そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

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 喬一に大見得を切った割に、瑞稀の体は相変わらず重だるく、熱っぽい。
 
 ヒートはおよそ3ヶ月毎に来るという。
 
 とはいえ、瑞稀の体はヒートが遅かった。不規則になっても何らおかしくは無い、というのが渚の見解で、瑞稀は毎日ヒートが来るのではという緊張と恐怖に怯えた。
 
 
「学費の心配は要らなくなったとはいえ、これじゃ大学に通うのも難儀だ…」
 
 家で横になる瑞稀の様子を見て、渚が言った。
 
「だから、早く手術して…。お金も余りがあるし…そしたら、卒業も就職も出来るから…」
 
 瑞稀は開くのも憚られる口を開き、小さくそう溢す。
 
「…何も、自分で選択肢を奪わなくてもって僕は思っちゃうけど。でも、そうだよね、これだけ辛ければ強硬手段も考えるか…」
 
 渚が瑞稀の背を摩ると、シンビィが間に入り込み、甘えて棚ぼたを狙おうとする。
 
「春休みには手術するから。長く休めないと、お腹切るんだし…」
 
 
 瑞稀の言葉を聞いても渚は返さなかった。ただシンビィを撫でながら、小さな溜息を吐く。
 
 
「さて、困ったね…」
 
 
 渚の独り言が小さく部屋に響いた。
 
 
 
 
 
 瑞稀が束の間の眠りから目を覚ますと、スマホを見る。
 
 喬一から着信が入っていた。
 
 あれから、毎日とは言わないが、たまに着信が入る。勿論返さないし、大学では喬一を避けるためならなんでもした。
 
 話す事なんて何も無い。
 
 あるとして…喬一の頭の中にはあの忘れ難い快感をもう一度…といった所だろうか。
 
 
 お望み通り、Ωの初めては桁違い…というのを体験したのだから、それ以上は存在しないはずだ。
 
 
 全てを持っているのに、一体これ以上何に執着しているのだろう…
 
 
 瑞稀には、さっぱり分からない。
 
 
 もう一度炬燵に潜り込もうとした時、インターホンが鳴る。
 
 溜息を吐いて玄関に向かうと、その人影はスラリとしたもので…
 どこと無く誰かを彷彿とさせた。
 
 
 
 返事をしようとしたが、瑞稀は声を噛み殺す。
 
 
 
 喬一だ。
 
 まさか家に来るとは思わなかった。
 
 そう思うのも2回目だ。
 
 
「…瑞稀?居るんでしょ?話したく無いのは分かるけど、俺の話もちゃんと聞いてよ。瑞稀にとって…悪い話じゃない。
 体の事も含めて…」
 
 瑞稀はさっと家の柱の影に身を隠す。
 
 
 いよいよ国に報告するべきだろうか…
 
 αがΩにストーカー行為なんて笑える…
 だが、昔からそんな事は珍しい事でも無かった。
 
 αはΩをαを産むだけの下等な生物だと思っているし、所有物のように扱った歴史も多々ある。その癖、自らも狂ったようにΩの体を貪るのに…
 
 
 
 出て行ってはっきりと言うべきか…
 国に報告して対処して貰うべきか…
 とはいえ相手は大富豪だ…国家権力の忖度がどの程度まで影響するか分からない…
 
「…あんな人だと思わなかったんだけどな…」
 瑞稀は小声でそう呟く。
 
 喬一が何かに執着するようには見えなかった。最高の物を全て、既に持っているからだ。
 
 飽きたのか…暇つぶしなのか…
 
 
 
 暫くすると、外から何やら物々しい気配と喬一が誰かと話す声がする。
 
 まさか、渚が?
 
 そう思い、そっと玄関へ下りて耳を澄ます。
 
 
 
 瑞稀はハッと息を飲んでガラッと勢い良く扉を開けた。
 
 玄関先で話す2人の人物は、目を見開いて瑞稀を見る。
 
 
「須藤…」
 喬一の前には伊瀬が居た。
 
「…伊瀬くん」
 瑞稀がそう溢すと、喬一は鼻でフッと笑みを漏らす。
 
 
「…なんで」
 
 瑞稀は2人を交互に見る。
 
「先生に呼ばれてきたら、須藤の家の前でこの人突っ立ってるから」
 伊瀬が少し顔をしかめて喬一を見る。
 
「…」
 
 喬一は何も言わず、瑞稀を見る。
 
 
「また須藤を脅すつもりなら、そろそろ警察呼ぼうかなって」
 伊瀬の言葉に、喬一は顔色一つ変えない。
 
 脅す…そうか、前は喬一に連れ戻されたんだっけ…と瑞稀は思い出す。勿論良い思い出では決して無い。
 
 だが、今は違う。
 
 もう契約は終わったのだから。
 

「次はなんて脅すんだよ。須藤連れ出したいんだろ?須藤の体質の事を言いふらす?SNSで拡散するとか?…そんな事したら、自分も危うくなるの分かってるんでしょ?」
 伊瀬は苛立ちを隠さず喬一にそう投げつけた。
 
「そんなつまんない事はしない」
 
 喬一が伊瀬を見る事は無い。
 
 つまんない事って…そもそも既に違反なんだけど…と瑞稀も呆れて喬一を見返す。
 
「…自分でも分かんないんだ。なんでここのいるのか。なんで瑞稀の事ばかり考えて、気付けば足が家に向いてた…。俺はこんな事するような人間じゃない。
 瑞稀なんて必要無い。なのに、瑞稀は頭から離れない。だったら近づくしか無いのかなって…」
 喬一はそう言いながら瑞稀の方へ数歩近付く。
 
 
 
「俺の人生に入り込んできた所詮野暮ったい猫なのに…Ωのせいなのかな?」
 喬一は徐に手を伸ばすと、その手は瑞稀の首を掴む。
 
 瑞稀はその異様な雰囲気に体が動かなかった。
 
 
「俺の頭から出てって欲しい。でも、瑞稀が欲しくて堪らない」
 
 手に力は込められていないのに、瑞稀は息苦しさを覚える。
 
 だが、その時間も長くは無かった。
 
 
 
 伊瀬が勢い良く喬一の胸ぐらを掴む。
 
「お前、いい加減にしろよ。
 …こうして契約後に付き纏うの違反なんだろ?通報されないだけマシだと思え。 2度と須藤に付き纏うな…」
 
 伊瀬はそう言いながら力づくで喬一を瑞稀から引き剥がし、瑞稀と喬一の間に入り込む。
 
 
 
 須藤、中に入って、と伊瀬に促され瑞稀はおずおずと後退する。
 
「あの日…クリスマスの時。瑞稀のヒートが来た日…」
 
 喬一がそう言うと瑞稀の足が止まった。
 
「…ケーキ買って来たんだ。瑞稀に。
 あの時は…ただ、それだけだった…」
 喬一はどこか苦しげな顔で、そう溢す。
 
 
 
 瑞稀はなんだか脈が早くなるのを感じて、急いで家へ入った。
 
 
 思い出される、潰れた白い箱…
 
 
 あの時ヒートが来なければ、一体自分と喬一がどんな風に過ごしていたのか…瑞稀は一瞬だけ考えてしまった。
 
 
 
 喬一の、先程見せた表情は、嘘では無かった。
 
 
 
 
 
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