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拝啓、お母さん。
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拝啓 お母さん
死んでしまった物言わぬあなたに聞きたいことはたくさんあるけれど、その中でも、どうしても、聞いてみたいことがあります。
“愛”って、どう言うものを言うのでしょうか。
信じることですか?裏切らないことですか?見返りを求めないことでしょうか。
自分を愛しなさい、と、よく聞きますが、私はいまいちわかりません。
それに…。
たったひとりの人と、一生一緒にいたい、と思う感情を、私はまだ味わったことがありません。
お母さんがお父さんと結婚する時に、一体どんな気持ちだったのか、聞いてみたいのです。
ねぇ、お母さん。“愛”って、何ですか?
* * *
今年も早いもので、季節は秋から冬に変わろうとしています。
また、私の誕生日と、お母さんの命日がやってきますね。まさか私が生まれた日に旅立ってしまうなんて、いちばんびっくりしているのは、お母さんかもしれません。
今年は受験生で、大学に行くための準備に追われています。
学校へ行く途中の、いつもお母さんと通っていた並木道に着くと、お母さんのことを思い出して、こうして天国へ語りかけるのです。
「吉野!」
ふいに、後ろから私を呼ぶ声が聞こえます。声の主は、クラスメイトの川田くんです。彼とは卒業アルバムの実行委員になってから、少しずつ話すようになりました。彼も、この道を通っていたのです。
「おはよ。」
「おはよう。」
「今日も寒いなぁ。」
「うん、息がもう白いよ。」
この並木道での時間は、お母さんと私だけの特別のものだったのに、彼が加わりました。
だけど、不思議。少しも嫌だとは思わなくて。
「…もうすぐ卒業だなぁ。」
「うん、そうだね。」
「アルバム、間に合わせなきゃな。」
「…うん。」
困りました。私は会話が得意ではないので、彼としゃべるのは決して嫌ではないのに、言葉が出てきません。
それでも、川田くんは毎日私に話しかけてくれます。川田くんは、嫌じゃないのかな…。
ある時、川田くんが言いました。
「“吉野”ってさ、きれいな名前だよな。」
「…え?そう?…初めて言われた…。」
「マジで?俺なんか“川田”じゃん。すごい平凡なんだよな~。だから吉野みたいな名前って、憧れる。」
「…そう言えばお母さん、前に言ってた。“山本”って平凡だから、吉野に変わって嬉しかったって…。」
「へぇお母さん旧姓、山本って言うんだ。ははっ、確かに山本も平凡だよな。」
「…うん。…わたし、ずっとお母さんに聞いてみたいことがあったの。」
「え?なに?」
「…お父さんと結婚した時、どんな気持ちだったのか…。」
「ああ、そう言うのってちょっと、聞きずらいよなぁ。」
「…うん、それもあるけど…。…お母さん、死んだの。2年前。」
「…え……。」
「3月17日。お母さんの命日で、わたしの誕生日。」
「…え…!?…そ、そうなの…か…!?…………ご、ごめん…。」
「ううん、いいの。」
お母さん、わたしはずるい人間かもしれません。お母さんのことを川田くんに聞いて欲しかったと言うよりは、こんな話をすれば、川田くんは私と話をするのが嫌になって、川田くんに嫌われたくないなぁとか、話しが下手でごめんねとか、もうそんなことを思わなくてもよくなるんじゃないかって、そう思ったんです。
わたしは相変わらず、臆病で、弱い人間です。
「…どんな気持ちだったんだろうな。」
「…え?」
「結婚、する時って…。みんな、どんな気持ちなんだろうな。」
「…うん、そうだね、どんな気持ちなんだろうね。」
「まだ先の話だから、実感湧かないけど…。」
「…うん…。」
「…聞いてみたいよな。俺さぁ、母さんに聞いてみよっかな…。」
「え?」
「…いや、やっぱ恥ずかしいから聞かないかも…。…ははっ!」
そう言って、川田くんは顔を赤くしながら、はや歩きになりました。
…川田くんは、私と話をするの、嫌にならなかったみたいでした。
冬が、本格的に街にやって来ました。しんしんと降る雪は、もう葉っぱのない街路樹の枝を、少しずつ白く染めていきます。わたしはすっかり、川田くんと朝、この並木道を通って学校へ行くのが日課になりました。
