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しおりを挟む「…学費の心配は無くなったから、それは良かったんだけど。この体調だと休みも多くなっちゃって、単位が心配。本当に…早く人間になりたいよ…」
瑞稀が溢す言葉を、伊瀬は一つ一つ聞き逃さないように耳を澄ませた。
「…αもΩも、居なかったらいいのにな。 そしたら、須藤は悩まなくて良い。苦しむ事も無い。須藤のままで、好きに生きれるのにさ。自分を…傷つける必要も無いのに」
伊瀬はαだ。
瑞稀が1番避けて嫌がるαだ。
自分が何かしたら、下心があると疑われても仕方がない。あの男と同じだ、と。
例え、素直に自分の気持ちを伝えても…それはΩだからだと思われたく無かった。
勘違いされたく無かった。
高校の時から、何処か伊瀬の目の端に入ってくる人物が居た。
背が高く、色白で、どこかいつも警戒したような目つきで周りを見ている。
その猫のような目と目が合えば、伊瀬は自然にそれを逸らす。
見ていません、とでもアピールするように。
だが、そうやって隙を見て彼女の姿を盗み見ていたのは自分だけでない無い。
どこか人を惹きつける…そんな容姿と雰囲気に、ひっそりと憧れと親しみを抱く男は少なく無かった。
だが、彼女は誰に対してもどこか線を引いて、決して越えさせない。
故に連絡先を知っている友達なぞ数人ほどで、教えて欲しいと人伝に頼んで断られている奴も知っている。
もしかしたら…が頭をよぎっても、決して口にしなかった。もしそうであっても、自分には関係無かったからだ。
でも、嫌がる事はしたく無かった。
せっかく同じリレーを走る事になったのに。
不真面目な振りをして誤魔化した。
年相応の恋愛もしてる癖に、なんて不純なんだと自分に呆れたが、当時の彼女に筋は通したつもりだ。
伊瀬は、自分の環境に満足していた。
αはそんなに好きじゃ無かったが、αと知って近付いてくる人間も多く、来るもの拒まずで、それなりに楽しい学生生活だったと満足している。
怪我をした時でさえ、特段落ち込まなかった。
これがダメでも違う道があるとすぐに自分は切り替えが出来たし、切り替える力もあった。
どうしても、その大学に行きたかった。
いや、もう少し勉強する時間があれば、同じ大学に行けたかもしれない。
彼女の志望校は知っていた。
まさかの偶然で、彼女の隣に座って話せる日が来るとは、思いもよらなかったが。
αとかΩとか関係無い。
それなのに、彼女はある日から全く姿を見せなくなった。
最後に、恋人と話した方が良い…そう助言を添えて。
恋人とは終わっていた。恋人も気付いていたのかもしれない、どこか心あらずに恋人面する自分の浅はかさを。
好きじゃ無かったわけじゃ無い。
ただ手の届かないものがずっと胸の中にあった。
そして、本当に届かなくなった。
せっかく目の前の居るのに、自分の気持ちも口に出せなくなっていた。
遅すぎた…と何度も後悔して、もっと自分に力があればと憎たらしくなる。
そのか細い体を支える事も出来ない。
αだから。
彼女を弄んで蹂躙し、絶え間なく苦しめたα、それは自分と同じ特性で、彼女が1番避けるもの…
だが、伊瀬は瑞稀を見ると指先まで体が痺れる。瑞稀の姿を遠くからでも見つけられる。例え周りが人混みでも、すぐに分かる。
その声が、仕草一つが、伊瀬にはすぐに届く。
だから、そんな絶望した瞳で自分を見ないで欲しい。何の希望も期待も感じれない、そんな悲しい顔をしないで欲しい。
そう伝えたくても、少しも伝わって無いだろう。
時間を戻せるのなら、彼女が握手しようと手を差し出して来たあの日に戻りたい。
瑞稀の顔を見るたびに、幾度となく訪れる後悔は、止むことが無かった。
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