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そのΩ、売りました。オークションで。
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掲載日:2024年06月29日 21時00分
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「…あのさぁ何をさっきからずーっとスマホ見てるの?いい加減イラつくんだけど。後で返せない訳?それ?」
 栞菜は苛立ちながら、目の前でスマホを弄る神妙な顔の薫を睨みつける。
 
「薫が呼び付けたんでしょ、私を。新しい彼女の方が大事ならそっちの用事を優先してよ、時間の無駄なんだけど」
 
「いや、ごめんごめん。時差があるから、美玲が返せる時に返信した方が良いかと思って」
 薫は慌てた様子で栞菜に謝るが、スマホは手放さない。
 
 
 
「…美玲?喬一の?留学中の財閥のお嬢さんと何をそんなに一生懸命やり取りすんのよ」
 栞菜は呆れて、もう冷め始めた飲み物に手を伸ばす。もう夕飯時だ。飲み物より食べ物が欲しい。薫に断りも無く、栞菜は店のスタッフにメニューを頼む。
 
 
「いや…喬一と最近連絡が取りづらいから何かあったのかって」
 
「なんでそれをあんたがそんな馬鹿丁寧に聞いてやってんの。喬一に聞けば良いじゃない。両家公認のカップルなんでしょ?婚約するとかなんとかってこの間聞いたばっかりなんだけど」
 
 空腹の栞菜が攻撃的なのは薫もよく分かっていたが、美玲の連絡を無下にも出来ない薫は曖昧な返事を栞菜に返した。
 
 
 
「だって心配だからまた日本一回帰るとか言うからさ。こないだ一時帰国したばっかりなのに」
 
「そんなの美玲さんとやらの勝手でしょ。放っておきなさいよ。…それよりあんたのとこの病院でやってる抑制剤の新薬の治験どうなのか、さっさと教えなさいよ」
 
 栞菜がテーブルの下で薫の足を蹴る。
 
 早く栞菜に食べ物を…と薫は救いを求める様にスタッフを見た。
 
 
「…でも確かに喬一最近変なんだよ。なんかぼーっとしてて」
 
「珍しく私にも連絡あったわよ。私のママの…Ωの事が知りたいとかって」
 
 栞菜の胸に一抹の不安があった。
 Ωの事なぞ、喬一は興味が無い。無いと言うか、最初から下等な特性を持ったもの…位にしか認識が無い。
 栞菜の前で、数えきれない程Ωの事を蔑んでいた。無意識にしても、αの連中はΩの特性…ヒートやその体にしか興味も無い。そんな話で盛り上がっていた喬一が、栞菜は更に大嫌いになっていった訳だが…
 
 その喬一がなぜ…と思えば、1番近くに居る瑞稀をどうしても思い浮かべてしまう…
 
 
 
「Ωの事?…ちょっと前に喬一が酔って変な事言ってたんだ。Ωのオークション枠が偶然手に入ったとかって…」
 
「オークションですって?」
 栞菜は眉間に深い皺を寄せる。
 
 あのΩ救済を謳った公式の人身売買に、栞菜の両親はずっと嫌悪感を示して撤回を求めていた。
 
「喬一じゃ無くて、喬一のお父さんだと思うけど。ほら、喬一のお父さん…英雄色を好むじゃ無いけど…その…野生的な人だから」
 薫が言いづらそうに顔を引き攣らせる。
 
 栞菜がおえっとした顔をした時、栞菜が頼んだ料理が運ばれて来た。
 
 
 
「何も無いと良いけど…」
 薫はそう言いながら、栞菜にナイフとフォークを手渡す。
 
 栞菜は空腹が消える程の胸騒ぎで、出された料理に中々手が伸びなかった。
 
 
 
 
 
 体が熱い。暖房が効きすぎてる訳でも無いのに、薄ら汗ばむ…瑞稀は抑制剤が効いていると分かっていても、訪れるであろうヒートに怯えていた。
 
 定期的にヒートが来るとしたら、次は春休み中になる筈だ。
 
 それなのに、なんだか体はジリジリと熱っている。
 
 
 
 もし、突然ヒートが来たら…
 
 
 
