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しおりを挟む……青葉は目を閉じギュッと力を込めると、また目を開く。
「——処女だったから?」
青葉の言葉は、そこに漂う空気をひんやりとした響きで裂いた。
「——……は?」
海途の表情が一瞬だけ歪む。
「あんな事があって、まさか処女だと思わなかった?処女じゃ無い癖に、オークションに出るなんて詐欺とか?
……Ωのフェロモンのせいなんだから、仕方ないよね。しかも盛った高校生のαがΩのヒートに耐えれる訳無いって……、すっかり私もやられちゃったと思ってた?」
青葉の抑揚の無い声を聞きながら、海途は眉間に深い皺を寄せ始める。
「ギリギリだったけど、最後までしてないよ。……あの二人のこと、まだよく覚えてる。……あの日の天気も、気温も、今でも私、はっきり全部覚えてる。 嘘じゃ無いし、詐欺でもない。オークションの前にきちんと検査だって——」
「——青葉っ!もういい!」
海途がダンッと大きく机を叩くと、海途の腕時計が机に当たってガチャッと高い金属音がした。
「お客様……?」と扉の向こうから遠慮がちな声が聞こえる。
海途が席を立った瞬間、青葉も席を立った。
海途はそれに気付き、立ち上がる青葉の肩に大きな手を置いて、青葉を見下ろす。
その表情は、苛立ちや怒りでは無く、焦りと後悔の色が滲んでいた。
海途の反応も表情も、青葉には予想外で、拍子抜けと言わんばかりに緩く押される力に青葉は逆らえなかった。
「ごめん……」
それだけ海途が青葉に小さく言うと、そのままドアに向かい、少しだけ開いた扉越しに店員と何か話をしている。
何のごめん、なのか……——
もし、謝るとすれば……それは自分の方なのに……——
不意を打たれて、一瞬青葉の胸に堰き止められた物が溢れそうになった。
決して口に出してはいけない。
悟られるわけにも、気づかれるわけにも……——
青葉は自身の手をギュッと握りしめる。
海途が席へ戻ってすぐ、海途が勝手に注文したであろう料理は部屋へ運ばれてきた。
それは青葉が見たことも無いほど精巧で綺麗な小さな作品だった。
何枚もそれが机に並ぶ。コース料理の全皿が、一気に全て運ばれてきたらしい。
ゆっくり時間をかけ、会話と料理を楽しむ雰囲気では決して無い。
あるいは……余計な人が入ってこない様に、との海途の意図だろう。
グラスに入ったシャンパンの泡が、一つ一つパチパチと弾けていく——
沈黙が続き、青葉はその泡をただじっと見つめていた。
今まで味わったことも見たことも無い豪勢な料理に、青葉は少しも食欲が湧かない。今日初めての食事にも関わらず、青葉の体はそれを必要としていなかった。
鼻腔を刺激する香り、麗しい見た目……どんな味がするのか……?そんな興味が青葉には一向に湧いて来ない。
「……食べないの?」
海途も料理に手を伸ばさず、机に肘をついて顎の位置で手を組んでいる。青葉はその様子が気になって、重々しく海途にそう尋ねた。
「青葉はっ……星川は食べなよ。好きなやつだけで良い」
海途はそう言って、料理と青葉を交互に見る。
「食べないよ、要らない。……そもそも、こんな格好で来る場所じゃないし」
自分で言ってる途中で可笑しくなって、青葉は情けない笑みを浮かべながらそう言う。
「……今の青葉、きちんと食べてる様に見えない」
不意にかけられた言葉は、言い方を慎重に選んだ様な、ある種の緊張と同情が混じった声色の様に青葉には聞こえた。
——まさか、晴臣が何か……?と青葉がハッとして海途を見る。
それを察した海途は、軽く首を振った。
「俺は何も知らない。永瀬も何も言ってない……」
晴臣の事だ……ペラペラと人のことを話すはず無い……——
青葉はあからさまにホッ、とため息を吐いた。
「……永瀬とはよく会うの?」
「まぁ、それなりに……。……再会したのは本当に偶然だったけど。晴臣は昔のまま、そのままで接してくれるから……」
海途の問いに、青葉は正直に答える。
晴臣がいなかったら、耐えられなかった事も多かっただろう、と今となっては青葉も思うほどだ。
一人では味わえない楽しさを、晴臣は思い出させてくれる——
「……今は星川じゃ無くて安斎だけど、晴臣は再会してから下の名前で呼んでくれてるんだよね。中学に上がってからは、ずっと星川って呼んでたのに……今は青葉って。気遣ってくれてるんだと思う。 ……気楽に、一緒に過ごせるように……」
海途は最初こそ青葉を星川と呼んでいたが、交際中早い時期からの青葉、と青葉を呼んでいた。
今はそれでも、青葉を他人行儀に星川と呼ぶ。それも海途なりの気遣いだろう……。グイグイと強引な所もあるが、きっちりと線を引いている。
でも、星川 青葉はもう居ない——
暫くの間沈黙が流れて、心地の良い店内音楽だけが二人の間に流れた。
「あの時、先生達が来なかったら、オークションも出れて無い。そこは感謝してる。私には何も無いけど、売るものが残ってて、良かった……って……」
そうだ、やっぱり間違って無かった——と青葉は確信した。
この選択も、あの時の選択も……間違っていない、と——
「……私は暫くはあそこで働くけど、どうぜ長くは居れないから。すぐまた消える。だから、忘れて。今まで通りに。
私が消えるまでは他人として過ごしてね、私もお客さんとして橘くんには接するから。じゃあ、ご馳走様……」
青葉はそう言って、席を立った。
場違いなこの場所から一刻も早く逃げ出したい——
見窄らしさと恥ずかしさに、足は急ぐ。
待って、と焦る海途の声を振り解くように、青葉は穴の空いたスニーカーで転びそうになりながら店を後にした。
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