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しおりを挟む何故だろう。
凄く、見られてる気がする。
ずっと、上から下まで…
「瑞稀、最近ほんと可愛い。可愛いっていうか、なんか服とかメイクも変わったよね。似合ってる」
カフェテリアに隣同士で座る栞菜が瑞稀に言った。
「そうかな…?」
前もこんな話したな…と瑞稀は気まずくなる。
恋してる訳でも無い…ではなぜ?と思った時、人にはどんな推測が浮かぶのだろう。
「…瑞稀、もしかして」
栞菜がぐっと瑞稀に体を近づける。
なんとも言えない高そうな香水が瑞稀の鼻をくすぐる。
「Ω?」
耳元で、栞菜が瑞稀にそう囁いた。
瑞稀は目を見開き、体を強張らせる。
なぜ?
どうして?
喬一?
誤魔化さないと
早く、何か言わないと
と瑞稀の脳内には瞬時にいろんな思考が巡る。
「違ったらごめんね…。でも、私のママもΩだよ」
栞菜は瑞稀を気遣うように、そっと囁き続けた。
「え…」
瑞稀から声が漏れる。
「なんか…勘だけど。前からもしかして、そうなのかなって思って。ママを見てるから?いろんな話も聞いてたし。東條先生とも仲良いでしょ?2人が話してる時って他の人が入り込めない、凄く…高い壁を感じるっていうか…」
栞菜はチラチラと瑞稀の様子を見ながら、少し気まずそうに話を続ける。
「ママも凄く大変だったって聞いてたから、もし瑞稀がそうなら…私も力になれたらなって思っただけ。違ったらごめんね」
そう言うと栞菜は俯く。
栞菜はαだがαとだけつるむ感じの人では無かったのを瑞稀もよく知っている。
αからしたら、変わってると思われるだろうしβやΩからしたら、少し警戒されるだろう。
だが母親がΩなら、考え方も違うのかもしれない。
同じαでも、喬一をなんだか嫌がるのも分かる気がする。
喬一はαである自分を当たり前に思っていてその世界に疑いも無い。
他に興味もない、だが栞菜は自分の出自や生い立ちからして、価値観は喬一達とは180度違うだろう。
栞菜を見てると、自分もαに対して偏見が強いな…と思った。
警戒すべきは変わらないが…αであるなしに関わらず、栞菜とは仲が良くなれそうな気がした。
それこそ、伊瀬くんみたいに
「もし、私がそうだって認めたら、天草さん…何か私との関係が変わる?」
瑞稀が、自信なさげに言うと、栞菜は瑞稀の腕を掴んだ。
「知ってても、知らなくても変わらないかな…。
私には、そこまでそれは重要じゃない。ただ、力にならないといけないとか助けなきゃ、とは思うけど」
重要じゃない、気にする事じゃない…そんな人生を生きてみたかった。
伊瀬くんと走った二人三脚と同じように、ただ前を向いて、一生懸命走りたい。
自分も、普通の人間のように生きていけるのかも、そんな仄かな期待が湧いてしまいそうだった。
「天草さんて他のαと違うよね。なんていうか…」
「変わってる?」
瑞稀の言葉に被せる様に栞菜がそう言った。栞菜の目つきはどこか瑞稀の反応を面白がっている。
「うーん何が変わってるかとか基準が分からないけど、親しみやすいっていうか…」
瑞稀は言い方を間違えない様に気をつけた。
「まぁαって皆偉そうだしね。こないだ会った喬一とか?正にαですって感じ。まだ薫の方が全然良い。世話好きだから、面倒ごとによく巻き込まれてるけど」
栞菜はため息を吐きながらそう言った。
「…薫って……」
瑞稀はよく東條に絡みに行くその姿を思い出した。
「結城 薫。喬一と私と薫、幼馴染なの。薫はΩの遺伝子の研究したいらしくて、だから東條先生とよく話してる。性格は真反対なのに、あの2人ずっと一緒なの」
確かに、結城は誰にでも分け隔てなく接してる印象があった。αであれ、βであれ、誰が居てもあまり変わらない。
世話好き故、薫だからこそ、喬一とも付き合えるのかもしれない。
瑞稀は東條の部屋で、その帰りを待っていた。以前の話の続きをしようと声を掛けられたからだ。
ソファに腰掛け、ぼんやりと壁を眺める。
この間ここに来た時は、オークションの前…今ではすっかり状況が変わってしまった。
この重苦しい体も、喬一との関係が終われば軽くなっているのだろうか…
少なくとも、経済的な心配はもうしなくて済むが…
その時、扉を遠慮がちにノックする音が響いた。
瑞稀がはい、と答えると扉が開く。
「失礼します。ってあれ…須藤さん?」
開けたのは東條では無く薫だった。
「ごめん、東條先生に返したい本があっ…て……」
薫は扉を閉めると、ハッと息を吸い込み、手に持っていた本を床に落とす。
瑞稀の鼻腔に、微かに霞む匂いがあっった
その匂いは、体の奥底をどこか熱く刺激する…
「…なんで、嘘……なんでラットに…」
薫は鼻を手で覆い、瑞稀を見る。
その目に熱が籠っているのが瑞稀にも分かった。
「まさか…須藤、さん。んぅっ須藤さん、逃げてっ」
薫は顔を歪ませ、自らの欲求を制御しようとしていた。
瑞稀は慌ててポーチを取り出し、抑制剤を取り出す。だが、αにも同じ様に効くかは分からない。
瑞稀が差し出した手に、薫はゆっくりと手を伸ばした。
薫の呼吸が荒い。
もし、自分もヒートを経験していれば、今…瑞稀はゴクリと喉を鳴らした。
体が熱い…
そう思った瞬間、瑞稀は強い力で引っ張られ強い匂いに頭がくらくらとした。
薫はくぐもった声を漏らし、瑞稀を強く抱きしめる。
2人の荒い呼吸が、部屋に響き渡る。
この匂い…貪り尽くしたい…
「ちょっとごめんね」
ぐっと骨ばった腕が薫と瑞稀の間に差し込まれ、それは強い力で瑞稀から薫を引き剥がした。
「瑞稀ちゃんとよりも結城くんの方が危ないから、勘弁してね」
東條だ。
東條は後ろから薫の首に手を回し、もう片方の手には注射器が握られている。
既に、その注射器は薫の腕に刺さっていた。
「ちょっと痛いけど、すぐ効くよ」
薫の呼吸は落ち着き始め、顔色も段々と落ち着いたものになる。
「須藤さん…怖い思いさせちゃって、本当ごめんね」
体調が落ち着いた薫は、ずっと瑞稀に頭を下げていた。
瑞稀は首を振り、薫の体調が気になった。
ラット、それは正に人を変える…その豹変ぶりにただただ圧倒された。
「結城くん、瑞稀ちゃんの事は誰にも言わないで欲しい。君はαだよね?他のαに知られれば、もっと大変な事になるかもしれない。今日あったことは、僕も見なかった事にする」
東條は瑞稀と薫にコーヒーを出すと、穏やかにそう言った。
「僕もΩだ。結城くん、僕は今日の証人だからね。言ってる意味、分かるよね?」
その端正な顔に笑みを浮かべていても、どこか怖さを感じるのは瑞稀だけでは無いだろう。
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