私に残った物、もうΩしかありません。

塒 七巳

文字の大きさ
上 下
20 / 30

20

しおりを挟む

 
「……あの人……有名なの?」
 
 青葉は有紗の部屋のゲストルームで、深く短い睡眠を摂った。目が覚めて目眩も治った頃、有紗はタイミング良く青葉の顔を覗きにきていた。
 
 青葉は有紗の顔を見ると、上体をなんとか起こし、有紗が青葉にミネラルウォーターを差し出す。
 青葉が尋ねた質問の前に有紗は飲んで、とペットボトルのキャップを捻った。
 

「青葉テレビ持ってないし、snsもやってないもんね。有名だよ、グループの曲の殆ど作詞作曲してるし海外ドラマも最近出た。私もちょっと前に誘われてライブ行った事ある。
 高校から大学までずっと海外に居たって聞いたかな……?だから語学も堪能なんだって」
 
「……へー」
 
 高校から……ということは、あの後は海外で暮らしてたということだ。
 
 杉崎 隆聖すぎさき りゅうせいという同級生の名前を青葉は死ぬまで忘れることが出来ない。
 忘れられないように、脳は刻み込んでしまった。

 杉崎は暖かな心地の良い陽の下を、堂々と歩いている——
 いや、恐らくもう一人のαも……——
 
 私は、影から出られないのに……——
 
 そんな考えても仕方の無い思いに、青葉は酷く顔を歪める。
 
 結局、自分だけが10年前の出来事に囚われたままなのだと、痛感させられた。
 
 
 
「ねぇ有紗……」

「んー?」
 有紗がベッドに腰掛け、青葉の顔を覗き込む。
 

「……価値がなくなったら……私も、一緒に……」
 青葉は青白い顔を上げて、有紗にそう溢す。
 その先は、きっと言わなくても分かるだろう。
 
 囚われのまま、そこから解放される方法というのは、いつの世も限られる。

 有紗は一瞬驚いて目を見開くが、直ぐに元の表情に戻して青葉の背を優しく何度も摩った。

「早く寝な……。今日は。とりあえず朝になって、ご飯も食べたらもう一度考えてみよ?太陽の光、浴びてさ……」
 
 そう言って有紗が青葉をまたベッドに寝かせてその体を軽くトン、トン、とリズムを取って寝かしつける。
 
 
 ここは安全だよ、大丈夫だよ、と小さな子供を安心させるように……——
 
 

「……言いたくない事なら言わなくて良いけど、青葉……Ryuseiと何処かであった事あるの?」
 
 有紗が頼んだヘルシーで見た目も可愛らしい朝食の数々がテーブルに並び、有紗と青葉はそれを囲む。

 フルーツの香りが爽やかで、青葉の気分は幾分良い。
 
「……」
 何も言えず、青葉はオレンジジュースを手に取るとそれを流し込み、喉を鳴らした。
 
「……美味しい?食べれるだけ食べなよ。ヨーグルトとか、食べやすいと思ってさ」
 有紗は何も無かったように、自身も食事に手を伸ばす。
 
 青葉がもう一度喉を鳴らしてゴクッと、唾を飲み込んだ。
 
「……高校の時、昨日見た杉崎に……あのRyuseiって人に……いや、あともう一人居たけど……。あの日は、私に来た初めてのヒートの時で……二人はαだったから、フェロモンに当てられて……」
 
 青葉がゆっくり言葉を紡ぐと、有紗も手を止めてそれをじっと青葉を見つめる。
 
「私は、行政の措置で逃げるように引っ越したけど……家族にもそれで凄く迷惑掛けて……。結局、家族とも縁切ったから……もう、家族に、迷惑はかけずに済むんだけど……」
 
 青葉が言い終わると、有紗はすぐに立ち上がって青葉を抱き締めた。

「私が連れて行かなければ良かった。
 ごめん……」
 有紗の言葉に、青葉は首を振る。
 有紗は仕事を辞めた青葉を励まそうと外へ連れ出してくれた。
 
 
「有紗は何も悪くない」
 
 青葉はそう言って強く強く抱き締める有紗の体に頭を預ける。
 
 有紗は悪く無い。
 
 誰が悪いか、なんて……誰も決められない……
 ただΩに、陽の下を歩く事は許されていない。
 いくら望んでも、影からは出られない。
 
 αの所有物として、その頸に印を貰わない限り……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

処理中です...