Last Smile

神坂ろん

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第4章:ふたりの想い、消えゆく笑顔

146話

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信じたいという気持ちと、信じきれない気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って自分の気持ちが分からなくなってしまう。
龍司の話を聞いた時に出てきた七瀬の気持ちは、龍司の過去の話の中で聞いてるからすでに知っている。

しかし、聞いている話だと龍司が20歳になるまで七瀬を好きになることがなかったら諦めるという約束だったはず。


――結局龍司は、七瀬さんを好きになることはなかったから、断ったって言っていた…。だからもう約束はなくなっているはずなのに、どうして婚約なんて話になっているの?


「…あの!龍司から、20歳になるまで龍司が七瀬さんを好きにならなかったら、諦める約束だったって聞いたんですけど…」

「――そんな事まで知っているの?…まぁいいわ。でも、その約束がなにかしら?私にはそんな約束関係ない。所詮約束は約束。書面での証拠がある訳でもない。ただの口頭での約束だなんて約束とは言わないわ」

「っ…!」


そんな理不尽な!
口頭でも、約束をしたことには変わりないのに…。


もしかしたら…
はじめからこの人には、龍司が言った約束は届いてなかったのかもしれない。


湊は、七瀬に何も言い返すことが出来ずにじっと見つめた。
口頭でも書面でも約束は約束だ。
それも、好きな人との約束なのに。

この人はどうしてそんな自分勝手なことが言えるのだろうか…怖いほどに甘い笑顔を浮かべる七瀬が怖くなってきた。



「龍司様は昔からずっと私のものなの。…絶対に誰にも渡さないわ。それがお兄様の子供である貴方だとしても。龍司様はずっと…今も昔もこれからも、私のものなの――――永遠にね」

「っ…!!」


恍惚した表情でうっとりと微笑んだ七瀬に、全身の鳥肌がたった。

なんて怖い笑顔なんだろう

なんて凶器のような笑顔なんだろう

なんて綺麗で気味が悪い笑顔なんだろう


いろんな感情が混じりあった七瀬の笑顔は、恐怖でしかない。


この人は狂っている


龍司の昔の話を聞いた時に、何度も繰り返すように龍司が朋也に対して言っていた言葉の意味が少しだけ分かった気がした。

七瀬の表情を見て、冷や汗が出て来た体は凍り付いたように動かなくなった。


「ふふ。では最後の挨拶になるけれど、貴方は龍司様の事を早く忘れてもっと素敵な人と一緒になりなさい。いいわね?―――まぁもう二度と会う事はないだろうけど」

「え…」


七瀬の細くて華奢な手が湊の顔に添えられた。
耳元で艶やかに囁かれた言葉は、全てしっかりと湊の耳に届いていた。

長くネイルを施された赤い爪が、湊の頬から顎にかけて滑るようになぞられる。

恐怖で背筋がゾクッとした。

あっという間に手は離れ、七瀬は長い黒髪を靡かせながら扉の方に歩いて行く。


静寂の部屋に鳴り響くヒールの音がやけに大きく感じる。

扉の閉まる音が聞こえ、漸く緊張の糸が解かれて体が動いた。

湊はすぐに扉へ振り返る。



「二度と、会う事はないって…どういうこと…?」



去り際に言われた七瀬の言葉が、頭から離れなくて復唱するように声に出した。

七瀬が言った言葉の意味が分からない。



呆然と立ち尽くしたまま、湊はただ扉を見つめるしかなかった。




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