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「喬一、お前いい加減にしろ。行くぞ」
薫が一段と低い声を出した。
その声を聞いて、喬一はポイっと瑞稀の手を離す。
ごめんね、行って、と薫は小声で言うと、手を振り早く、と合図された。
中々動き出せない瑞稀の肩を、伊瀬がぐいっと抱いて無理矢理歩かせる。
伊瀬は大通りに出てタクシーを拾うと、瑞稀を押し込んだ。
どうしようどうしようどうしよう
軽蔑された?ばれた?
瑞稀は頭が真っ白になった。
伊瀬は何も言葉を発さない。
自分の心臓の鼓動が、痛いほど大きく響いていた。
タクシーが止まり、促されて降りたのは、伊瀬と偶然会った、家の近くだった。
「送る。家どこ?」
と伊瀬に聞かれ、こっち…と瑞稀は弱々しく答える。
もう夜が明るくなり始めた頃だった。
家の前に着くと、伊瀬は瑞稀の顔をじっと見つめる。
「何があったか聞かないけど、困ってるなら、言って欲しい。俺が言って欲しいだけだけど。
出来ることはなんでも力になる。これもなりたいって、俺が勝手に思ってるだけ。余計なお世話ならごめん…」
そんな事は…と瑞稀が口にした途端、ドクンと鼓動が強く脈打った。
痛みさえ通り越して、焼けるような熱さが体中を駆け巡る。
おかしい、熱い…そこかしこ…体の内臓も、全てが…
…熱いっ!
瑞稀は咄嗟に胸を押さえる。
まさか…ヒート…?
そう思ってすぐ、瑞稀は両肩をぐっと強く掴まれた。
目の前に居る伊瀬が、顔を真っ赤に火照らせている。
「早く!家入って!匂いが強くなる前に!」
伊瀬に言われて鍵を刺すが、瑞稀の手は震えて上手く入らない。痺れを切らした伊瀬が、瑞稀の手を掴んで鍵を開けさせた。すると勢いよく引き戸を開き、鍵を閉める。
どうしようと思う間もなく、気付けば瑞稀は伊瀬の胸の中にいた。
お互い力がうまく入らず、足が絡んでもつれる。体勢を崩しそうになるのを、伊瀬は大きな体で制御し、抱き合ったまま家の中へ入ると、すぐに座り込んだ。
伊瀬が壁に背中を預け座り込み、足の間に瑞稀を置いてその体を強く抱きしめる。
伊瀬の香りを嗅ぐたび、瑞稀の体は燃えてる様に熱くなる。
もっと、もっと…伊瀬に触れたい…と瑞稀は無意識に伊瀬の体を触ろうと手を這わせていた。
どこが気持ちいいのか、もう既に瑞稀は知っている…
2人の呼吸が更に荒くなる。
不意に瑞稀は顔を上げようとする。だがそれを、伊瀬が制した。
「動かないで。顔上げないで」
伊瀬はがっしりと瑞稀の頭を押さえ込んで、肩と胸の間に埋めさせる。
「このままでいて…抑制剤ある?」
伊瀬は苦しそうな声で瑞稀にそう尋ねた。
目と鼻の先に、いつものバックが置きっぱなしにしてある。瑞稀はバックを引き寄せて、なんとかポーチを取り出した。
「飲んだら俺にもちょうだい」
瑞稀は錠剤を幾つか口に含み、すぐに飲み込む。伊瀬は瑞稀の肩に置いていた手を瑞稀が薬を渡しやすいように瑞稀の顔の前に差し出した。
瑞稀が薬を置くと、すぐに伊瀬はそれを飲み込む。そしてまたギュッと瑞稀を強く抱きしめた。
「大丈夫…、大丈夫だから」
伊瀬はそう何度も繰り返した。
欲望に流されそうになる自分に、瑞稀は情けなく、そして恥ずかしくなった。
そうだよね、伊瀬くんは…
例えαでも…自分の気持ちを裏切るような真似はしない…
伊瀬くんに幾ら触れても、本当に欲しいものは絶対に手に入らない…
それはもう、他の人に渡してしまっているのだから
私はお金でΩの自分を売った
もう充分穢れてる
欲望も快楽も、知っている
それに、私は人間じゃない
なら…いっそ…理由があるうちに…
少し呼吸が治ってきた頃、瑞稀はすっと手を伸ばす。
伊瀬の顔を両手添え、少し腰を浮かせた。
伊瀬のその唇に、そっと瑞稀は口付けた。
伊瀬の目は、これ以上ない程大きく見開かれていた。
そしてすぐ、瑞稀に取り返しのつかない大きな大きな後悔が遅いかかってくる。
「っごめん…ごめんなさいっ…」
瑞稀はただそう口走り続けた。
いつの間にか涙がとめどなく溢れて、目の前が見えなくなる。
渚に連絡しよう…
体が少し離れたついでに、瑞稀は震える手でスマホを取り出し、なんんとか渚に電話する。
発信音は聞こえた。
だが、なぜだかそれは瑞稀の耳から遠のいていく。
瑞稀はグラっと視界が揺れ、後ろに倒れ込みそうになった。
伊勢は瞬時に筋肉ばった手を伸ばすと、瑞稀の頭を自らの胸に寄りかからせた。
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