「吉野の高校の試験、来週だよな?」
「うん、そう。…最近ね、緊張してよく眠れないんだぁ。」
「え?吉野も緊張すんの?あんなに成績いいのに。」
「す、するよぉ、緊張しぃだよ、すぐ顔赤くなるし。」
「あ、それはわかるかも。よく赤くなってるよな。」
「…あは、バレてた。」
話しが苦手だったはずなのに、いつの間にかそんなことはすっかり忘れて、川田くんとの会話を楽しんでいるわたしがいます。
「…あのね、川田くん。」
「ん?なに?」
「…わたし、お母さんにもうひとつ、どうしても聞きたいことがあったの。」
「…うん、なに?」
「…それは…。」
私はくちびるを、きゅっと結びました。
「…それはね、試験に合格したら、聞いてもらってもいいかなぁ…?」
「えーっ!気になるなぁ、今じゃないのかよ~。」
「…うん、だって、その方が、“ぜったい、試験に合格するんだ”って気持ちになれるんだもん。」
「…そっか。…じゃあ、しょうがないな。」
「…うん、ありがと。」
「絶対受かれよな!じゃないと気になって俺が落ちるかもしれない…。」
「…え!?」
「ははっ、じょーだん。俺はもう推薦で決まってるからさ。吉野の応援に徹するよ。だから、合格、よろしく!」
「…うんっ!」
高校生になると、川田くんとは離れ離れになります。…だけど、川田くんの通う高校、私が受ける高校と同じ駅にあるんだってわかったので、ちょっと嬉しいのです。…なにはともあれ、何としてでも合格しなくては。
川田くんとこの道を通るようになって、半年が経ちました。最近の私は、ちょっとセンチメンタルです。だって、高校が離れたら、川田くんとこうして喋ることもないのかなって…。
川田くんは、どう思っているのでしょうか。聞きたくても聞けない、やっぱり臆病な私です。
「明日、いよいよだなー!まだ緊張してる?」
「…うん、少し…。」
「…吉野…、なんかさ、最近元気ないよな?…なんかあった?」
「…え?ううん!試験で緊張してるだけだよ…!」
「…そうか。…ま、何かあったら言えよな!俺にできることがあれば協力するからさ!」
「…あ、ありがとう…。」
川田くんと喋れば喋るほど、川田くんのことを知れば知るほど、私の憂鬱な気持ちは大きくなっていくようです。…でも、今はそれどころじゃないよね。試験、がんばるよ。
お母さん、試験、合格しました。これで私も、晴れて、春からは高校生です。…よかった。ここ、本当に行きたかったとこなんだ。だって、お母さんの母校だもんね。お母さんの担任だった先生、今教頭先生になってるって聞きました。お母さんのこと、たくさん聞けるといいなぁ。
「おーい!吉野―!」
息を切らせて、川田くんが私の元に走って来ます。
「合格、おめでとっ!!」
「…えーっ!もう知ってるの!?」
「おう、浅野先生、合格した生徒の名前言いふらしてんだもん。」
「…うっそ。先生さいてー!自分で言いたかったのに…。」
私がむくれると、川田くんが笑いました。…彼と話すようになって、私は色々なことがわかりました。
…そう、例えば、こんな些細なやり取りでも、とても心がほわんと温かくなることも。
「てことで、約束!」
「…え?」
「ほら、お母さんにどうしても聞きたいことがあるって言ってたじゃん!今更ごまかすのはなしだからな?」
「…あっ、う、うん、もちろん…!」
「よしっ…!…では、どうぞ?」
「…う、うん…。…あの、笑わないでね?…あのね…、私…。“愛”ってなんだかよくわからなくて…。」
「…あい…?」
「…うん…。…だからお母さんに…、“愛”ってなに?って…、聞いてみたかったの…。」
「…“愛”、か…。」
川田くんは私の言葉を復唱すると、腕組みをして真剣な顔をしました。
「…むずかしいなぁ…。」
「…でしょ?」
私の質問を笑うこもとなく、バカにすることもなく、川田くんは真剣に受け止めてくれました。
「何度聞いても、お母さん、答えてくれないんだぁ。夢の中とかさ、出て来てくれてもいいのに、全然なの。写真の中のお母さんは、何も言わないで、ただ笑ってるだけなんだよ。…もしかしてお母さん、答えたくないのかな…。」
少し、しゅんとしてしまいました。この道でだって、何度も聞いたよね。お母さん…。
「…吉野、それさ…。」
考え込んでいた川田くんが、私を見ました。
「答えたくないんじゃなくて、もしかしたらお母さん、自分でわかってほしいんじゃないのかな?
