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『水月の国』と曲芸団
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(どういうこと……?)
波音が眉根を寄せて考えている間、渚は簡易ベッドの前に戻ってくる。そのまま彼は椅子に座り、波音の耳の中にひやりとする何らかの器具を入れた。熱を測っているらしいが、波音の反応がないので、渚は波音の顔を覗き込んだ。
「ちょっと、なに? 放心してるの? 大丈夫?」
「……あの、ここってどこですか? 日本じゃないんですか?」
「ああ、もう。溺れて記憶がおかしくなった? 『水月の国』でしょうが。にほんってどこよ。そんな国、知らないわよ」
「えっ……ええっ!?」
波音が大声で叫んだせいで、動転した渚は、体温計らしき銀色の器具を取り落としてしまった。ぐちぐちと文句を言われているのだが、その声が波音の頭には全く入ってこない。
言葉が通じているのに、ここが日本でないと、簡単に信じられようか。そもそも、水月の国など聞いたことがない。
(なにこれ!?)
もしかすると、ここは平行世界なのではないか、と波音は考えた。しかし、それならば波音と同じ人間が存在し、国の文化も、環境も、波音の生い立ちも変わらないはずだ。
だが、その平行世界という考えも、科学的には証明できていない。とにかく、あり得ないことが起きている。
(それとはまた別の世界ってこと……?)
波音が溺れて意識を失った後、碧に助けられて目を覚ました時、周囲に誰もいなかった。その理由が、海を介して別世界にやってきたと考えれば説明がつく。
だが、そんな非現実的なことを「はい、そうですか」とすぐに受け入れるなど、容易ではない。
再び呆然とする波音を、渚は不可解な面持ちで見つめている。熱を測り終えると「平熱の範囲内ね」と言って、波音の瞳孔の確認をし、今度は首に手を当てて脈を取り始めた。
波音の心臓は激しく動いているため、普段よりも脈が速くなっている。それに気付いた渚は、波音の肩を叩いた。
「波音、どうしたの? もし、身体のどこかがおかしいなら、正直に言いなさい」
「あ、あの……私、本当に……頭がおかしくなってしまったのかもしれません」
「記憶のこと? にほんとか言ってたやつ?」
「それです。多分ここ、私がいた世界ではない……みたいなんですけど」
「……はあ?」
信じてもらえないかもしれない、と思いつつ、波音は渚にもう一度詳しく説明した。渚は最初こそ訝しげな目をしていたが、波音の表情や声から、嘘を言っているのではないと判断してくれたようだ。
真剣に聞いてくれて、最後には腕組みをして考え込んだ。
「……それ、あり得なくもない、かも」
「えっ」
「この世界には様々な国があって、この国のように、観光や娯楽を産業として外に開いている海上都市もあれば、魔術を扱える者だけが住む空中城塞都市もあるの」
「ま、魔術……?」
「だから、そういうことが起こっても、おかしくないと思う。まあ……私は、波音の言うことを信じてあげるけど?」
それは、予想外の返答だった。『魔術』とか『空中城塞』とかいうぶっ飛んだ内容も聞こえたが、波音は自分が別世界に来たのだという確信を得た。
不可思議な現象も何もかも理解不能だが、渚が信じてくれてよかったと、波音は心底思う。
波音が眉根を寄せて考えている間、渚は簡易ベッドの前に戻ってくる。そのまま彼は椅子に座り、波音の耳の中にひやりとする何らかの器具を入れた。熱を測っているらしいが、波音の反応がないので、渚は波音の顔を覗き込んだ。
「ちょっと、なに? 放心してるの? 大丈夫?」
「……あの、ここってどこですか? 日本じゃないんですか?」
「ああ、もう。溺れて記憶がおかしくなった? 『水月の国』でしょうが。にほんってどこよ。そんな国、知らないわよ」
「えっ……ええっ!?」
波音が大声で叫んだせいで、動転した渚は、体温計らしき銀色の器具を取り落としてしまった。ぐちぐちと文句を言われているのだが、その声が波音の頭には全く入ってこない。
言葉が通じているのに、ここが日本でないと、簡単に信じられようか。そもそも、水月の国など聞いたことがない。
(なにこれ!?)
もしかすると、ここは平行世界なのではないか、と波音は考えた。しかし、それならば波音と同じ人間が存在し、国の文化も、環境も、波音の生い立ちも変わらないはずだ。
だが、その平行世界という考えも、科学的には証明できていない。とにかく、あり得ないことが起きている。
(それとはまた別の世界ってこと……?)
波音が溺れて意識を失った後、碧に助けられて目を覚ました時、周囲に誰もいなかった。その理由が、海を介して別世界にやってきたと考えれば説明がつく。
だが、そんな非現実的なことを「はい、そうですか」とすぐに受け入れるなど、容易ではない。
再び呆然とする波音を、渚は不可解な面持ちで見つめている。熱を測り終えると「平熱の範囲内ね」と言って、波音の瞳孔の確認をし、今度は首に手を当てて脈を取り始めた。
波音の心臓は激しく動いているため、普段よりも脈が速くなっている。それに気付いた渚は、波音の肩を叩いた。
「波音、どうしたの? もし、身体のどこかがおかしいなら、正直に言いなさい」
「あ、あの……私、本当に……頭がおかしくなってしまったのかもしれません」
「記憶のこと? にほんとか言ってたやつ?」
「それです。多分ここ、私がいた世界ではない……みたいなんですけど」
「……はあ?」
信じてもらえないかもしれない、と思いつつ、波音は渚にもう一度詳しく説明した。渚は最初こそ訝しげな目をしていたが、波音の表情や声から、嘘を言っているのではないと判断してくれたようだ。
真剣に聞いてくれて、最後には腕組みをして考え込んだ。
「……それ、あり得なくもない、かも」
「えっ」
「この世界には様々な国があって、この国のように、観光や娯楽を産業として外に開いている海上都市もあれば、魔術を扱える者だけが住む空中城塞都市もあるの」
「ま、魔術……?」
「だから、そういうことが起こっても、おかしくないと思う。まあ……私は、波音の言うことを信じてあげるけど?」
それは、予想外の返答だった。『魔術』とか『空中城塞』とかいうぶっ飛んだ内容も聞こえたが、波音は自分が別世界に来たのだという確信を得た。
不可思議な現象も何もかも理解不能だが、渚が信じてくれてよかったと、波音は心底思う。
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