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不器用な嫉妬

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「本当に言っていましたよ?」
「皇室に義弟おとうとならいる。でも兄貴はいない。お前の聞き間違いじゃないのか」
「いいえ。絶対に『兄貴』とか『帰る』とか、『おんぶ』がどうとか言っていました」
「……なんだ、それ」

 碧は頭をがしがしと掻いた。自分の夢の内容を、必死に思い出そうとしているようだ。しかし、首を傾げるに留まった。

「昔の記憶が、一部戻りかけていたのかもしれないな……」
「……思い出したいですか?」
「当然だ。自分が自分じゃないみたいで、何者かも分からない。ずっと気持ち悪いままだからな」

 碧は盛大に溜め息をついて、ハンモックから降りた。風呂に入ってくるという。波音もそれに合わせて立ち上がると、碧に寝る前の挨拶をした。

「それじゃあ、私は先に寝ますね。明日は早起きして、家のこともお手伝いしますので。おやすみなさい」
「……ちょっと待て」
「はい?」

 碧に腕を掴まれ、引き留められた。「人を起こしておいて、自分は先に寝るのか」と嫌味でも言われるかと身構えていると、碧の口から出てきたのは、また意外な言葉だった。

「渚は、お前をここまで送ってきたのか?」
「え……はい。碧さんが眠っていたので、声は掛けずに帰っていきました」
「ふーん……。あいつ、昨日からお前のことをかなり気に入ってたけど。まさか、食事にまで誘うとは思ってなかった」
「ど、どういうことですか?」

 碧の言っている意味が分からない。渚は以前から恋の相談ができる女性の友達がほしくて、偶然、波音のことを気に入ってくれただけだ。この世界に来て間もない波音の不安を気遣ってくれるし、波音も彼を信頼している。もう友達だ。

「ああいう性格だが、あいつも男だからな? あんまり隙を見せていると食われるぞ」
「食わっ……渚さんはそんなことしません!」
「そういうのが油断だって言ってるんだ。昨日だって、自分の家でお前の面倒を見ようとしていただろ?」
「いいえ。それは単なる親切心です。だって、渚さんは……っ」

 渚は碧が好き。そう言いそうになって、波音は口をつぐんだ。彼の想いを、波音が勝手に伝えてはいけない。碧はとっくに知っているだろうが、こういう大切なことは、当事者同士で話さなくてはならないものだ。

(いや……碧さん、もしかして、渚さんの気持ちに気付いてない?)

 渚の好意のアピールがあからさま過ぎて、碧はそれを冗談だと思っている可能性が出てきた。それにしても、碧は何に対してイライラしているのか。波音の腕を掴む碧の手に、より一層の力が入る。
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