…全然的外れなこと言うかもしれないけど、俺、すげぇガキの頃、父さんにさ、“どうして弟を叩いたらダメなの?”って聞いたことがあったんだよね。…今となっては恥ずかしい話だけどさ。…そしたら父さん、言ったんだ。“自分で考えろ”って…。」
私から目線を外すと、川田くんは続けます。
「だから俺、自分で考えてみてさ。その頃からかな、すぐ答えを教えてもらうんじゃなくて、自分で考えるようになったの。」
「…そうなんだ…。」
私は川田くんから目を離すと、空を見上げました。
「…そうかもしれない…。お母さん、私に気づいてほしいのかも…。」
「…あのさ。俺、吉野と違って身近な人の死と向き合ったことがないから、それがいったいどんななのかって、いくら考えてもやっぱわかんないんだよね。…だからそれって、わかる時ってちゃんと来るのかなって。
…今はわかんなくても。…なんて、偉そうに聞こえたらごめん。」
「ううん、その通りだよ。…川田くんて、すごいね。」
「…え?そ、そんなことないよ。」
「そんなこと、ある。…わたし、わかる時がくるまで、愛について考えてみようかな。」
「…吉野のそう言う素直なとこ、いいよね。」
「…え?そ、そう?そんなこと…。」
「そんなこと、ある。」
わたしたちは顔を見合わせて、思わず笑いました。…ああ、お母さん、やっぱりわたしは、川田くんと離れたくありません…。
「…あ、あの、…わたし…!」
「吉野。」
川田くんが真剣な顔をして、私の言葉を遮りました。…前代未聞です。こんなに、ドキドキするのは…。
「…あの、…その…、お、俺もさ…、“愛”について、考えてみたいなって思って…。…だから、よかったら…吉野が嫌じゃなかったら…、これからも、この並木道を一緒に歩きたいなって…、思ってるんだけど…!」
川田くんの真っ赤な顔につられてなのか、わたしの顔もみるみる赤くなっています。
嬉しかった…。だって、川田くんのその言葉は…、私の気持ちそのものをあらわしていたから…。
「…川田くん、あの、わたしね…。」
お母さん、わたしは川田くんになんて返事をしたと思いますか?
きっと、お母さんの目には、はにかみながら、でも、めちゃくちゃ嬉しそうに、「…はいっ!」って返事をしている、わたしの姿が映ったのではないでしょうか。
…それでね、その中にね。「お誕生日おめでとう」ってはにかむ、川田くんの笑顔も入れてあげてね、お母さん。
おしまい
死んでしまった物言わぬあなたに聞きたいことはたくさんあるけれど、その中でも、どうしても、聞いてみたいことがあります。
“愛”って、どう言うものを言うのでしょうか。
信じることですか?裏切らないことですか?見返りを求めないことでしょうか。
自分を愛しなさい、と、よく聞きますが、私はいまいちわかりません。
それに…。
たったひとりの人と、一生一緒にいたい、と思う感情を、私はまだ味わったことがありません。
お母さんがお父さんと結婚する時に、一体どんな気持ちだったのか、聞いてみたいのです。
ねぇ、お母さん。“愛”って、何ですか?
* * *
今年も早いもので、季節は秋から冬に変わろうとしています。
また、私の誕生日と、お母さんの命日がやってきますね。まさか私が生まれた日に旅立ってしまうなんて、いちばんびっくりしているのは、お母さんかもしれません。
今年は受験生で、大学に行くための準備に追われています。
学校へ行く途中の、いつもお母さんと通っていた並木道に着くと、お母さんのことを思い出して、こうして天国へ語りかけるのです。
「吉野!」
ふいに、後ろから私を呼ぶ声が聞こえます。声の主は、クラスメイトの川田くんです。彼とは卒業アルバムの実行委員になってから、少しずつ話すようになりました。彼も、この道を通っていたのです。
「おはよ。」
「おはよう。」
「今日も寒いなぁ。」
「うん、息がもう白いよ。」
この並木道での時間は、お母さんと私だけの特別のものだったのに、彼が加わりました。
だけど、不思議。少しも嫌だとは思わなくて。
「…もうすぐ卒業だなぁ。」
「うん、そうだね。」
「アルバム、間に合わせなきゃな。」
「…うん。」
困りました。私は会話が得意ではないので、彼としゃべるのは決して嫌ではないのに、言葉が出てきません。
それでも、川田くんは毎日私に話しかけてくれます。川田くんは、嫌じゃないのかな…。
ある時、川田くんが言いました。
「“吉野”ってさ、きれいな名前だよな。」
「…え?そう?…初めて言われた…。」
