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しおりを挟む春休みが明けた。
美玲の所へ喬一は何かと理由をつけて行かなかった。きっと別れ話をされるだろうと予想していたのに、美玲は決して切り出してこない。
「大丈夫だよ、喬一。何も変わらない。 私は喬一の側に居る、私は…喬の味方だから」
きっと何かを察している。
だが美玲は、その何かを追求しない。
外堀は既に固まっている。親達はなぜ美玲の所へ行かないんだ、会わないんだと喬一をせっついた。
喬一にも、なぜだか分からない。
ただ体は重く、全てが鬱陶しくて、1人で居たかった。
「あれ、…あんな子居たっけ?」
「いやほら、あれじゃん噂の…」
「噂?」
「…Ωってやつ」
「え!?まじ?すげー」
大学の玄関前にたむろった男女のグループが、門の方を指差す。
喬一は、本来なら耳に入ることも無い話題にビクッと体を反応させ、足が止まる。
ダメだ、そっちに視線を向けるな…
そう脳内で警告してるのに、どうしても喬一はそちらを向いてしまう。
連中が見るその先…
栗色の柔らかそうな髪が…いや、実際柔らかい。
まだ喬一の手にその感触が残ってる…
その髪は風に揺れて、華奢だがすらっとした後ろ姿は、改めて見ても綺麗だと思った。
あれが誰か分かる…
白い長袖のTシャツにジーパン、たったそれだけの格好なのに、目を惹いて仕方ない。
振り向け…
喬一がそう思っても、その人は風に髪を揺らして、ただ歩みを進める。
行く場所はもう決まっている。
ただ、そこだけ、一点に向かっている。
「えー狙っちゃおっかなー」
男が下品な笑い方をして、周りの反応を見る。
「無駄無駄。Ωがあれだけ堂々としてんだぞ。東條教授と一緒だよ。ほら…」
隣に居たもう1人の男が顎でそちらを指す。
風に吹かれ、髪の毛が大きく揺らめいた。
露わになる首元。
その項には、くっきりと真新しい歯形の跡が付いている。
「えー凄い、番ってやつでしょ?素敵ー」
一緒に居る女達が色めいて騒ぎ始めた。
「いやずーっとお互いに縛られるんだよ?俺なら勘弁。いくら体が良くても、今からなんて考えらんねー」
男の1人がそう言うと、女達からは怒気の含んだ非難が男に向かって飛んで行く。
番…
自分なら、出来ただろうか…
理屈も言い訳も投げ出して、ただ1人のために全て賭けられただろうか…
喬一にまだ答えは出せていない。
ただ、胸の痛みだけは…確かに存在する。
あのαの男には、答えが出せた。誰よりも速く、最短距離で。
喬一が門の方へ目を移すと、そこにはスポーツタイプの自転車を停めて、誰かを待つ大柄で精悍な顔立ちの男が居た。
喬一の喉は焼けるように痛み始め、胸が痛みも増してくる。
不意に顔を上げたそのαの男は、自分に向かっている女に満面の笑みを浮かべて軽く手を振る…そして、強い視線を自分に向けている人物に目線を移した。
途端にその顔は警戒するような表情に変わる。
伊瀬の表情に気付いた瑞稀が、その視線の先を気にして振り返った。
瑞稀が振り返っても、見ているのは玄関前のグループだけだ。
「…どうかした?」
瑞稀が伊瀬に尋ねる。
「いや…あのグループ、ジロジロ見てくるから。何見てんのって」
伊瀬は顎でそのグループを指す。
「あんまり良い気しないでしょ?彼女ジロジロ見られんのは、誰だって」
そう言って、伊瀬は瑞稀の手を握り、自分の方へ引き寄せる。
瑞稀はたちまち顔を赤くし始めた。
「…」
彼女、の言葉に瑞稀は未だにこそばゆくなってしまう。
「また赤くなってる…」
ふふっと笑みを漏らし、伊瀬が瑞稀の頬へ指を滑らす。
「彼女じゃないか、卒業したら…言い方変わるもんな」
伊瀬が揶揄う様に、瑞稀の顔を覗き込んだ。
「ははっ、須藤、真っ赤だよ」
伊瀬は笑い声を上げて、両手で瑞稀の顔を挟んだ。
瑞稀は不満そうに伊瀬を睨みつけるが、伊瀬の笑みを見ていると瑞稀も同じ良いに笑みを浮かべてしまう。
「行こ」
伊瀬が手を差し出した。
瑞稀も迷わずその手を取る。
指をしっかり絡ませて、2人は歩み始めた。
ただ前を見て、時折お互い見つめ合いながら、迷わず一歩一歩を踏み出していく。
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