そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

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 冬休みが明けた。
 
 あっという間だ。
 
 瑞稀の体はやはりどこか重くて、眠気に抗う事が難しい時があった。
 
 瑞稀の様子に誰よりも先に気付いたのは、栞菜で、東條の部屋に呼ばれると栞菜と東條が瑞稀を待っていた。
 
 まだ体調が優れず、ヒートも不規則な瑞稀に、2人は様々な抑制剤の他、漢方から民間療法まであらゆる対処法を提示してくれた。
 
 特に東條が瑞稀を見る目はどこか必死さが込められていて、手術する事をどうしても阻止したいのが伺える。
 
 だが、勿論、そんな風に気にかけてくれる事は有り難いことだった。
 
 
 
 月のものが来た時、瑞稀は心の底からホッとした。
 
 そして罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。
 
 理性を忘れ、自らの欲望に溺れて、その果てに創り出されたであろう命が、自分の中で育たなかった事に安心している…
 
 自分はやはり…人間らしい感情を抱け無いのかもしれない…
 
 
 瑞稀は人気の無い非常階段に座り込み、ぼうっと一点を見つめていた。
 
 
 
 いつか、自分にも、信頼できる人と家族となり、子供を設ける…漠然ととした思い描く幸せのイメージは何度もしていた。
 αを信じてαに弄ばれ、呆気なく捨てられた母親の面影をかき消すように、何度も、何度も…
 
 だが、Ω…その特性が全てを阻む。
 
 もう2度と、煩わされる事が無い体を望む程に…
 
 
 
「やっと見つけた…」
 階下から現れた人物と、その声に瑞稀は嫌悪を隠さない。
 
「…なんで電話出ないの?部屋はもぬけの殻だし」
 喬一はなんとも気怠げにそう言った。
 
 その声に、苛立ちが混じっている。
 
「もう契約は終わりました。書類も提出したし、部屋も元通りにしました」
 瑞稀が立ち上がり、その場を去ろうとした。
 
 すぐに、骨ばった手に腕が掴まれる。
 
「いや待てって」
 
「離してください」
 瑞稀が振り解こうとしても、その手は離されない。
 
「体、大丈夫なの?」
 
 喬一は瑞稀にそう言った。
 
 大丈夫なの、とはどういう意味なのだろう…
 
「…何がですか?」
 瑞稀は振り返らずにそう聞いた。
 
「妊娠とか。避妊、ちゃんとしなかったから」
 喬一の言葉は、どこかソワソワとしている。

「…してたら?」
 瑞稀が喬一を振り返る。
 
「…産みたいなら、止めないし。堕ろすならそれも仕方ない。でもαが産まれる事が多いんだから、わざわざ堕ろさなくても良いんじゃ無い?」
 
 喬一の言葉が、瑞稀に無数の棘となって突き刺さる。
 
 αなら良い…なら、Ωだったら…?
 
 瑞稀が目を見開いて、喬一を見る。
 
 美しく整った顔に、陶器のような肌…艶のある黒髪、スラリとした体躯とそれに見合った服装…
 
 幾ら見つめても、喬一の考えている事は瑞稀には分からない。
 
「父親になると?」
 
 瑞稀の言葉に、喬一は一瞬言い淀む。
 
「…結婚は出来ないけど。落ち着いたら認知もするし、生活に困らないようには出来るよ。αとαでも、子供がαって確証は無いし、βも多いから…αの子供ならうちの両親も歓迎すると思うし」
 
 あぁ…やはりこの人は…
 
 瑞稀は目を伏せた。
 
「あなたの目の前に居るのはΩです。子供もΩかもしれない。そしたらどうするんですか?」
 
 幾ら待っても、返事は返って来なかった。
 
 
 
「安心して下さい。妊娠はしてません」
 瑞稀は喬一の手を振り払う。
 
「…ちょっと待ってよ」
 だが、喬一はしつこかった。
 瑞稀の腕を、さっきよりも強く掴む。
 
「じゃあヒート、また来るんでしょ?あんな風になって、処理出来んの?俺で良いじゃん。俺は瑞稀がΩって知ってるし」
 
 
 また理性を忘れて、獣の様に貪り合いたい、と…
 
 喬一の言ってる事も確かに一理ある。
 ヒートが来れば、それを抑えるにはαが必要だ。
 
 だが…瑞稀にはもうαは必要無い。
 
 
「あなたと話して、決心がつきました…」
 瑞稀は喬一を見上げる。
 
 喬一はどこか不安気で、苛立っていてるように見えた。
 
「私の体に2度とヒートが来ないようにします。あなたのようなαに好きにされるなんて、そんなのもう御免です。私は、ものじゃ無い。契約は完了しました…ご利用ありがとうございました…」
 
 瑞稀は喬一を睨みつけ、今度こそ腕を振り解くと急いで階段を駆け上がる。
 
 
 
 
 Ωなんて居なくなればいい。
 
 幸せな夢も、希望ももう要らない。
 
 
 
 
 人間になりたい…
 
 
 瑞稀は走った。喬一の手の、届かない所まで。
 
 
 
 
 
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