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しおりを挟む「同じ大学だったんだね。Ωちゃん優秀じゃん。まぁヒートがなきゃまだ勉強も捗るか…この辺りのエリアが望ましいって聞いてたけど、なるほどね。
ここならいつヒートが来ても、大学近いから安心だわ」
大学で会った夜、さっそく喬一は瑞稀の元へやってきた。
もうこれだけ相手が近くに居るのなら、プライバシーとか…どこまで国が守ってくれるのか…、と瑞稀は疑問に思っていた。
「俺、千扇 喬一。偽名じゃなかったでしょ、喬一って。」
そう微笑んで、喬一は立ち尽くす瑞稀を抱き寄せる。
「無口だね、相変わらず。同級生なんだから、仲良くしようよ」
喬一は瑞稀に顔を近づけて、不意に口付けしようとする。瑞稀は瞬時に顔を逸らした。
「ああ、嫌なんだっけ。もっと凄い事はオッケーだけど、これは嫌なんだよね」
喬一が瑞稀とピタリと体を合わせ、左右の手は瑞稀の服の下入れられる。
滑るように、その手は肌を這い始めた。
慣れとは恐ろしいもので、瑞稀の体は喬一に触れられる度に、素直に熱を帯び始めていた。
「やっぱ成果出て来てるよ。ほんのちょっとだけど、匂い強くなってる気がする。興奮する…」
瑞稀の体から力が抜け始めて思考が止まる。止まった方が良い。
「そろそろ玩具使おうか?気持ち良いよ、絶対」
そう言って、喬一は瑞稀の手を引いて、ベットへその体を押し倒した。
「ねぇ、腹減らない?」
「いいえ…」
瑞稀は裸でベットに横たわったまま、ぼんやりと天井を眺めている。
いつもの様に、ある程度の事を済ませると、喬一はシャワーを浴びに行った。
いつもと違うのは、寝室に戻って来て瑞稀を食事に誘ったことだ。
「Ωちゃん、いや須藤さん、ちょっと痩せたよね?ていうか連絡先知らないと面倒だから教えて?」
喬一はもう名瑞稀の名前も学部も知っている。気が向けばもっといろいろ調べられるだろう。
電話番号くらい教えても、もうさして影響も無い。
諦めの気持ちが大きかった。
重い体を起こして、電話番号だけを手短に教える。
「瑞稀ね、瑞稀。なんか食べ行こうよ」
「…そんなに高い物食べれません」
どうせ値段も見ずに食べたいものを食べるのだろう、何も考えず、お金の心配も無く…残念ながら瑞稀はそうじゃない。
「いや、誘ったんだから普通に奢るし」
「いいです。お一人でどうぞ」
瑞稀はもう一度横になった。
男という生き物は、自分が達するともう女や性には興味は無くなるらしい。
こちらが肌寒くとも、さっさと起きて好きな事をし始める。
そんなものなのだ、と喬一との関係から学んだ。
「面倒くさー。Ωの処女めんどくさー。ほら、起きて」
喬一は瑞稀を無理矢理起こし、自分が好きそうな薄手で裾の長いキャミソールワンピースを出してきて瑞稀に着させる。
もう嫌とも言う気も起きぬ程、瑞稀は疲れていた。大人が使う玩具、というもののせいで。
「何食べたいの?車出す?」
「…」
この男に、瑞稀が行きたい店を行ったら、果たしてどうするのだろう。
「じゃあ…」
大通りから細い路地を入って、地下駐車場の建物がある裏手に、ひっそりとラーメン屋がある。工事現場で働く泥だらけの人、スーツ姿の人、色々な人が来る庶民的な、小さく狭い店だ。
間違いなく、喬一のような人種は来ない。
入ってからも喬一は物珍しそうに店内をキョロキョロし、スマホで写真を撮ったりしていた。
瑞稀はそんな喬一を気にも留めず、淡々と食べ、淡々と会計をし、店を出る。
「あのさ、一緒に入ったんだから一緒に出ようよ、びっくりするわ」
喬一の事など気にもせず、瑞稀は店を出たが、喬一は慌てて瑞稀の後を追ってきた。
「…同じ店で食べただけじゃないですか。別々に出て何かおかしいですか?友達でも無いし」
瑞稀は落ち着いた口調でそう言う。
嫌味でも皮肉でも無い、事実だ。
「…同級生じゃん?まぁ確かに仲良くはないけど。裸の付き合いの割に」
喬一は瑞稀の歩みに合わせて、あの部屋への道を歩く。
帰らないのだろうか
まさかまだ何かするのか…
瑞稀の気は重い。
「瑞稀は契約が履行されたらどうすんの?ていうかお金何に使うの?」
踏み込んだ質問だな、と瑞稀は思った。
「Ωってヒート1週間以上も続くんでしょ?大変だね。金稼げないよね、そりゃ…ああ、大学の学費とか?私立だし、きっときつよね、薬学部じゃ」
きついのを既に知ってるのだな、と思った。名前がわかった時点で調べられる範囲の事は調べたのだろう。
「そうですね。αにも狙われて大変ですね」
そう言いつつ、結局αに囲われてる自分がなんとも皮肉だ。
「まぁそりゃそういう特性だしね」
当たり前でしょ、という風に喬一は言った。
確かに…仕方ない。Ωがどれだけ悲劇的な人生を辿るか知らない訳では無いはずだ。関係無いだろう、αなら。
その程度の認識だろう。
瑞稀も別に慰めて欲しい訳でも同情して欲しい訳でも無い。
「で、契約完了したらどうすんの?」
しつこいな、と瑞稀は喬一を見る。
横断歩道の信号は赤になった。
喬一は首を傾げて、答えを待ってる様だ。
「奨学金を払った余りで手術して、2度とヒートが来ない体にします」
瑞稀は真っ直ぐ喬一を見てそう言った。
「…は?」
「冗談でしょ?本気?子供産めないよ?それに…勿体無いじゃん、とんでも無く気持ちいい事出来るし、せっかくα産めるのに」
αが産めるのに…自分の出自とどこか重なる言葉だ。
αは感情にあまり流されない。合理的に最短距離を行く。だから、遠回りばかりして効率の悪いΩの気持ちなぞ、理解出来ないしするつもりも無いだろう。
αが、人間ならΩは一体なんだろう。
ふいに東條が浮かんだ。
東條の伴侶は、東條を人間として扱ってくれるのだろうか。
喬一や瑞稀の父のようなαばかりでは無いとわかっている。
けれども、現実はこんなものだろう。
Ωの価値は、αを体で楽しませて、同じ様なαを産んで貰うためのもの。
きっと普通に思い合うなんて、できないだろう。だから、運命の番というものがあるのかな…と瑞稀は思った。
「ていうか番見つければ良いじゃん。噛んだら、ヒートも無くなるんでしょ?」
そう簡単に見つかるのなら、きっとΩは皆すぐ番うだろう。
「…お互い以外と体を重ねられないんですよ?わざわざαがそんな事しますか?耐えれます?」
瑞稀がそう言うと、喬一はうーんと考え込んだ。
「まぁ好きなら…結婚したいとか?[#「?」は縦中横]それこそなんだっけ、あの有名な教授みたいに」
歩みを止めていた赤信号が青に変わる。
早く帰りたい
家に…
早く帰りたい
瑞稀の歩は自然と速くなる、帰りたい家では無いけれど。
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