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「——っ」
 悲鳴にならない悲鳴を上げた青葉は、目を見開く。
 
「なんで……」
 咄嗟に漏れた疑問だった。
 
 
「……ごめん。……調べた。どうしても——」

〝会いたくて〟
 
 ……——違う
 その表現は相応しく無い——
海途は一瞬だけ目をぎゅっと閉じる。
 
 ただ、杉崎の事があったから……そう言うべきか、青葉を前にすると海途は迷い、上手く口が回らない。
 
 
「っ……心配で」
 海途は一度言い淀み、なんとかそう言葉を紡いだ。
 
「……帰って」
 青葉はそう言ってお構い無しにサッと扉を閉めようとする。

「これで最後にする……」

 これで最後……僅かな扉の隙間から、海途のはっきりとした声だけが確かに入り込んできた。
 これで最後……もう会わずに済む……——

 青葉はドアノブを握りしめる。
 
 機嫌が悪い顔のまま、青葉は少し乱暴にチェーンを外した。


「……座る場所無いけど」
 
 青葉はぶっきらぼうにそう言って海途を迎えた。
 頭を少し前のめりにして海途は小さな玄関でよく磨かれた革靴を脱ぐ。

 ベッドの前に小さな机があるだけの部屋だ。玄関の横に小さな台所、その奥に狭いトイレと風呂がある。
 
 所々黒ずみ、通気性も良いとは言えない部屋の中には、買ったばかりの品物が袋の中に入ったまま幾つも床に置かれていた。
 
 
「机の前に座って。座れるなら……」
 
 そう促された通り、海途は幾つも置いてあるビニール袋を上手く避け、体を小さく小さくしてその場へ座りこむ。
 
 その様子がなんだかおかしくて、青葉は意図せず一瞬口の端が上がってしまった。


「……あと、これ、良かったら」
 
 海途は手にしていた綺麗な紙袋を青葉に向かって差し出す。青葉は受け取るのを躊躇して首を傾げた。

「……プリン。もう、好きじゃ無い?」

 海途の表情は余り豊かとは言えない。
 高校の時よりも、ずっとその感情は読み取れないが、一応青葉の反応を気にしている——という気配は青葉も感じ取れた。
 
 10年……彼は確かに変わった……——
 
 なのに、そんな10年前の思い出を抉るような事、しないでほしい——
 と青葉の胸に、刺すような痛みが走る。
 
 高校の頃、帰り道のコンビニで買うのはいつもプリンだった。
 海途は青葉のその様子を見て、そのうち黄色くなるんじゃない?と言ってからかってきたが、お土産、と言って自分がコンビニに寄る時はいつも、青葉にプリンを買ってきてくれた。今とは違う、もっと柔らかな笑みで、海途はそれを青葉に差し出してきて……——
 

「……ありがとう」
 青葉は上辺のお礼を伝え、その紙袋をどぎまぎと受け取る。

 紙袋をキッチンに置き、小さな冷蔵庫を開くと、作り置きの麦茶を出しコップへ注いだ。それをコースターに乗せ、海途が座る机の上に置く。


「誰にここの住所聞いたの……?」
 青葉は少し距離を空けて立ったまま壁にもたれた。

「……そういうことを探す、専門の人に」
 
 切れ長の大きな目が、青葉を見ている。
 
「……わざわざお金払って?」
 
 青葉がそう言うと、海途は気まずそうに目を泳がせ何度か小さく頷く。そんなアテがあるのも驚きだったが、そこまでしてこんな部屋へ来るなんて……と、青葉は呆れた。
 
 決して安く無い費用だったはずだ。
 それに、青葉はΩで、過去の出来事柄それなりにその個人情報は障壁が厚い。
 
 海途の持つ人脈というものには、白黒様々居るのだろう……と青葉はそれなりに理解した。

「辞めたって聞いたから……」

「……変なの。そこまでする?普通……」

 確かに少し強引で、突っ走るような所が海途にはあった。それが他の生徒の人望を得る一端だったのもある。
 
 青葉は思わずフッと呆れた笑いが漏れる。
 
 その青葉の表情が、海途には一瞬だけ幼く見えた。
 
「俺のせいだと思って……」

「違うよ。元々そういう働き方しか出来ないから。まぁ……キッカケにはなったけど、仕方ないよ……」
 
 青葉はゆっくり首を振る。

「……仕事辞めさせたキッカケが目の前に居るのに、怒らないの?」
 
 海都の目付きは、どこか少し鋭くなった。
 
「……怒っても仕方ないよ」
 
「……そういうの変わってないな。肝心な事は、何も言わない……。青葉が何考えてるのか……分からない」
 
 最初こそ多少の気まずさを感じていた海途はいつしか苛立ち、僅かな怒りさえ青葉の前に露わにしていた。
 
「……もういいよ」
 
 青葉はその様子を見て、あからさまに面倒そうなため息を吐く。
 
「良く無い。もっと怒れ……責めろよ、俺が悪いって——
 そもそも……」
 海途は息を吸い込み、苦しそうな顔を伏せる。
 
 感情を露わにする海途を前に、動揺する青葉は冷静な振りをする事に必死だった。
 
 青葉は自分の部屋に海途がいる事に、どこか現実味がない。変な夢に魘されすぎて、今この時さえ夢の中に居ると錯覚しそうだ。
 海途の香水が、微かに香ってきて、青葉の中の奥底に確実に届きつつあった。

 その先は、言わないで……
 どうか、どうか……

 青葉の耳を、脈打つ自身の鼓動が、震わせていた。
 
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