そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

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 なんで、居ない…?
 
 喬一はガランとした部屋に、立ちすくんでいた。
 
 車を走らせて、焦る気持ちを抑えて来たのに…
 
 
 少し待てば、帰ってくるのか?
 それとも…
 
 喬一はポケットからスマホを取り出した。
 
 
 
 
 
 
 体は相変わらず重い…瑞稀はあれから大学から帰って来ては横になり、休日はずっと横になっていた。
 この怠さ、息苦しさは一体どうしたら解放されるのだろうか…瑞稀は天井を眺めて、その答えを探すが、勿論分かるはずも無い。
 
 シンビィは居ない。渚は医院の休診日だからと、健康診断のために動物病院へ連れて行った。
 
 シンビィが居ないと、やはりどこか肌寒い。もう一度布団を首までしっかりたくしあげて、瑞稀は目を瞑った。
 
 
 
 コンコン、コンコン…
 
 音がする気がする。
 うつらうつらとする意識の中で、瑞稀はその音を聞いた。
 引き戸を叩く、その音を。
 
 インターホンがあるというのに、どこか控えめで、主張が弱い音だった。
 
 
 
 渚では無い。渚なら、鍵を開けて、賑やかに玄関を通ってくる。
 
 瑞稀は重い体を上げて、はい、と返事をする。
 
 一瞬の間があって、外からは伊瀬です、と声がした。
 
 
 
 1番会いたくなくて、1番会いたい人がやってきた。
 
 
「須藤?開けなくていいよ。…体調どう?ごめん、連絡つかないから…」
 瑞稀が開けようか迷っているのを、伊瀬は察していた。
 
 瑞稀はスマホの電源を切っていた。
 誰からも放っておいて欲しかったからだ。
 
 
 
「この間…」
 伊瀬がそう続けようとした時、瑞稀は戸をガラッと開けた。
 
 開けなければ良いのに…分かっていても、そうしてしまうのは、やはりまだ体調がおかしいせいなのだろうか…
 
 
 
「ごめんね、この間…もう分かると思うけど、つい…匂いに釣られちゃって…」
 瑞稀は先手を打つように伊瀬にそう告げる。出来るだけ平静を装った。
 
 
 初めては好きな人、は叶わないけれど、キス位は好きな人と、したかった。
 
 それだけだ。
 
 身勝手な自分の都合を、匂いとか、適当な理由をつけて嫌悪しているΩの特性のせいにする。
 
 
 狡い…喬一の事を言えた義理じゃない…自分も、結局Ωである事を程よく使っている…
 
 
 
「…伊瀬くんの中の私は、Ωだって知る前の私のままでいて欲しかった。カフェでたまに会って、話してた時のままで記憶してて欲しかったんだ。もう、あの時の私じゃないから…」


 狡い自分を隠すためならなんでもする。
 
 Ωとかαじゃない、対等な人間としての自分を、伊瀬の記憶の中に残しておいて欲しいから。 
 
 
 
 
 
「…須藤、俺、」
 
「あれ、君…ここ、瑞稀の家だよね?」

 その声を瑞稀はよく知っている。
 伊瀬の声を遮ったその声に、瑞稀の体にゾワリと寒気が走った。
 
 
 伊瀬の後ろに、喬一が立っている。
 

 まさか家にまで来ると思わなかった。
 契約違反じゃないのか…いや電話番号を教えてしまったし、大学が同じなら…
 いやもう既にいろいろ調べていたはずだ…
 
 

「瑞稀ー?」
 
 咄嗟に後退する瑞稀に構う事なく、喬一は瑞稀の顔を見ながら、伊瀬を押し退け、家に入ろうとする。
 
 
「いやいやいや。家主が入っていいって言ってないだろ」
 
 伊瀬は大きな体から腕を伸ばし、喬一の体を制した。
 
 伊瀬に、喬一は視線を移す。


「へー…やっぱ彼氏だった?じゃあ彼氏にも刺激して貰ってんの?」
 
 
 やめて
 それ以上言わないで
 
 
 瑞稀は口をパクパクとさせて、どう喬一の口を塞ごうか考えていた。
 
 
 今すぐに、次に発せられる言葉を止めないといけない気がする。
 
 
「でもごめんね、瑞稀の処女は俺が貰うんだ。そういう契約だから」

 玄関に居る男が2人、瑞稀を見る。
 喬一は薄ら笑みを浮かべていた。
 
 伊瀬はこれ以上無いほど目を見開いて、瑞稀を凝視している。
 
「…瑞稀、どうする?部屋戻る?一緒に?」
 喬一は瑞稀の青白い顔もお構いなく、さも軽く、瑞稀にそう声を掛けた。
 
 
 
 
 ああ…残しておきたかった、何もかも全て…引き裂けて飛んでいってしまった…


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