私に残った物、もうΩしかありません。

塒 七巳

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 青葉の片付ける手は時折止まり、その度に頭はボーっとする。
 部屋がそれでも大部分が片付いた頃、青葉の頭は古いインターホンの音でハッと現実に戻った。

 チェーンをして扉を開けると、そこには忙しそうな宅配業者の男性が立っている。
  
 差し出されるまま、青葉がそのまま自然な動作で受け取ったのは、分厚いオークションの書類と、綺麗に梱包された程よいサイズの長方形の箱一つ——
 
 その箱に、差出人の名前はなかった。
 
 不審な荷物は受取拒否をするべきなのに、青葉は書類に気を取られていた。
 不意に顔を上げても、既に配達業者の姿は見えない。
 
 試しに青葉が箱を軽く揺らしてみると、中に入ったモノはガタゴトと音を立ていびつに滑り動く。
 暫しの睨めっこが続き、青葉のスマホが唐突に鳴った。
 
 目は箱を睨んだまま、青葉は電話に出る。だが番号をよく確認しなかった事に気づいて、青葉は声を発さず耳を澄ませた。

 やっぱり疲れてるのかも……——と青葉は意図せずため息を吐いた。


「……青葉?」
 
 耳から聞こえたその声に、青葉の体はすぐさま反応する。その低く滑らかな声が青葉の体を突き抜け、微かに震わせた。
 
〝嘘つき……〟
 あの声を、思い出してしまう——

 余韻が、まだ体に残っているのかもしれない……と青葉は乱れそうな呼吸を整える。
 
「……」
 
「……届いた?」
 
 海途にそう尋ねられて、青葉は眉を顰め困惑した。
 
「……なんで……番号」
 
「この間、なんでか青葉のスマホで俺の番号入れて発信してて……履歴が残ってたから」
 
 その淡々とした言い方が、嘘ではなさそうに聞こえるが、果たしてそんな事があるのだろうか——?
 と青葉は怪訝な顔を浮かべる。嘘なのか、本当なのか声だけでは判断出来なかった。
 
「まぁそっちもなんでって感じだけど……届いたって……何、これ?この箱……」
 
 電話番号に謎の箱……青葉の頭は理解が追いつかない。
 
「……似たもの探したつもり」
 
 海途にそう言われて、中身が靴だと分かるのにそう時間はかからなかった。

「……なんで」 

「穴が空いたままだと、転ぶかもしれない」
 
 転ぶよりも、もっと……とんでもない事をしでかした後なのに——
 なんで靴なんて……と青葉は立つのも億劫になり力無く膝を床に着いた。
 
 呼吸を整え、感情の整理もつかないまま、青葉はなんとか冷静さを保つ。

「止めて、困る。あと連絡先も消して。
 本当か嘘か知らないけど……あの時は私がラットを誘発しちゃったし、こんな事しなくて良い……」
 
 αのストーカーとか勘弁してよ……と冗談でも言いたい気分だが、そんなに打ち砕けた雰囲気になるわけにはいかない。
 ヒートを起こしてラットを誘発させた——高校の時と一緒だ。
 
 繰り返される状況が、嫌でも自分がΩであると青葉に突き付けてくる。
 
 それなのに……自分は……——

 そう思って青葉は首を左右に激しく振る。
 情けなくも拒絶は上べだけの建前の様に、海途を押し返す力は、さして入っていなかった。それだけが、あの時とは違うかもしれない……——
 自ら手を伸ばし、求められる事より求めることに幸福を感じた——
 
 気づかれてはいけない。
 
 だが、海途の一挙手一投足が青葉の調子を少しずつ確実に狂わせる。
 
 大人になった海途は、より落ち着いて余裕を感じる。なのに強引で無鉄砲な所が、あの冷たそうな外見からは想像出来ない程高校の頃と変わっていない。
 
 
「……永瀬の言う通り、おれも同類なんだ。青葉にだけは死ぬまで気づかれたく無かったのに……」
 
 青葉にはさっぱり分からない言葉が海途の口から吐かれる。
 その言い方は海途の感情をより身近に感じる様な、取り払われて露になった本心に近いように青葉には感じた。
 

「履いてる所見せて」
 
「は?」
 
「サイズとか心配だった」
 
 まるで軽い口調だ。
 それが本音なのか、もしくはその本音の裏に隠すものがあるとしたら……——
 
 受話器に当てる青葉の耳が熱くなる。
 
 
「……送り返す」
 
「家に行こうか?」
 
 ふざけてる、やっぱりストーカー?どうしちゃったの?——
 青葉の口からそんな言葉が出しまいそうだった。
 声は至って落ち着いている海途だが、言っていることは駄々を捏ねる子供に近い。
 
「こんな事して良いの?……橘くんの大事な人、これ以上傷つけたくないでしょ?私も……もうそんな事に加担したくない……」
 
 あんな事の後だ……言い訳も出来ない——と青葉も分かっている。
 
「傷付けないためだよ、もう誰も……」
 
 酷く、優しい声だった。
 ずっと聞いていたいくらい、柔らかで、青葉の中の深い場所まで海途の声は沈み込む。
 そして、切なく胸を締め付けた。

 海途のその言葉は、青葉にはどこか察するものがあった。
 
 その言葉が指す意味を分かるようになれたのは、年齢を重ねたからかも知れない。
 
 胸がジリリと灼けて青葉は言葉を出せない。
 
 それでも、耳に残る海途の声の余韻が、切ないまま青葉の体の中で響いていた。

 

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