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第3章:歯車は動き出す
103話
しおりを挟む「百合亜姉さん…湊。―頼むから無事でいてくれっ…」
懇願する様に両手を握り額に付けて呟いたその声は、心地の良い冷たい風にかき消された。
間もなくして着いたタクシーに乗ると、朋也の家までの住所を運転手に告げる。
目的の場所へたどり着くまでの時間が、いつもよりも数倍も長く感じた。
これまで移動中の車内の時間が気にならなかったのは、驫木のおかげだったのだと改めて実感させられる。
朋也が、どんな手段を使って龍司を監視しているのか予想もできない。
龍司は、時折窓の外を見回したり、後ろの車をチェックしたりする。
もしかしたら朋也も、洸太郎の様に殺し屋のようなものを雇ってる可能性だってある。
いつ狙われるかわからない。
今日は特に気を付けなければならなかった。
零達の護衛が一切ないからだ。
念には念を…一瞬たりとも気を抜ける隙は無かった。
漸く道路沿いに海岸が見えてきた。
有名な久良島海岸は、その大きさと透き通るマリンブルー海が有名だ。
水質のランクがAAと最も高くその透明度は道路からも分かる。
そして海岸近くに生い茂る植物や花は、海外の海岸で見られるようなものが多く育っていて、それらがより一層海の美しさを引き立ててるように感じた。
タクシー運転手の事を考えると、あまり家の近くまで行かない方がいいかもしれない…ふいにそう感じた龍司は、タクシーに備え付けられたカーナビを見る。
目的地まではあと5分程で到着すると表示されており、歩いても恐らく15分程だろう。
見ず知らずの一般人を巻き込むかもしれないと運転手へと声を掛けた。
「すみません。少し寄りたい所があるのでここまでで大丈夫です。」
「あ、はい。わかりました、ではあそこのバス停付近で止めますね。」
「はい。ありがとうございます」
60代前半ほどの運転手は、皺の多い目元を細めると愛想の良い表情を浮かべて答えた。
白髪だらけの薄い髪を綺麗にセットしていて、きっちりと制服を着こなしていた運転手はよく見ると、優しそうな目元や雰囲気がどことなく驫木に似ている感じてしまった。
緊張して強張っていた表情が緩む。
バス停付近にハザードを付けて止まれば、支払いを済ませタクシーを降りる。
外に出た瞬間、気持ちのいい潮風が龍司を包んで大きく息を吸った。
「改めてちゃんと久良島海岸に来るのは初めてだな。…やっぱりいい場所だ…」
今日来た目的が目的なだけに、素直に心から喜ぶことはできなかった。
それでも場所はとても澄んだ潮風が気持ちよくて、空気も美味しく、自然溢れる素晴らしい所だと思った。
龍司は、歩道脇にある岩壁から下の海岸を見下ろしてから、海岸を見渡し呟いた。
岩壁の高さは龍司の身長で肩ほどの位置まであり数mおきに海岸へと降りられる様に石造りの階段がある。
「――気分転換に海辺でも歩くか…。」
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