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『睡蓮』と幸せのピエロ

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 それから午後にかけて、団員たちの練習や裏方の仕事、更には建物の内部全体を見学した。外は既に日が暮れている。

 碧は団員に集合をかけ、渚も滉も一緒になって、終業前のミーティングを行っている最中だ。波音も帰り支度を始めた。

「……リハーサルの反省点に関しては以上だ。明日からの三日間、気を抜かず、怪我には十分に注意するように。プロとしての誇りを持って、全ての客を満足させて帰すぞ」
「はい!」

 碧が団員たちに向けて語る言葉に、波音は心を打たれた。団長リーダーとして、引っ張っていく碧の姿は、やはり格好いいものだ。

 明日から三日間は公演日のようで、詳細なスケジュールを滉が確認した後、一同は解散となった。いよいよ、本番の舞台を間近で見られるのだ。裏方としてできるだけの後方支援をしようと、波音も気合いを入れた。

「ねえ、波音はこの後、暇?」

 渚の声に、波音は顔を上げた。期待を込めた目をしている。何か、話したいことがあるようだ。

「え? あ……特に用事はありませんが」
「それなら、一緒に食事でも行かない? 私が奢るわ」

 勝手に承諾してもいいものか。波音は碧を振り返った。二人の会話は聞こえていたらしく、碧は無表情のまま「行ってこい。でも、遅くなりすぎるなよ」と言ってくれた。波音は笑って頷く。

「じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
「もちろんよ。じゃあ、行きましょうか」



*****



 渚に連れて来られたのは、スパイスの香りと異国情緒が漂う、エスニック風の料理店。店内は赤や紫、黄色の布で装飾され、謎の音楽が流れている。美味しそうな匂いに食欲をそそられ、波音の胃は朝と同じようにぐうーっと鳴った。

「ふふ、お腹空いているのね?」
「はい。お昼もサンドイッチをいただいたんですけどね……。恥ずかしいです」
「健康的でいいことよ。一日経ってみて、どう? 少しは慣れた?」

 二人用のテーブルに向かい合って座りながら、渚がそう聞いてきた。慣れたと言うにはまだ早いが、理解が追いついてきて落ち着いた感はあるだろう。波音は正直にそう話した。

「お酒は飲める?」
「はい。たしなむ程度ですが」
「じゃあ、ビールも頼むわよ」

 料理選びについては渚に任せ、店員に注文を終えると、波音は少しだけ身を前に乗り出した。

「あの、渚さん」
「うん?」
「私に何か、話したいことがあるのでは……?」
「……え、分かる? 伝わっちゃってる?」
「……はい」

 伝わってきたというよりは、普通に考えれば、波音を食事に誘う理由はそういうことだ。渚の顔が曇り、波音は身構えた。

(やっぱり、私が碧さんの家にお世話になってること、よく思ってないのかな……)

 給料をもらって、洋服代や生活費を含めた礼を返したら、すぐにあの家を出ようと波音は決心した。渚は言い淀んでいる。それほど話しづらいことなのだ。唾を飲み込んで言葉を待っていると、渚はようやく口を開いた。
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