「マジで?俺なんか“川田”じゃん。すごい平凡なんだよな~。だから吉野みたいな名前って、憧れる。」
「…そう言えばお母さん、前に言ってた。“山本”って平凡だから、吉野に変わって嬉しかったって…。」
「へぇお母さん旧姓、山本って言うんだ。ははっ、確かに山本も平凡だよな。」
「…うん。…わたし、ずっとお母さんに聞いてみたいことがあったの。」
「え?なに?」
「…お父さんと結婚した時、どんな気持ちだったのか…。」
「ああ、そう言うのってちょっと、聞きずらいよなぁ。」
「…うん、それもあるけど…。…お母さん、死んだの。2年前。」
「…え……。」
「3月17日。お母さんの命日で、わたしの誕生日。」
「…え…!?…そ、そうなの…か…!?…………ご、ごめん…。」
「ううん、いいの。」
お母さん、わたしはずるい人間かもしれません。お母さんのことを川田くんに聞いて欲しかったと言うよりは、こんな話をすれば、川田くんは私と話をするのが嫌になって、川田くんに嫌われたくないなぁとか、話しが下手でごめんねとか、もうそんなことを思わなくてもよくなるんじゃないかって、そう思ったんです。
わたしは相変わらず、臆病で、弱い人間です。
「…どんな気持ちだったんだろうな。」
「…え?」
「結婚、する時って…。みんな、どんな気持ちなんだろうな。」
「…うん、そうだね、どんな気持ちなんだろうね。」
「まだ先の話だから、実感湧かないけど…。」
「…うん…。」
「…聞いてみたいよな。俺さぁ、母さんに聞いてみよっかな…。」
「え?」
「…いや、やっぱ恥ずかしいから聞かないかも…。…ははっ!」
そう言って、川田くんは顔を赤くしながら、はや歩きになりました。
…川田くんは、私と話をするの、嫌にならなかったみたいでした。
冬が、本格的に街にやって来ました。しんしんと降る雪は、もう葉っぱのない街路樹の枝を、少しずつ白く染めていきます。わたしはすっかり、川田くんと朝、この並木道を通って学校へ行くのが日課になりました。
「吉野の高校の試験、来週だよな?」
「うん、そう。…最近ね、緊張してよく眠れないんだぁ。」
「え?吉野も緊張すんの?あんなに成績いいのに。」
「す、するよぉ、緊張しぃだよ、すぐ顔赤くなるし。」
「あ、それはわかるかも。よく赤くなってるよな。」
「…あは、バレてた。」
話しが苦手だったはずなのに、いつの間にかそんなことはすっかり忘れて、川田くんとの会話を楽しんでいるわたしがいます。
「…あのね、川田くん。」
「ん?なに?」
「…わたし、お母さんにもうひとつ、どうしても聞きたいことがあったの。」
「…うん、なに?」
「…それは…。」
私はくちびるを、きゅっと結びました。
「…それはね、試験に合格したら、聞いてもらってもいいかなぁ…?」
「えーっ!気になるなぁ、今じゃないのかよ~。」
「…うん、だって、その方が、“ぜったい、試験に合格するんだ”って気持ちになれるんだもん。」
「…そっか。…じゃあ、しょうがないな。」
「…うん、ありがと。」
「絶対受かれよな!じゃないと気になって俺が落ちるかもしれない…。」
「…え!?」
「ははっ、じょーだん。俺はもう推薦で決まってるからさ。吉野の応援に徹するよ。だから、合格、よろしく!」
「…うんっ!」
高校生になると、川田くんとは離れ離れになります。…だけど、川田くんの通う高校、私が受ける高校と同じ駅にあるんだってわかったので、ちょっと嬉しいのです。…なにはともあれ、何としてでも合格しなくては。
川田くんとこの道を通るようになって、半年が経ちました。最近の私は、ちょっとセンチメンタルです。だって、高校が離れたら、川田くんとこうして喋ることもないのかなって…。
川田くんは、どう思っているのでしょうか。聞きたくても聞けない、やっぱり臆病な私です。
「明日、いよいよだなー!まだ緊張してる?」
「…うん、少し…。」
「…吉野…、なんかさ、最近元気ないよな?…なんかあった?」
「…え?ううん!試験で緊張してるだけだよ…!」
「…そうか。…ま、何かあったら言えよな!俺にできることがあれば協力するからさ!」
「…あ、ありがとう…。」
川田くんと喋れば喋るほど、川田くんのことを知れば知るほど、私の憂鬱な気持ちは大きくなっていくようです。…でも、今はそれどころじゃないよね。試験、がんばるよ。
