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しおりを挟むモダンなグレーの高級車から喬一が降りてくる。
喬一が助手席を開けると、瑞稀は目線を合わさずそこへ乗り込んだ。
大学生が買えるとは思えないその車さえ、買い与えられたものだと思うと、まざまざと生きる世界の違いを見せつけられていると瑞稀は思った。
すぐに運転席に喬一が座ると、瑞稀が後ろを振り返る間も無く、車は発進する。
車の中に、喬一のとは違う爽やかで花のような香水の香りが混じっている。
本命の彼女、を先程まで乗せていたのだろう…
「…ねぇ、あの彼氏αでしょ?なんとなく分かるんだよね。同じって。ヒート来るまではあんまり会わない方が良いかもね。ラットになっちゃうと、多分彼止まらないから。」
喬一がチラリと横目で瑞稀を見る
真っ青で血の気の無い顔はいつもよりも一層暗く、無表情だった。
辛気臭っ、と軽口を言う雰囲気でも無いのは喬一にも察せる。
「…彼氏じゃない。…あなたには関係ありません。契約はきちんと履行します」
瑞稀は抑揚の無い声でそう答えた。
関係無い。確かに、契約が履行されればそれでいい。
この世で感じれる、最高の快楽…だが、桁違いに良いってだけで、自分はなんでそこまでこの野暮ったい猫に拘ってるんだ?
Ωに釣られるαの本能なのか、ゆくゆくは浸れる優越感なのか…周りのαに自慢出来るような行為では確かにあるが…
喬一の中に疑問が生まれた。
そもそも、今自分は何をしているのか…
なぜわざわざ家まで行ったのか?
ストーカーのようだこれでは、と半ば自分に呆れている。
美玲が居る
最高級で、文句の付けようの無い恋人が
こんな野暮ったい猫じゃなくて
なんでこんな辛気臭い暗い顔をしてる人間の機嫌を伺ってる?
そんな事する必要はない、正しい手続きを踏んで買ったΩなのだから
ただ快感に溺れるためにお互いの合意があるのだから
でもなぜ笑いかけて欲しいとか
微笑んで見せて欲しいとか
そんな事思うのだろう…
こんな、その辺にいるような女に…
言いようの無い居心地の悪さを感じて、喬一はマンションに着くまでそれ以上は話さなかった。
車は、マンション地下の駐車場に着く。
「…万が一Ωの匂いって彼女に分かっちゃうと面倒だから、今日は部屋には行かない。また実家に戻るならそう連絡して」
喬一は素っ気なく瑞稀にそう告げる。
「…あなたが2週間ほど来ないって言ったから帰ったんです」
瑞稀は窓の外を見ながらそう答えた。
「あー…そうだね、ごめんごめん」
喬一は当てどころの無い苛立ちをなんとか隠しながら、とりあえず口だけ謝ってみせる。
「あなたは…なぜ全てを持ってるのに…何も持ってない私から何もかも取り上げようとするんですか?」
瑞稀の酷く冷たく低い声がした。
「何の話?」
喬一は思わず瑞稀に顔を向ける。
「…私が人間じゃないから?Ωだから?αなら何をしても良いと?」
瑞稀も、喬一を見つめた。怒りを通り越した、悲しい瞳で。
「…っ。そんな事は…」
思ってない?本当に?
スラスラと心にも無い耳障りの良い言葉を吐くのは得意なのに、なぜ口を噤むのか、喬一にも分からない。
「…何、あの彼?知られたく無かった?でもαなら瑞稀がΩって知ってるんでしょ?じゃあ彼も俺と一緒じゃん」
「一緒?」
瑞稀が眉を顰める。
なぜ湧いたか分からない怒りと苛立ちは、喬一が喬一自身にその先は言うなと警告しても、止められなかった。
「瑞稀がΩだからああして気を持たせるような事してるんじゃないの?」
Ωだから
Ωのせいで
その言葉が瑞稀の頭に響く。
気付けば車を降りていた。
そうか、Ωだから伊瀬くんも…
友達じゃ無いのか
友達な訳ないか
所詮は知り合いって程度
かつての同級生
それ以上でも以下でも無い
興味を引いたのは、Ωだったから
だから家にまで来て…
そう認めれば、すんなり伊瀬の事を忘れられるかもしれないのに…
部屋まではまだ耐えれた。
だが部屋に入った途端、瑞稀は玄関に座り込む。
誰かが来て慰めてくれる訳もない。
ただ、この痛みを受け入れるしかない。
時間が掛かっても、ゆっくりと、涙さえ出ない痛みを飲み込んでいく…
それが息をするのも、耐え難い程の苦痛でも
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