 大丈夫なら、今度やる曲を未乃梨と合わせてみたいんだけど
(続く)
先ほどのショップで買ったトップスやレイヤードスカートを着た千鶴が、未乃梨や店員のアドバイスで取ったポーズでの画像が四枚ほどサムネイルで上がっていて、そのうち千鶴見返りでこちらを向いているものと千鶴が左手を腰に当てているポーズを取っているものの二枚が、未乃梨は特に気に入っているようだった。
「今日のふわっとしたスカートも可愛いけど、千鶴ってストンとしたタイトなスカートも似合いそうだよね」
「そ、そうかな?」
「自信持っていいんじゃない? さっきの服屋さんからここのカフェにくるまで、千鶴って結構すれ違った人に見られてるし、ほら」
未乃梨はカフェの窓の外に目をやった。
窓の外から見えるテーブル席に座る、未乃梨と千鶴は少なからず通行人の視線を集めていた。時折足を止めて二人に目を引かれているのは明らかに女性の方が多い。
「私ばっかりじゃないでしょ。未乃梨だって今日のワンピ、可愛いじゃない」
「このピンクのやつ、春に着るって決めてたもんね。千鶴こそ、実はそのスカート気に入ってるでしょ?」
「割と、そうかも。何ていうか、着心地が良いっていうか」
制服より丈の長い、シルエットがやや膨らみ気味のレイヤードスカートは、千鶴にとっては確かに体験したことのない心地良さがあった。長さのおかげで少々の風では翻ることもなく、チュール生地が重なっているせいか冷えることもない。何より、歩いている時に重なったスカートの生地が揺れる感触が千鶴には新鮮で、楽しくすらあった。
アイスのカフェモカをストローで吸っていた未乃梨が、「あ、そうだ」と何かを思い付いた顔をした。
「せっかくだし、この後プリ撮りに行かない?」
「え、いいけど?」
アイスのミルクティーのグラスを口に運ぼうとしていた千鶴が、不意を突かれたように止まったのを、未乃梨は嬉しそうに見た。
凛々子がディアナホールの練習室を出る頃には、外の街の風景はそろそろ立ち並ぶビルの照明や飲食店の看板のLEDが灯り始めていた。流石にまだ暗くなるにはまだ早いが、街の空気は宵の雰囲気へと少しずつ変わり始めている。
駅へ続く通りを凛々子や智花と一緒に駅に向かって歩きながら、瑞香は茶色いヴィオラケースを担いだまま「やれやれ」と肩をすくめた。
「あーあ、コンバスがあと一人でも多けりゃねえ」
「それ以外は上出来でしょ? 長丁場の合奏にしてはダレなかったし」
そう言う凛々子も、「それ以外は」と言いたくなる合奏の出来ではあった。第一ヴァイオリンが十三人に瑞香のいるヴィオラが八人、智花のいるチェロが七人に対してコントラバスの人数が三人というのはやはり少ない。
「ま、本番はエキストラでコンバス来るし、今回はしょうがないでしょ。ところでさ」
白いチェロケースを担いでいる智花が、通りを挟んだ向こう側を歩く、男女のカップルのような身長差の二人組の少女を二人に親指で指し示した。
「凛々子が言ってた背の高い女の子って、あれぐらい?」
二人組のうち、ボブカットでフーディを羽織って青いレイヤードスカートを穿いた方はすれ違う男性より背が高い。その少女が腕を組んで歩いている、頭ひとつは背が低い春物のワンピースを着たもう一人の少女とは随分と仲睦まじいらしく、腕を組んだまま楽しげに何かを話し込んでいる。
凛々子は、その通りの向こうの少女に目をやった。リボン結びのベルトが着いたレイヤードスカートは体型に合っているらしく、全体のシルエットもまとまっていたが、人混みに紛れて腕を組んでいる相手の少女ともども姿が見えなくなってしまった。
その背の高い少女に見覚えがある気がして、凛々子は口を開いた。微かに、凛々子の胸の奥がざわついたように思えた。
「そうね。あれぐらい、かしら」
「可愛い女の子を連れてたねえ。私と瑞香みたいな感じかなあ」
「……まあ、高校生にもなれば、そういう相手がいたっておかしくないでしょうね」
凛々子は、その人混みで見えなくなったレイヤードスカートの少女が、最近コントラバスの練習に付き合っている千鶴に似ているような気がして、智花と瑞香に聞こえないように小さく溜息をついた。
帰宅してから、千鶴は父と母に随分と驚かれた。父には「お前さんもそういうのが似合う年頃になったんだなあ」と感心され、母は「良いじゃない! 男の子みたいな服ばっかりじゃなくて、そういうのも増やさなくちゃね」と上機嫌だった。
風呂から上がって自室に引っ込むと、千鶴は未乃梨と撮ったプリントシールの写真を見直した。二人で寄り気味に並んでいるポーズの他に、未乃梨が千鶴の左腕を自分の肩に回させて、当の未乃梨は抱きつくように千鶴の腰に両腕を回しているものがあった。写っているのは上半身だが、その日に買ったブルーのレイヤードの腰回りと、そのリボン型に結んだベルトもしっかり写っている。未乃梨は全身を撮れないことを残念がっていた。
(未乃梨、こんなにくっつかなくても……ま、いいけど)
千鶴はプリントシールを何処かに貼ろうかと少しだけ思案して、机の上に出ている楽譜が二枚入ったクリアファイルに目を落とした。
「部活に持ってくやつだし、これがいいかな」
その、「スプリング・グリーン・マーチ」と、「主よ、人の望みの喜びよ」の二枚の楽譜が収まったクリアファイルの内側に、千鶴は二人で寄り気味に並んでいる方のプリントシールを貼ると、それをスクールバッグの中に仕舞った。
(あ、そうだ)
千鶴は「スプリング・グリーン・マーチ」の楽譜を見て、ふと思い出したことがあった。さっそく、スマホでメッセージを未乃梨に送る。
――今日は楽しかったね。ところで、月曜日の朝って早めに来れそう? 大丈夫なら、今度やる曲を未乃梨と合わせてみたいんだけど
(続く)
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