14 / 30
14
しおりを挟む並べられたままの皿……
丹念に作り込まれた綺麗な盛り付けと、最高の景色……
それを前にしても、全く顔色を変えない人物は青白い顔で目の下にクマを作り、
華奢な体から伸びる真っ白く細い手首はなんとも頼りない……——
掴んでみれば、まるで細枝の様だった……——
海途は自身の手のひらを見つめて先ほどの感触を思い出す。
雨に濡れた薄汚れた資格の本は、それでも青葉が寝る間を惜しんで勉強に勤しんでいるのが海途にも分かる。
だが、それが上手くいっているようには見えない。
極め付けは、オークション……
資格の本からしても、人生を変えたいのだろう、Ωである自身の人生を——……
少しでも、良い方へ——……
海途は見つめていた掌で、自身の酷く歪めた顔面を覆う。
学生の頃の星川 青葉——……
その頃の明るさも、溌剌さも、今は微塵も見えない。
海途は大きく長い溜め息を吐く。
それでも、どうしても、海途は青葉と話したかった。いや、話してみたかった——
もし、許されるのなら、時が少しでも二人の関係を、そのわだかまりやすれ違いを、少しでも流してくれたなら……
一緒に酒を飲む日が来たりするのかもしれない……——
そんな考えが過った事が、海途にはあった。
成人して、30も手前になったお互いが、それぞれの立場でグラスを交える……——
少しでも美味しいものを口にすれば、雰囲気も変わって話し易くなるかもしれない——
もしも、そんな機会が訪れたら——
会わない間、何をしてた?どんな人生を歩んだ?普通なら昔話に花を咲かせて懐かしみ、お互いの近況を聞いて充実した時間の経過を噛み締めるだろう。
もしαとΩじゃ無かったら、それが出来たかもしれない……——
もしあんな事が起こらなければ……
もし、自分達の関係が知り合いもしくは友人のままだったら……——
都合の良い夢、能天気な妄想……
ほんな僅かな、期待と願望……——
だが、やはりそんな日は訪れ無いらしい……
海途の中の青葉は、制服に身を包んだ学生の時のまま止まっている。
〝結婚したの?〟
なぜ、あんな風に聞いたのだろう……——海途も予想せず口を突いて出た問い掛けだった。
なぜ、安斎なのか?
その理由が、幸せなものであってほしい、という縋るような願いだったのかもしれない。
それなのに、星川青葉は安斎青葉としてオークションの書類を手にしていた……
なぜ——?
青葉はきっと、幸せに生きてると海途は夢見ていた——
見知らぬ場所で見知らぬ人と、過去を忘れて幸せに生きている……——
そんな風に思えば、自分の後悔と罪悪感が薄れて、軽くなった。
けれどもそんな思いとは裏腹に、自身の目に映る彼女は、幸せには見えない。
あれは……あんなふうに生きてる星川は、星川じゃないでいて欲しかった——
それなのに、首筋に見えた二つ並んだ小さなホクロは海途には特別なもので、疑いは確信に変わり、驚きと困惑で激しく動揺した。
それを隠すのが、どれほど大変だったか……
海途は顔を上げ、並べられた料理と、誰も座っていない向かいの席を見る。
先程まで座っていた人物の形を目でなぞりながら、確かにそこに座っていた青葉の姿を思い出す。
星川、いや青葉……今、幸せ?——
たったそれだけを海途は確かめたかった。だが、確かめなくても、そんなもの見れば分かる……
消えてしまったあの頃の彼女の面影を、海途は必死に思い出していた。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる