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第4章:ふたりの想い、消えゆく笑顔
155話
しおりを挟む「ふふっ。交渉成立ですわね龍司様。では、その婚姻届の夫の欄に、龍司様のお名前を記入ください。見てお分かりだと思いますが、私の欄はすでに記入済ですので」
「……」
龍司が眉を寄せながら握られた婚姻届に視線を落とす。
「龍司様、この婚姻届は市役所に提出は致しませんのでご安心ください。ですが、法的に夫婦にならないだけで、状況として私と貴方は夫婦です。この先、決して実現しないであろう私と龍司様の結婚なんです。依頼とはいえ…偽りとはいえ、正式に婚姻届を書いてこそ意味があります。それが例え1日だけの偽りの結婚だとしても―――。」
嬉々とした表情を浮かべた七瀬が、真剣な表情で龍司に告げる。
黙ったまま不機嫌な表情をした龍司が、テーブルの引き出しからペンを取り出し滑らせるように文字で空白の欄を埋めていく。
全て書き終わると、パソコンのキーボードで何やら入力を始めた。
すぐにテーブル脇にあるコピー機が鈍い機械音を上げる。
コピー機から1枚の紙が出てくると再び立ち上がり、出てきた紙を手に取ると婚姻届と共に七瀬に差し出した。
「婚姻届は全て記入した。間違っても市役所に提出はするなよ。仮に提出したことが発覚したらその時は即依頼は中止だ。お前を契約違反とし、違約金の請求をする。もちろん湊も月嶋財閥へは渡さない。いいな?」
「――約束しましょう」
「それと、これは今回お前からの“結婚ごっこ”の契約書だ。必要事項を全て今ここで記入してくれ。…それと契約金額に同意したらサインをしろ。―――なお、今回の契約金額は通常の10倍の金額だ。変更や値下げは一切認めない。理由は分かっているな?依頼主の虚偽と会社のルールを無視した依頼…これらが金額増加の理由だ」
「もちろん、分かっています。」
にっこりと笑みを浮かべた七瀬が、差し出された婚姻届と契約書を2枚受け取った。
すぐに契約書に記入をはじめ、サインをすると契約書を龍司へと返した。
「これでよろしいかしら?」
黙ったまま受け取った龍司が、会社の判子で割り印を押した。
「契約成立だ。現金は依頼開始前にキャッシュで一括払い。分割払い及び依頼後の後払いは認めない」
「ご安心ください。準備はしております」
金額が跳ね上がることを予想していたのか、七瀬は鞄から見るからに高そうな布にくるまれた何かを取り出し、テーブルの上へと置く。
「その中にご提示いただいた金額よりも多めのお金を包んでいますわ」
「アキ、確認を知ろ」
「かしこまりました」
アキが中身を確認する。
確かに布の中にはいくつもの札束がくるまれており、龍司の提示した金額よりも多めの金額が包まれていた。
「問題ないかと思います」
「わかった」
「さて…これでよろしいかしら?龍司様」
「七瀬、最後に約束しろ」
「…なんでしょう?」
「このくだらない“結婚ごっこ”が終わったら、二度と俺の前に現れるな。そして何度も言うが、俺の事は諦めろ。どれだけお前が俺に好意を抱いても、俺は一生その気持ちに答えることはできない。」
「…わかりましたわ」
「依頼終了時間は、明後日深夜24時だ。念のため、依頼終了後すぐにお前には記憶抹消の薬を打たせてもらう。完全に俺の事を忘れてもらうように…。いいな?」
「―――ええ。お好きなようにしてください」
龍司の言葉に、七瀬の口元に笑みが零れる。
「出来るものなら…ね」
最後に小さな声で呟いた言葉は龍司に届くことはなかった。
恐ろしい程に綺麗な笑顔と、闇の様に暗い漆黒の瞳が不穏に光る。
そんな七瀬の表情に、誰も気づくことは出来なかった。
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