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しおりを挟む「……青葉、一人にしてごめん」
海途は微かに震える声でそう言った。
一人にして——
海途の言葉に、青葉は違和感を覚える。
もうずっと一人だ……——
むしろ、一人を望んでいた。
失う物が無くても、新しく得たくも無い——……またきっと、失うから——
だから、一人を望んだ。
それは、決して間違っていなかったと青葉は再度確信した。
青葉は、海途に曝け出すわけにはいかない。味わう苦しみにどれほど身を焼くか、嫌という程知っている。
「……どうして橘くんが謝るの?橘くんは何も悪くない……。関係もない……だから、もう何もしないで……」
青葉は落ち着いた、突き放すような口調で海途にそう言った。
立ち上がれる気力がもうそんなに残っていないと分かっているから、これ以上近付かないで——……
それが、青葉に出来る最善で最良の答えだった。
「橘くんは幸せに生きてって。私の事は、全部忘れて。彼女……こんな場所に居るって知ったら、心配するよ……」
青葉の落ち着いた態度に、海途は決して埋まる事の無い距離を感じた。
深く、広い、亀裂のように——
「……オークションに出て、後悔しない?」
「しないよ。私は大金を貰って、αは気持ちいい思いして、終わり……。
もう……誰かを好きになるとか一緒に生きていきたいとか絶対思えない。だから、丁度良い……。
番とか、結婚とか、そういうのはもう……要らない」
落ち着かないといけないのに、感情的になっている——と青葉も自覚があった。
これじゃあまるで、強がっているのかと勘違いされかねない……——
見透かされてしまう……——
それでも、海途を前にすると、青葉の情緒は波のように揺れ動く。
固まった決意まで、拐われてしまいそうになる……——
「もういい?あとこれ持って帰って。もう、好きじゃ無いから……」
青葉は海途にプリンが入った厚紙の袋を返す。
海途は立ち上がったが、その紙袋を受け取らず、差し出した青葉の腕をじっと見ていた。
「……前も思ったけど、ちゃんと食べてる?」
海途の視線は、青葉の腕から首に移る。
「食べてるよ。元気そのもの」
あっけらかんと返す青葉の胃袋は、確かにここ最近更に小さく縮こまっている。だが特段空腹も感じない。
あいつに、杉崎に会ったせいだ——と青葉も原因は分かっている。
「……青葉、言おうか迷ったけど、この間っ……杉っ……——」
海途の言葉が、不自然に止まった。
青葉も、その一瞬に違和感を感じ、海途を見る。
どうしたのだろう――……それを確かめる間も無く、青葉の体の奥から燃えるような熱さが体中全て燃えつくすような勢いで青葉に襲いかかった。
おかしいっ!早すぎるっ——!
青葉がそう思って直ぐ、鼻腔からえも言われぬうっとりとするような香りが入って来て、脳をビリビリと刺激する。海途の香水の香りなぞ、いとも簡単に打ち消して——
顔を上げると、海途は耳まで真っ赤にしながら鼻を手で抑えている。
マズイッ……——
荒い息で、青葉は海途を見上げ続けた。
なんとかしなければいけないのに、体は動かない。
目に焼き付いて離れない海途の大きな手が、青葉の頼りない手首を掴む。
そこから痺れるような電流がすぐさま流れ込んで、骨まで震わせた。
お互いの体は、今か今かと乾きを満たすため、燃えたぎる欲情に煽られている。
「っ早く……!出てって……」
青葉はなんとか体を動かして、注射器を掴み上げる。何処でも良い、早くっ、と焦るせいか、震える手は上手く注射器を体に打つ事が出来ない。
注射器を持つ手までが、熱さに痺れた。
体の奥の芯を、堪らなく切なくさせるこの匂い……——ああ、そうだこんな匂いだった……——
脳みそが締め付けられるみたいな、αの匂い——あの時もそうだった あの二人から強烈な、ラットの……
でも少し違う…——
むせかえる程の香りが、どこか甘い……甘くて、懐かしくて、安心する……——
品が良く爽やかんで色っぽい海途の香水よりも、よっぽど芳しくて、その存在そのもの全てを取り込んでしまいたい……
欲しくて欲しくて堪らない——
あなただけの香り——
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