 瑞稀は廊下の冷たい壁に体を預けて、その冷たさで火照りを誤魔化した。
 
「…瑞稀?」
 その声に、瑞稀は肩をビクッと震わせる。
 
 早く、行かなくては…と瑞稀は構わず歩き出した。
 
「待って。具合悪いんじゃないの?」
 瑞稀は腕を掴まれても、振り払うのさえしんどい。
 
「…こっちに」
 喬一に腕を引かれるまま、人通りの少ない場所へ移動する。
 
 
 
「抑制剤は?」
 喬一は瑞稀の額に光る汗を拭おうとしたが、瑞稀がサッと顔を逸らしたのを見て、直ぐに手を引っ込める。
 
「…ヒート…来そうなの?様子おかしいし」
 
「…大丈夫です。手術もするし」
 言葉を発するのさえ、重だるく瑞稀は感じていた。
 
 
「それ…間に合うの?…あいつに、あのαの…彼に、お願いすんの?」
 喬一の言葉に、瑞稀は呆れた。
 
 お願い、なんて誰にもするつもりでも無く、ましてや伊瀬となんて…望んだとして、気持ちが通じるわけでも無い。
 欲に任せれば、それは可能かもしれないが…虚しいだけなのは瑞稀にも分かる。
 
 あの時のキスの様に…
 
 瑞稀の言葉を待つ前に、喬一は俯きながら瑞稀の両肩を掴む。
 
 
「…可笑しいよね。なんで俺に言われなきゃいけないのって思うでしょ。関係無いし。だけど、俺は嫌だ。瑞稀が他の男に触れられるのも…あいつが瑞稀の隣に居るのも…瑞稀があいつを見て、穏やかな顔をするのも…これから何かあるとしたら、俺にはそれが耐えられない…」
 
 一体この人はどうしてしまったのか…と瑞稀はただ茫然と目を丸くする。
 
「…もう遅いって分かってる。でも、俺には、耐えられないんだよ。瑞稀…」
 
 喬一が苦しそうに溢すその言葉が、瑞稀の鼓膜を震わせても、それが現実と理解出来ない。
 
 
 ただ…瑞稀には、喬一の執着の理由に、なんとなく当てがあった。
 
 
 
「もし…貴方がそう思うなら、それは私がΩだからです。貴方が言ってた様に…それ以外に理由はありません」
 瑞稀がそう言うと、喬一は顔を上げる。
 
 端正な顔を歪めて、瑞稀を見つめていた。
「違う、俺は瑞稀だから。だから、こんんなにっ…」
 
 
「いいえ」
 瑞稀は喬一が掴んだ手に自分の手を重ねて、そっとそれを外させる。
 
 
「もし、私がΩじゃ無かったら貴方に会う事はありませんでした。もし視界に偶然にも入ったとして…私を、貴方が認識出来たとは思ってません。ただの貧乏人…野暮ったい猫…そう思う事すら無かったと思います。その辺の小石位にしか、きっと思わなかった。目に入ってても記憶にも残らない、そんな存在だった筈です」
 喬一の手が、全て瑞稀から離れる。
 
 
「違う…!俺は瑞稀だから…」
 
 喬一の声を拒絶するように、瑞稀は顔を横に振る。
 
「貴方の勘違い…錯覚です」
 
 喬一は、一層顔を歪めて瑞稀を見下ろす。
 
 
 
「…ただ、クリスマスの日。貴方が私にケーキを買ってきてくれた事、もしヒートが無かったら…それは純粋に、嬉しいと思ったと思います」
 世間の盛り上がりに反して、瑞稀は孤独で疎外感を感じていた。
 そうするように自分で決めたとはいえ…純粋にその好意は、心が温まる。
 
 あれだけ酷い事を言った相手であっても…もしヒートが無ければ、きっと2人でケーキを食べていただろう。
 
 喬一はギュッと目を瞑り、顔を歪めた。
 
 
 
「瑞稀…」
 
 
「いたいたっ!喬一!」
 喬一が何かを発するのを遮る様に、薫の声が廊下に響く。
 
 
 瑞稀と喬一が視線を向けた先には、薫と、そして…美玲が立っていた。
 
 
 
「喬一…?喬?」
 美玲は少し首を傾けて、心配そうにそう声を漏らす。
 
 
 神々しい美しさ…に加えて、その声はとても耳心地良く伸びやかな声で、瑞稀の鼓膜にも、よく響いた。
 
 
 
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