そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

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「…手術をしようと思ってます。もう2度と、ヒートが起きない体に…Ωを産む事もない様に…」
 
 瑞稀は大学の、東條の部屋に居た。
 
 向かい合って座る青白い顔の瑞稀から発せられた言葉に、東條は目を見開き、手で口を覆う。
 
 明らかに動揺する東條を前にしても、瑞稀はさしてどうとも思わない。

「それが瑞稀ちゃんの望みなら止めない…。僕に、それは…言えない…同じΩの大変さや苦しみは理解出来るからね。
 でも、君を必要として、君が必要に思う人が現れるかもしれない。取り返しのつかない事をして、後悔しないで欲しい。
 …僕の事も軽蔑する?」
 
 東條は優しく、瑞稀を労る様に言葉を掛けた。

「まさか…。先生を軽蔑する理由がありません。どちらかと言えば…大多数のΩは先生のような生き方に、憧れを持っています。希望を持てると思います…」
 
 瑞稀も、叶うなら…いや、そんな事は関係ない、と思い直す。瑞稀は東條とは違うのだから…

「僕が番に出会うまで…確かに過酷だったよ。いろんな意味でね。経済的にも、精神的にも…僕達に課せられた性質は残酷だけれど、僕は今後悔してない。
 1人じゃないから。
 だから、君に訪れる幸福を諦めないで欲しい。一年後…三年後、瑞稀ちゃんがどうなってるかは誰にも分からないよ」
 
 
 
 先生は、極々稀な、幸せに辿り着けたから…番を見つけて子供も居て…
 
 私の母は、子供を産まされて、飛び降りて呆気なく死んだのに…と、瑞稀は心の中で溢してしまう。
 
 そして私は、経済的に追い込まれて体をαに売った…
 
 
 東條は関係無いのに、卑屈な思いに蓋が出来ない。
 
 腹が立つ
 情けない
 逃げ出したい
 
 自分が心底嫌で吐き気がした。
 
 産まれて来なければ、もし自分がαなら…
 
 瑞稀は手のひらに血が滲むほど、ぐっと手を握りしめた。









「同じ学部にもΩの男の子が居るんだけど、凄く人気者なの。
 アメリカだと抑制剤の認可も下りてる範囲が凄く広くて、自分に合う抑制剤を飲んで上手く付き合ってるって感じかな。Ωの権利をはっきり主張するから、逆にαがなんか肩身狭いくらい…」
 
 美玲は久しぶりに会った恋人を前に、美味しい料理とお酒を楽しんでいる。
 
 大好きな恋人を前に、瑞稀の話は止まらない。
 
 時差を気にしながらも、オンラインで顔を見ながら話は出来たが、やはり直接会うと、美玲は喜びと興奮を抑えられなかった。
 
 最新の車で迎えに来た恋人は、美玲の好きな花を小さなブーケにして贈ってくれた。
 会いたかった、と言葉を添えて。
 
 
 そして行き先は雰囲気の良い、話題のレストランだ。
 いつも、こうしたサプライズを美玲の恋人は美玲に用意してくれる。
 
 勿論、美玲も用意していた誕生日プレゼントを恋人へ渡したが、今回も見事に先手を打たれてしまった。
 
 
 
 そして、コースの料理に運ばれてきたデザートの皿には、おかえり、とデコレーションをしてあった。
 お誕生日おめでとうと用意したかったのに…と美玲が言うと、気持ちだけで嬉しいよ、と恋人は優しく美玲に囁く。
 
 満面の笑みで美玲は恋人を見る。
 
 写真を撮って、動画も撮って、美玲はゆっくりと、幸せを噛み締めながらデザートを味わっていた。
 
 
「αは制御が出来ないからって、結構風当たりあるの。でも確かにって思う面もある…αはΩを怖がらせているし…
 今までΩが絡んだ悲劇的な事件とか事故って、結構討論の議題に上がるんだよね。勿論…αが加害者だから…。向こうではΩも一緒に法律や権利について話し合うグループにも大学で参加してて…」
 
 
 
 
 形の良い唇から、発される聞こえの良い言葉たち…
 皆、うっとりして聞くだろう。
 
 微笑みを浮かべながら、喬一は時折相槌を打ってそれを聞く。
 
 美玲が興奮して話すのを聞いているが、話の内容は半分程しか喬一の耳に入っていない。
 
 内容などさして興味は無い。
 だが、内容が内容だけに、少々耳が痛い。

 今、自分がΩを囲ってるなんて言えないな、と思いながら微笑み、喬一は話に頷く。
 
 
 喬一は誕生日プレゼントのΩを蹂躙して、最高の一時を待ち侘びている…
 
 あの匂いがすると、制御が出来ない。
 まるで飲み込みそうな程、ドロドロに溶け合ってしまいたいと思う。
 
 Ωと交わってしまったら、α相手では物足りなくなるかもしれない、とさえ喬一は思っていた。
 
 

 美玲の事は好きだ。
 喜ばせたいし、笑った顔を見たいと思う。
 
 自分と美玲が一緒に過ごす時間に満足している。
 美玲にも、自分の最高の一面を見せていたい。

 彼女が恋人であるという価値はかなり高い。
 
 α同士であれば、お互いにある程度のステイタスを求める。
 容姿、家柄、才能、能力…自分に合う最高級の物がいいと、どのαだって考えていることだろう。
 
 
 
 
 それなのに、時折酷く面倒になる時があった。
 
 
 
 なんで…
 今自分はあの飼い猫のことを考えるのか…

 あんなΩの…こないだまで野暮ったかった貧乏人を…
 
 調べてみて驚いた。
 
 瑞稀の父親は、喬一もよく知る大企業のお偉いさんで、父親とも何度か面識があるらしい。そして母親はΩで、その愛人だったとか…
 
 
 
「Ωって生きていくのが凄く困難だよね。産まれも複雑な人が多いし…私がもしΩだったら、耐えれる自信がない。
 でも才能豊かな人が、特性で潰されてしまうのは凄く勿体無いよね」
 
 
 今日は本当に饒舌だな…
 
 喬一は美玲の顔を見ながらそう思った。
 
 なんとも大層で、上辺っぽい言葉を、なんの疑いも無く、ただ純粋に言ってのける。

 αである自分が安全な場所に居るからこそ言えることだと、美玲に自覚があるのだろうか。
 
 そういうところも可愛い…
 純粋で、世間知らずで…
 
 箱入り娘だったのにアメリカの大学に行くとは思わなかったが、彼女の経歴には申し分無い肩書きがまた1つ加えられる。
 
 
 あの飼い猫とは大違いだ。
 
 無愛想で、表情も乏しく、真面目だが苦学生に変わりない野暮ったい女…
 その癖、ベットの中だとやけに素直で、それが喬一の感情を堪らなく刺激する。
 
 
 きっと、そうやって思う俺を見透かしてるから…
 だから…決して、懐かない。
 

 でも…あの飼い猫は、俺のもの。


 

「ごめん、今日はちょっと用があって泊まれないんだ。明日また迎えに行くから」
 喬一は帰りの車で美玲にそう言った。
 
 一瞬美玲が寂しそうな顔をしたので、喬一は美玲の手をギュッと握りしめる。
 2人、同じ指輪を嵌めた手が重なった。

「うん、大丈夫。いつもありがとう、喬一。そういえばパパが喬一と一緒にアメリカに遊びに行こうかなって言ってたよ。マンションにも空いてる部屋があるから、喬一もいつでも来てね」
 
 美玲の言葉に、喬一は笑みを浮かべて頷く。
 
 
 
 だが、喬一の頭の中は別の事を考えていた。
 
 
 
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