108 / 196
第3章:歯車は動き出す
106話
しおりを挟む あれから涼香と大輝のゆるやかな友情が始まった。色々と話してみると同じ年ということもあって共通点が多い。
「え、涼香ちゃんこのバンド知ってんの?」
「えぇ? 基本じゃない? このバンド通らずしてどこ通るってぐらい」
二人は例の居酒屋に来ていた。
もちろん二人の間のど真ん中にイカの一夜干しが置かれている。
二人は携帯電話の画面を見ながら昔流行った映像を見ていた。こうして話しているとすっかり緊張も解けてきた。それは大輝も同じのようで洋介に話すような口調で涼香に話しかけてくれるようになった。
涼香はそれが嬉しかった。
大輝に惹かれているということではない。そうではないけれど、一緒にいると癒されるような感覚があった。
目の前で少しネクタイを緩める大輝と目が合うと涼香は微笑んだ。
「……弘子がね、私たちが似ているって思って引き合わせたらしいの、過去の恋を引きずってるって……大輝くんも、そうなの?」
今まで気になっていたけど聞けなかった。大輝の顔が少し悲しそうだった。
「あぁ……そうだよ。確かに引きずってる──」
そう言う大輝の顔は本当に辛そうだった。本当にその彼女のことを思っていたのだと感じた。
「涼香ちゃんもそう?」
「ん……そうね……。二年前に別れた人をね、バカみたいでしょ? 思っても、帰ってこないのに」
「……バカじゃない。愛していたら、当然だ」
大輝の口から出た愛という言葉に思わず顔を上げる。大輝は机に向かって目を伏せたまま何かを考えているようだ。声をかけたいのに、かけてはいけないような気がした。
「はい! おまたせしました! 鳥の唐揚げになります」
大輝の視線を切るように机の上に揚げたての唐揚げが置かれた。大輝はそれに気づくとふっと笑い、取り皿を手前に寄せ、取り分ける。
「食べよっか」
「そうだね」
二人は唐揚げを頬張り携帯電話を見て流行った流行語の一覧を見ていく。
「見て、これもう死語だよな」
「うそ、どうしよう。今も使ってるかも……」
涼香の言葉に大輝が笑いをこらえている。大輝の肩をパシンと叩くと思いのほかいい音が響いた。
二人ともまだ違う人を想っている。だから安心して一緒に居られる。他人からしてみれば、次に行け、諦めれば、若い時は一瞬なんだから……と言われてしまう。
でも大輝といるとこのままでもいいんだと言われたようで心が落ち着いた。
過去の恋なのだと、自分だって理解はしている。だけど、心をどうやっても変えられない場合は……どうしたらいいのだろう。
同じ苗字や名前の人と出会った時。
同じ香水を使っている人とすれ違った時。
過去に行った思い出の地に足を踏み入れた時。
部屋にある捨て切ったはずの彼の物も見つけてしまった時。
夢で彼の甘い声を聞いてしまった時──。
愛している気持ちが深かった分、それが消えた時の空洞は空いたままになったのかも知れない。
それが、いつ埋まるのか──私たちは知らない。
「え、涼香ちゃんこのバンド知ってんの?」
「えぇ? 基本じゃない? このバンド通らずしてどこ通るってぐらい」
二人は例の居酒屋に来ていた。
もちろん二人の間のど真ん中にイカの一夜干しが置かれている。
二人は携帯電話の画面を見ながら昔流行った映像を見ていた。こうして話しているとすっかり緊張も解けてきた。それは大輝も同じのようで洋介に話すような口調で涼香に話しかけてくれるようになった。
涼香はそれが嬉しかった。
大輝に惹かれているということではない。そうではないけれど、一緒にいると癒されるような感覚があった。
目の前で少しネクタイを緩める大輝と目が合うと涼香は微笑んだ。
「……弘子がね、私たちが似ているって思って引き合わせたらしいの、過去の恋を引きずってるって……大輝くんも、そうなの?」
今まで気になっていたけど聞けなかった。大輝の顔が少し悲しそうだった。
「あぁ……そうだよ。確かに引きずってる──」
そう言う大輝の顔は本当に辛そうだった。本当にその彼女のことを思っていたのだと感じた。
「涼香ちゃんもそう?」
「ん……そうね……。二年前に別れた人をね、バカみたいでしょ? 思っても、帰ってこないのに」
「……バカじゃない。愛していたら、当然だ」
大輝の口から出た愛という言葉に思わず顔を上げる。大輝は机に向かって目を伏せたまま何かを考えているようだ。声をかけたいのに、かけてはいけないような気がした。
「はい! おまたせしました! 鳥の唐揚げになります」
大輝の視線を切るように机の上に揚げたての唐揚げが置かれた。大輝はそれに気づくとふっと笑い、取り皿を手前に寄せ、取り分ける。
「食べよっか」
「そうだね」
二人は唐揚げを頬張り携帯電話を見て流行った流行語の一覧を見ていく。
「見て、これもう死語だよな」
「うそ、どうしよう。今も使ってるかも……」
涼香の言葉に大輝が笑いをこらえている。大輝の肩をパシンと叩くと思いのほかいい音が響いた。
二人ともまだ違う人を想っている。だから安心して一緒に居られる。他人からしてみれば、次に行け、諦めれば、若い時は一瞬なんだから……と言われてしまう。
でも大輝といるとこのままでもいいんだと言われたようで心が落ち着いた。
過去の恋なのだと、自分だって理解はしている。だけど、心をどうやっても変えられない場合は……どうしたらいいのだろう。
同じ苗字や名前の人と出会った時。
同じ香水を使っている人とすれ違った時。
過去に行った思い出の地に足を踏み入れた時。
部屋にある捨て切ったはずの彼の物も見つけてしまった時。
夢で彼の甘い声を聞いてしまった時──。
愛している気持ちが深かった分、それが消えた時の空洞は空いたままになったのかも知れない。
それが、いつ埋まるのか──私たちは知らない。
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説



あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる