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しおりを挟むそろそろ閉店時間もやって来る。
とはいえお客さんはまばらだが、帰る気配が無い。
青葉の耳にはしっかり周りの音は入ってくる。
お客さんに呼ばれたらすぐ反応できる様に——
一際ヒソヒソ話すその声が、なぜか青葉の耳に鋭く入って来た。
その声色は興奮気味で、早口だ。
仕事中なのでわざわざ視線は上げずにいても、その声がどうしても入って来る。
女性の高い声が二人分なので、余計拾いやすいのかも……——なんて思いながら青葉は残りの業務をこなしていく。
「橘さん……やっと帰ってきたと思ったら、彼女居たんだ!」
「付き合って結構長いらしいよ。休暇の時はお互い行き来してたんだって。
彼女のアカウントに上げる写真とか動画見た事ない?」
「無いよ、だってそこまでの仲じゃないし。アカウントの公開範囲絞ってるでしょ?はー……絵になるねー。神様って不公平……」
「橘さんが日本戻ったら結婚するとか聞いたから、やっと自由に会えるようになって嬉しいだろうね、二人とも」
絵になるカップルの、恋愛話……——
思わず噂をしたくなるような……
チラッとその噂話をする若い女性二人組を青葉は見た。
橘……——
あんまり聞きたく無い苗字だ。
いや、この世に何人橘さんが居ると……——と素早く青葉は首を左右に振る。
全く親近感の無い話題——
まるでそう、映画のような——
出来過ぎた話だ——
ゴミ箱の袋を変えて使用済みのカップとトレーを持つ。僅かに閉店しますよーという空気を纏いながら、青葉は一つに結んだ髪を揺らしてテキパキと動く。
なんだか、見られている……?
射すような気配だった——
お客さんが何か……と青葉は察して、自らを射すその先を何気無く確認した。
余りにも深く鋭い、強い視線を感じたから。
切れ長で大きな目は、目玉が飛び出る程見開かれていた。
柔らかそうな黒髪は額を出すようにセットされ、卵型の小さな顔には、顔のパーツが美しく配置されている。
大人びて筋肉質な体には仕立ての良いスーツを纏い、大人としての自信と色気を漂わせている。小さな頭はそのままなのに、身長が伸びて青葉の記憶の中より余計大きく感じた。
まさかそんなはずは無いっ——
青葉はすぐに顔を逸らす。
不自然にも程があるが、頭も回らない。
足早に裏へ入ると、止めていた息を思い切り大きく吐いた。
嘘だ
違う
違う人かもしれない
動揺する自分に何度も青葉はそう問い掛ける。
感情を揺さぶられる必要は無い、関係無い……——脈打つ鼓動をそう言い聞かせ鎮めようと努めた。
夢の中で何度も何度も嫌だと思うほど現れる彼は、すっかり落ち着き払った大人の男性に変貌していた。
仕立ての良いスーツ……
この自社ビルの社員証——……
世界が違う……
だが青葉が顔を逸らす直前に確認したその社員証には、確かに 橘 海途 その名前があった。
震える体をギュッと抑えながら、ふと青葉が足元に目線を移す。
小刻みに震える足の先、履いているスニーカーには、靴下の色が見える程の穴が空いていた。
あなたは、順調に自分の人生を謳歌して陽の下を歩いてる……——
自分は今も、ただ陽の光を避けてその影の下でひっそり生きていくしか無い……——
誰に指摘された訳でもないのに、恥ずかしさと情けなさが込み上げてきて、青葉は震えは治らなかった。
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