お母さん、試験、合格しました。これで私も、晴れて、春からは高校生です。…よかった。ここ、本当に行きたかったとこなんだ。だって、お母さんの母校だもんね。お母さんの担任だった先生、今教頭先生になってるって聞きました。お母さんのこと、たくさん聞けるといいなぁ。
「おーい!吉野―!」
息を切らせて、川田くんが私の元に走って来ます。
「合格、おめでとっ!!」
「…えーっ!もう知ってるの!?」
「おう、浅野先生、合格した生徒の名前言いふらしてんだもん。」
「…うっそ。先生さいてー!自分で言いたかったのに…。」
私がむくれると、川田くんが笑いました。…彼と話すようになって、私は色々なことがわかりました。
…そう、例えば、こんな些細なやり取りでも、とても心がほわんと温かくなることも。
「てことで、約束!」
「…え?」
「ほら、お母さんにどうしても聞きたいことがあるって言ってたじゃん!今更ごまかすのはなしだからな?」
「…あっ、う、うん、もちろん…!」
「よしっ…!…では、どうぞ?」
「…う、うん…。…あの、笑わないでね?…あのね…、私…。“愛”ってなんだかよくわからなくて…。」
「…あい…?」
「…うん…。…だからお母さんに…、“愛”ってなに?って…、聞いてみたかったの…。」
「…“愛”、か…。」
川田くんは私の言葉を復唱すると、腕組みをして真剣な顔をしました。
「…むずかしいなぁ…。」
「…でしょ?」
私の質問を笑うこもとなく、バカにすることもなく、川田くんは真剣に受け止めてくれました。
「何度聞いても、お母さん、答えてくれないんだぁ。夢の中とかさ、出て来てくれてもいいのに、全然なの。写真の中のお母さんは、何も言わないで、ただ笑ってるだけなんだよ。…もしかしてお母さん、答えたくないのかな…。」
少し、しゅんとしてしまいました。この道でだって、何度も聞いたよね。お母さん…。
「…吉野、それさ…。」
考え込んでいた川田くんが、私を見ました。
「答えたくないんじゃなくて、もしかしたらお母さん、自分でわかってほしいんじゃないのかな?
…全然的外れなこと言うかもしれないけど、俺、すげぇガキの頃、父さんにさ、“どうして弟を叩いたらダメなの?”って聞いたことがあったんだよね。…今となっては恥ずかしい話だけどさ。…そしたら父さん、言ったんだ。“自分で考えろ”って…。」
私から目線を外すと、川田くんは続けます。
「だから俺、自分で考えてみてさ。その頃からかな、すぐ答えを教えてもらうんじゃなくて、自分で考えるようになったの。」
「…そうなんだ…。」
私は川田くんから目を離すと、空を見上げました。
「…そうかもしれない…。お母さん、私に気づいてほしいのかも…。」
「…あのさ。俺、吉野と違って身近な人の死と向き合ったことがないから、それがいったいどんななのかって、いくら考えてもやっぱわかんないんだよね。…だからそれって、わかる時ってちゃんと来るのかなって。
…今はわかんなくても。…なんて、偉そうに聞こえたらごめん。」
「ううん、その通りだよ。…川田くんて、すごいね。」
「…え?そ、そんなことないよ。」
「そんなこと、ある。…わたし、わかる時がくるまで、愛について考えてみようかな。」
「…吉野のそう言う素直なとこ、いいよね。」
「…え?そ、そう?そんなこと…。」
「そんなこと、ある。」
わたしたちは顔を見合わせて、思わず笑いました。…ああ、お母さん、やっぱりわたしは、川田くんと離れたくありません…。
「…あ、あの、…わたし…!」
「吉野。」
川田くんが真剣な顔をして、私の言葉を遮りました。…前代未聞です。こんなに、ドキドキするのは…。
「…あの、…その…、お、俺もさ…、“愛”について、考えてみたいなって思って…。…だから、よかったら…吉野が嫌じゃなかったら…、これからも、この並木道を一緒に歩きたいなって…、思ってるんだけど…!」
川田くんの真っ赤な顔につられてなのか、わたしの顔もみるみる赤くなっています。
嬉しかった…。だって、川田くんのその言葉は…、私の気持ちそのものをあらわしていたから…。
「…川田くん、あの、わたしね…。」
お母さん、わたしは川田くんになんて返事をしたと思いますか?
きっと、お母さんの目には、はにかみながら、でも、めちゃくちゃ嬉しそうに、「…はいっ!」って返事をしている、わたしの姿が映ったのではないでしょうか。
…それでね、その中にね。「お誕生日おめでとう」ってはにかむ、川田くんの笑顔も入れてあげてね、お母さん。
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