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塒 七巳

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喬一はそれからふらりと部屋に来て、瑞稀の体に刺激を与え、自分も果てるとすぐに帰るか、寝ても夜明け前には居なくなっていた。
 
 
 無防備に、裸のまま寝ている喬一を見ていると、瑞稀はその非現実感にこれは今現実なのか、とその寝顔を見つめてしまう。
 
 
 ベットの中の喬一は優しい。
 
 
 何度も肌を重ねるうちに、瑞稀の身体は麻痺したように与えられた快感を拾った。
 
 
 喬一は瑞稀が嫌と言うことはしない。 瑞稀の反応を目ざとく察知して、逃げる行手を阻み、慣れた手付きで瑞稀を快感に導いた。
 
 
 
 それが、嫌だった
 乱暴なら、獣だと思って大嫌いなままなのに
 
 
 
 勘違いして、この異質な関係を肯定したくなる。まるで恋人なんだ、と自分を錯覚させれば、少しは楽になるのだろうか…
 
 無防備な裸だと縋りたくなる時があった…そ
 
 っと抱きしめて甘い言葉を囁いて欲しい
 
 そうやって、全てを忘れて、夢の中に居たいような感覚だ。
 
 
 体は触れ合っているのに、虚しくぽっかりと空いた穴がどんどん内側に広がっている。
 
 自分の体がどんどん自分とは遠い所に行ってしまう。引き留める事も、もうできない所まで。
 
 
 
「なんか…瑞稀、変わった?」
 
 ピンク色の髪をした環七と瑞稀は学食のカフェテリアに座り、共にお昼を食べていた。とはいえ、瑞稀は持参の弁当で栞菜はオシャレなカフェテリアのランチだが。
「そう?」
 しらばっくれる瑞稀だが、自分でも服装や髪型、人から見られるという点に注意を払い出した。
 眼鏡も喬一が放り投げたせいで割れてしまったので、眼鏡も最近はしていない。
 
 喬一が用意した服は喬一がいる時にしか身につけないが、手持ちの服も安物でもそれなりに自分に合うものが分かってきてそれを合わせている。
 
 高級な物に囲まれていると確かに目は肥えるらしい。
 
 
「眼鏡もやめて…なんか可愛い。前から可愛いけど。あ、恋とか?」
 栞菜の声が高くなり、顔に揶揄うような笑みを浮かべる。
 
 
 恋…
 
 なんで…すぐに伊瀬くんが浮かぶんだろう
 
 瑞稀の呼吸が一瞬止まる。
 
 恋よりももっと、生々しくドロドロとした泥の中に瑞稀は居る。それを忘れてはならない気がした。
 
 
「まさか…あり得ないよ。貧乏暇なしだもん」
 瑞稀はそう言ってお弁当に目線を戻す。茶色く質素なお弁当に。
 
 カフェテリアの入り口が俄かに騒がしい。
 
 瑞稀は入り口を背にしてるが、それでも聞こえてくる。きっと華やかなグループがガヤガヤと入ってきたのだろう。
 
「っげ」
 栞菜は入り口を見て、可愛らしい顔を酷く歪めた。
 
 瑞稀がその様子に首を傾げる。
 
 
「悪趣味なサーカスの人かと思ったら、栞菜じゃん」
 その声に、瑞稀の全身に鳥肌が走り、指の先まで凍りついた。
 
 
 まさか、そんなはずない
 そこまで残酷なことは起きない
 
 
「悪趣味なサーカスぅ?いつまでそれ言ってんの。こっちだってあんたの顔なんか見たくないのよ、喬一」
 
 環七と喬一は、知り合いらしい。
 瑞稀の心臓の音が、大きく耳に響いた。
 
 瑞稀は一切、喬一の方は見ていない。
 
 だが、喬一が瑞稀に気づいたのが分かった。
 
 喬一、というのも偽名では無かったようだ。あの男について知っている唯一のもの。偽名であると思っていたのに。
 
 
 喬一は覗き込むようにして瑞稀と無理矢理目線を合わせる。
 驚く程に整ったその顔は、両眉を上げ、あれ?っと口元に笑みを浮かべて瑞稀の反応を見ていた。
 
 
「どこかで会いましたっけ?」
 喬一はそうふざけるが、瑞稀は体中の血の気が失せる。
 
 怪訝な目つきで栞菜は喬一と瑞稀を交互に見た。
 
「喬一、やめて。本当きもい」
 
 
「挨拶しただけじゃん」
 
 そうやって栞菜と喬一が話してる声も、どこか遠くに聞こえるような気がした。
 
 
 
 同じ大学だったんだ
 …いずれ本名や学部もバレてしまう
 
 もし…バラされたら…
 
 
「瑞稀、瑞稀?」
 栞菜から何度も呼びかけられ、や瑞稀はっと目線を上げる。
 
「大丈夫?顔色悪いよ?あんたのせいよ、喬一」
 
 そう、この男が原因ではある。
 
 
「喬一、栞菜、もういいから。ごめんね、須藤さん。須藤さん、だよね?」
 そう言って栞菜と喬一の間に入るのは、喬一と同じくらいの背丈で、同じくすらっとした端正で柔らかな顔立ちの男性だった。
 
 何度か東條の部屋で会ったことがある。
 
 栞菜と喬一同様に、αの結城ゆうき かおるだ。
 
 そして栞菜と同じく、結城は東條のファンのように瑞稀には見えていた。
 
 
「ほら、行くぞ」
 薫は喬一を引っ張り、その先に居る男女の華やかなグループに連れて行った。
 
 去り際、喬一は意味ありげな目線を瑞稀に向ける。
 
「またね、須藤さん」
 
 瑞稀は、グラグラとする視界に飲まれないように、なんとか冷えた足に力を込めて、倒れこまないように踏ん張った。
 
 
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