そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

文字の大きさ
上 下
30 / 31

30

しおりを挟む
 
 
 
 
 
 春休みが明けた。
 
 美玲の所へ喬一は何かと理由をつけて行かなかった。きっと別れ話をされるだろうと予想していたのに、美玲は決して切り出してこない。
 
「大丈夫だよ、喬一。何も変わらない。 私は喬一の側に居る、私は…喬の味方だから」
 きっと何かを察している。
 だが美玲は、その何かを追求しない。
 
 外堀は既に固まっている。親達はなぜ美玲の所へ行かないんだ、会わないんだと喬一をせっついた。
 
 
 喬一にも、なぜだか分からない。
 ただ体は重く、全てが鬱陶しくて、1人で居たかった。
 
 
 
 
 
「あれ、…あんな子居たっけ?」
 
「いやほら、あれじゃん噂の…」
 
「噂?」
 
「…Ωってやつ」

「え!?まじ?すげー」
 
 
 大学の玄関前にたむろった男女のグループが、門の方を指差す。
 
 喬一は、本来なら耳に入ることも無い話題にビクッと体を反応させ、足が止まる。
 
 
 
 ダメだ、そっちに視線を向けるな…
 
 そう脳内で警告してるのに、どうしても喬一はそちらを向いてしまう。
 連中が見るその先…
 
 栗色の柔らかそうな髪が…いや、実際柔らかい。
 まだ喬一の手にその感触が残ってる…


 その髪は風に揺れて、華奢だがすらっとした後ろ姿は、改めて見ても綺麗だと思った。
 
 
 あれが誰か分かる…
 白い長袖のTシャツにジーパン、たったそれだけの格好なのに、目を惹いて仕方ない。
 
 振り向け…
 
 喬一がそう思っても、その人は風に髪を揺らして、ただ歩みを進める。
 行く場所はもう決まっている。
 ただ、そこだけ、一点に向かっている。
 
 
「えー狙っちゃおっかなー」
 男が下品な笑い方をして、周りの反応を見る。
 
「無駄無駄。Ωがあれだけ堂々としてんだぞ。東條教授と一緒だよ。ほら…」
 隣に居たもう1人の男が顎でそちらを指す。
 
 
 
 風に吹かれ、髪の毛が大きく揺らめいた。
 
 露わになる首元。
 
 その項には、くっきりと真新しい歯形の跡が付いている。
 
「えー凄い、番ってやつでしょ?素敵ー」
 一緒に居る女達が色めいて騒ぎ始めた。

「いやずーっとお互いに縛られるんだよ?俺なら勘弁。いくら体が良くても、今からなんて考えらんねー」
 男の1人がそう言うと、女達からは怒気の含んだ非難が男に向かって飛んで行く。
 
 
 
 番…
 自分なら、出来ただろうか…
 理屈も言い訳も投げ出して、ただ1人のために全て賭けられただろうか…
 
 喬一にまだ答えは出せていない。
 ただ、胸の痛みだけは…確かに存在する。

 あのαの男には、答えが出せた。誰よりも速く、最短距離で。



 喬一が門の方へ目を移すと、そこにはスポーツタイプの自転車を停めて、誰かを待つ大柄で精悍な顔立ちの男が居た。
 
 喬一の喉は焼けるように痛み始め、胸が痛みも増してくる。
 
 
 
 不意に顔を上げたそのαの男は、自分に向かっている女に満面の笑みを浮かべて軽く手を振る…そして、強い視線を自分に向けている人物に目線を移した。
 
 途端にその顔は警戒するような表情に変わる。
 
 
 
 
 伊瀬の表情に気付いた瑞稀が、その視線の先を気にして振り返った。
 
 瑞稀が振り返っても、見ているのは玄関前のグループだけだ。
 
 
「…どうかした?」
 瑞稀が伊瀬に尋ねる。
 
 
「いや…あのグループ、ジロジロ見てくるから。何見てんのって」
 伊瀬は顎でそのグループを指す。
 
「あんまり良い気しないでしょ?彼女ジロジロ見られんのは、誰だって」
 そう言って、伊瀬は瑞稀の手を握り、自分の方へ引き寄せる。
 
 瑞稀はたちまち顔を赤くし始めた。
 
「…」
 彼女、の言葉に瑞稀は未だにこそばゆくなってしまう。
 
「また赤くなってる…」
 ふふっと笑みを漏らし、伊瀬が瑞稀の頬へ指を滑らす。
 
「彼女じゃないか、卒業したら…言い方変わるもんな」
 伊瀬が揶揄う様に、瑞稀の顔を覗き込んだ。
 

「ははっ、須藤、真っ赤だよ」
 伊瀬は笑い声を上げて、両手で瑞稀の顔を挟んだ。
 
 瑞稀は不満そうに伊瀬を睨みつけるが、伊瀬の笑みを見ていると瑞稀も同じ良いに笑みを浮かべてしまう。
 
「行こ」
 伊瀬が手を差し出した。
 
 瑞稀も迷わずその手を取る。
 指をしっかり絡ませて、2人は歩み始めた。
 
 
 ただ前を見て、時折お互い見つめ合いながら、迷わず一歩一歩を踏み出していく。
 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

番は無理です!

豆丸
恋愛
ある日、黒竜に番認定されました(涙)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

可愛い可愛いつがいから、「『練習』の相手になって」と言われてキスをされた。「本番」はだれとするつもりなんだ?

やなぎ怜
恋愛
獣の時代から続く旧家・狼の家系に生まれたウォルターが、つがいのマリーを劣悪な環境から救い出して一年。婚約者という立場ながら、無垢で幼いマリーを微笑ましく見守るウォルターは、あるとき彼女から「『練習』の相手になって」と乞われる。了承した先に待っていたのは、マリーからのいとけないキスで……。「――それで、『本番』は一体だれとするつもりなんだ?」 ※獣/人要素はないです。虐げられ要素はフレーバーていど。ざまぁというか悪いやつが成敗される展開が地の文だけであります。 ※他投稿サイトにも掲載。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...