私に残った物、もうΩしかありません。

塒 七巳

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 並べられたままの皿……
 丹念に作り込まれた綺麗な盛り付けと、最高の景色……
 
 それを前にしても、全く顔色を変えない人物は青白い顔で目の下にクマを作り、
華奢な体から伸びる真っ白く細い手首はなんとも頼りない……——
 
 掴んでみれば、まるで細枝の様だった……——
 海途は自身の手のひらを見つめて先ほどの感触を思い出す。
 
 
 雨に濡れた薄汚れた資格の本は、それでも青葉が寝る間を惜しんで勉強に勤しんでいるのが海途にも分かる。
 だが、それが上手くいっているようには見えない。
 
 
 極め付けは、オークション……
 
 資格の本からしても、人生を変えたいのだろう、Ωである自身の人生を——……
 
 少しでも、良い方へ——……
 
 海途は見つめていた掌で、自身の酷く歪めた顔面を覆う。
 
 
 学生の頃の星川 青葉——……
 
 その頃の明るさも、溌剌さも、今は微塵も見えない。


 海途は大きく長い溜め息を吐く。


 それでも、どうしても、海途は青葉と話したかった。いや、話してみたかった——
  
 もし、許されるのなら、時が少しでも二人の関係を、そのわだかまりやすれ違いを、少しでも流してくれたなら……
 
 一緒に酒を飲む日が来たりするのかもしれない……——
 そんな考えが過った事が、海途にはあった。
 
 
 
 成人して、30も手前になったお互いが、それぞれの立場でグラスを交える……——
 少しでも美味しいものを口にすれば、雰囲気も変わって話し易くなるかもしれない——
 
 
 もしも、そんな機会が訪れたら——
 
 会わない間、何をしてた?どんな人生を歩んだ?普通なら昔話に花を咲かせて懐かしみ、お互いの近況を聞いて充実した時間の経過を噛み締めるだろう。
 
 もしαとΩじゃ無かったら、それが出来たかもしれない……——
 
 もしあんな事が起こらなければ……
 
 もし、自分達の関係が知り合いもしくは友人のままだったら……——
 
 
 
 都合の良い夢、能天気な妄想……
 ほんな僅かな、期待と願望……——
 
 だが、やはりそんな日は訪れ無いらしい……
 
 
 海途の中の青葉は、制服に身を包んだ学生の時のまま止まっている。
 
  
〝結婚したの?〟
 なぜ、あんな風に聞いたのだろう……——海途も予想せず口を突いて出た問い掛けだった。
 
 なぜ、安斎なのか?
 その理由が、幸せなものであってほしい、という縋るような願いだったのかもしれない。
 
 それなのに、星川青葉は安斎青葉としてオークションの書類を手にしていた……
 
 なぜ——?
 
 
 青葉はきっと、幸せに生きてると海途は夢見ていた——
 見知らぬ場所で見知らぬ人と、過去を忘れて幸せに生きている……——
 
 
 そんな風に思えば、自分の後悔と罪悪感が薄れて、軽くなった。
 
 けれどもそんな思いとは裏腹に、自身の目に映る彼女は、幸せには見えない。
 
 あれは……あんなふうに生きてる星川は、星川じゃないでいて欲しかった——
 
 
 それなのに、首筋に見えた二つ並んだ小さなホクロは海途には特別なもので、疑いは確信に変わり、驚きと困惑で激しく動揺した。
 それを隠すのが、どれほど大変だったか……
 
 
 海途は顔を上げ、並べられた料理と、誰も座っていない向かいの席を見る。
 先程まで座っていた人物の形を目でなぞりながら、確かにそこに座っていた青葉の姿を思い出す。
 
 
 
 星川、いや青葉……今、幸せ?——
 
 
 たったそれだけを海途は確かめたかった。だが、確かめなくても、そんなもの見れば分かる……
 
 
 消えてしまったあの頃の彼女の面影を、海途は必死に思い出していた。
 
 
 
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