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キミの手
しおりを挟むしとしとと、空から雨が落ちて来ました。
ひとり、教室にのこっていたけいすけくんは、自分のランドセルが入ったロッカーの前にしゃがんで、目に涙をいっぱいためて、小さな声で泣いていました。
すると、どこからか、声がします。
「けいすけくん、けいすけくん。」
「…だぁれ…??」
けいすけくんがあたりをキョロキョロと見回しましたが、だれもいません。
「ここだよ、ここだよ。」
聞こえてくる声にみちびかれて、けいすけくんが下を向くと…。
「やあ、けいすけくん、ぼくは、キミの手だよ。」
「…え?ぼくの、手…?」
けいすけくんは、流した涙でびしょびしょになっている、自分の手を見ました。
「はじめまして、ではないんだけどね。オイラたちは、ずっとキミのことを見ていたから。」
「…ぼくの手が…しゃべっているの…?」
「そうだよ。キミに、伝えたいことがあってね。」
「…伝えたいこと…?」
けいすけくんが聞くと、手は、にっこり、笑ったように言いました。
「そうだよ、けいすけくん。キミがどうして涙を流しているのか、オイラたちは知ってる。」
自分の手にそう言われて、けいすけくんの目から、またおおつぶの涙がこぼれました。
「…それは、ぼくがママの誕生日に、ママを喜ばせたくてケーキを作ろうとしたら、
ぐちゃぐちゃになった台所を見て、ママがぼくを怒ったから。
ぼくはママが喜んでくれると思っていっしょうけんめいケーキを作ったのに…。ママは…、ぼくを怒ったんだ…。」
わんわん泣くけいすけくんに、けいすけくんの手は、ふるふると震えるように言いました。
「それはちがうよ。けいすけくん、キミは、怒ったママに、台所にあったお皿やカップを投げつけただろう。ほんとうはそんなことしたくなかったのに、この手で、ママにものを投げてしまった。
そしたら、ママはキミの投げたカップで手にあざを作ってしまったんだ。
けいすけくん、キミはそれが悲しくて、あんなことしなきゃよかったって思って、キミはずっと涙を流しているんだよ。違うかい?」
自分の手にそう言われて、けいすけくんの目からは、今までよりも、もっとたくさんの涙があふれだしました。
「…ちがうもん…。ママがぼくのことを怒ったからわるいんだ…。ママがあんなふうに怒らなかったら、ぼくだってあんなことしなかったもん…!」
わんわん泣くけいすけくんに、けいすけくんの両手はやさしく言いました。
「けいすけくん、キミは今、色んな気持ちを抱えているね。ママに怒られて辛いって気持ち、なんでママはぼくを怒ったんだろうって悲しい気持ち、でもママをわるく思いたくないって気持ち、ママにケガをさせてしまった自分が悪いんだと思う気持ち…。
けいすけくん、オイラたちはキミが生まれた時からずっと一緒にいるよね。キミと一緒に色んなものにさわって来た、たくさん字も書いた。ごはんだって食べた、…色んなことを体験してきたね。どんな時も、オイラたちはキミとずっと一緒だった。だからオイラたちは、キミの気持ちがとてもよくわかるんだ。」
自分の両手がやさしく語りかける言葉に、けいすけくんは心がときほぐされたかのように、ポツリと言いました。
「…ぼく、家に帰りたくない…。帰ったらまた…、ママにひどいこと言っちゃう…。」
けいすけくんがそう言うと、けいすけくんの手は、また、やさしく言葉を発しました。
「けいすけくん、ママに自分の気持ちを伝えてみようよ。台所を汚してごめんなさい、だけどそれは、本当はママのことを喜ばせたかったからなんだよって。だから、ママに怒られてとっても悲しかったんだって。」
「…そんなこと言えないよ…。だって、もっとママのきげんがわるくなっちゃうかも…。」
ポトリと落ちるけいすけくんの涙を、両手がやさしく受け止めました。
「それでも、けいすけくん。ほんとうはキミは、この手で、大好きなママの手をにぎりたいんじゃないのかい?オイラたち両手は、大好きな人と手を握ること、やってみたいことをたくさんすること…、そのためにあるんだよ。」
けいすけくんは自分の両手を見ると、涙を流しながら、大きくうなづきました。
それから、家のドアを開けると、ママが立っていました。
けいすけくんの帰りが遅いので、心配して待っていたのです。
けいすけくんは、ママの心配そうな顔を見ると…、自分の両手で、ママの手をぎゅっと包みこみました。
とたんにママは笑顔になって、けいすけくんを抱きしめました。
けいすけくんは、自分の両手を見つめました。
その手はまるで、「よかったね、けいすけくん。言葉がなくても、手をにぎるだけで、想いが伝わることもあるんだよ。」と、言っているようでした。
おしまい
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