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しおりを挟む「…何、瑞稀?どうしたの?寝てたわ」
渚は今にも寝落ちしそうな声で、電話に出た。
「…朝早くすみません。伊瀬と申します」
瑞稀の声ではない…渚はカッと目を見開き、すぐさま飛び起きる。
渚は急いで瑞稀の家へ向かう、手をかけた引き戸の鍵は閉まっていた。合鍵を刺し、すぐ様戸を開ける。
伊瀬の胸に抱かれ眠る瑞稀に、渚はギョッと顔色を変えた。
薬のガラ…察するに、抑制剤は飲んだ…雰囲気的にも、そうなってしまった…という空気ではない…
抑制剤は効いたのか…ということは、瑞稀のヒートも、前兆程度だった…?
もしヒートであれば、ラットとなった伊瀬が冷静に電話を出来る筈も無い。
渚は状況を把握し、とりあえず安堵した。
「…うちの瑞稀がすみませんね」
渚は瑞稀の体を伊瀬から離し、なんとか抱き抱える。
ヨロヨロとする渚を見かねて、伊瀬は渚の手からさっと瑞稀を自らの腕の中に抱き抱え直す。
「さすがだね。スポーツやってるんでしょ?伊瀬くん、君の話は瑞稀から聞いた事あるよ。
君がここに居て、冷静に僕に連絡出来たって事は、瑞稀のヒートも、前兆程度だったのかな…」
渚は軽い口調で伊瀬に話しかけるが、内心は口止めするか迷っていた。
瑞稀がΩである、その事実を。
「…須藤、大丈夫ですか?」
渚は布団を敷き、そこに伊瀬は瑞稀を横たわらせた。
瑞稀の部屋がある2階まで運ぶ訳にもいかないので、一時的に、だ。
「寝てるだけだよ。ホルモンバランスが崩れて…最近は特に疲労が溜まってるしね。
…何があったか、聞きたい?」
渚がそう伊瀬に尋ねる。
「いえ…須藤が言いたくなったら聞きます」
伊瀬は重苦しそうに、それだけ答えた。
「かっこいー…君みたいなαなら僕も大歓迎なんだけどね」
渚の本心だった。
今、瑞稀がどんな状況に居るか説明したら…もし相手が伊瀬のような人物だったら、君なら助けてくれる?と渚は投げ掛けてみたかった。
少しでも、希望を抱いていて欲しかった、瑞稀には。
「もう朝だけど、良かったら休んでって。布団敷くから。抑制剤も飲んでるから心配は要らないよ」
渚は眉間に皺を寄せ、何か考え込む伊瀬にそう言葉を掛けた。
瑞稀が目覚めると、頭はぼんやりとしていた。
落ち着く香り…
古くて低い天井…
この匂いも光景も、よく知っている…
「瑞稀?目覚めた?大丈夫?」
渚の顔が瑞稀を覗き込む。
安堵したと同時に、すぐに何があったか瑞稀は思い出した。
「…伊瀬くんは?」
震える声で、瑞稀は確かめずにいられない。
「始発で帰ったよ、律儀にね」
渚の言葉に、瑞稀は余りの後悔と恥ずかしさで声も出せない。
「伊瀬くんが電話くれたんだよ。大丈夫、まだ本番のヒートじゃない。彼が耐えれたのなら…」
渚が努めて軽い口調でそう言っているのが瑞稀への気遣いだと瑞稀も分かっている。
それでも、何も言えず、ただ瑞稀は顔を手で覆った。
泣く資格もない
腹を括れば良いのに
自分はΩで、αを惑わす為に存在する、と
「大丈夫だよ、僕も居る落ち着いて。ただ本格的なヒートももうすぐかもね。
用心する事だ」
渚はそう言って瑞稀の頭を優しく撫でた。
体中が熱くて、強烈な匂いがした…
目の前に居るαを欲してしまう
誰でも構わない熱にほだされるまま…
それが、伊瀬くんじゃ無くても?どのαでも?
そう思うと喬一が浮かんでくる。
あの喬一にさえ、縋り付いて体を求める自分を想像すると、震える程恐ろしくなった。
自分が自分じゃなくなる、その感覚は熱が引いた時一、体どんな感情を運んでくるのか…
「瑞稀、大丈夫だよ。自分の新たな一面なだけだ。怖がっても避けられない…なら受け入れるしか無いんだよ。
そんな自分も大事にしてあげて。どんな選択を瑞稀がしても、僕は最後まで付き合うから…」
伊瀬もそう言った
大丈夫だ、と。
いや、大丈夫じゃない。恐ろしくて、堪らない…瑞稀は声を押し殺して、とめどなく溢れる涙を手で隠した。
そんな事をしても、渚にはきっとお見通しだ。それでも、止める事は出来なかった。
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