Last Smile

第3章：歯車は動き出す

94話

龍司の言葉に洸太郎が龍司を見上げる。
にっこりと笑顔を張り付けた龍司の笑顔が、初めて怖いと思った。


自分の息子に負けている事自体屈辱的なのだが、実際に龍司の頭の回転は尋常じゃないくらいに良かった。

教えればすぐに覚え仕事をする事が出来るし、何事もそつなくこなしていた。

誰かに狙われた時の護身用のつもりで教えた武術は、すぐにポイントを掴んでその力を発揮する。
薬品開発の時も、龍司は積極的に参加し、提案をして制作にも加担していていた。そしてその薬品は、どれも会社にとってなくてはならないものと呼ばれるまでになった。

一見、才能も頭の回転もよさそうに見える洸太郎だが、実際その実力は龍司の足元にも及ばなかった。
仕事は龍司程出来ず、開発も失敗の連続だったのだ。

それでも必死の努力で、今の実力を身に着けた洸太郎にとって、なんでもすぐに出来てしまう生まれながらの天才のような龍司の存在は、妬みの対象でしかなかった。

だから、優しくなど出来なかった。
優しくすれば、自分が劣っているという事を認めてしまう事になるからだ。


洸太郎は自信に溢れた龍司を見ながら、大きなため息をついた。

洸太郎から感じていた殺気が一気に薄れていったのを感じ取った零は、洸太郎の首筋から日本刀を離すと、鞘に納めた。
そしてすぐに腰元に付けていたチェーンから手錠を取り外して、洸太郎の両手に嵌める。




「…もう、…私の負けだよ。龍司」

洸太郎は、晃と琉夏が男達に手錠を嵌めている所を見ながら、諦めたようなに言った。

「…。」



龍司は、らしくない洸太郎の言葉にその姿をじっと見つめた。
いつもの洸太郎の話し方とはまるで違う話し方とその雰囲気に、別人と話しているとさえ感じていた。


「…今まで、本当に悪かった。」


「―――っ！！」



今までに聞いた事のない、覇気のない声。
今まで一度もした事のなかった洸太郎から、初めて聞いた謝罪の言葉。

龍司の瞳が見開かれた。


同時に、外からは複数台のサイレンの音が聞こえ始める。

サイレンの音が聞こえると、晃と琉夏が、持っていた武器をコートの中に隠す。そして、直ぐに少年3人は龍司に片膝をつき、「失礼します」と言うと社長室からその姿を消した。


認められた者以外の刃物や銃の使用は銃刀法違反だ。
普通の人間ならば、見つかれば確実に捕まるだろう。
龍司の護衛である彼らは、政府から特別な許可を貰っているため、捕まる事はないのだが、何故かサイレンには反射的に体が拒否反応を起こすらしいと以前言っていたのを思い出した。
今まで朋也の所でやってきた事からすれば、当然の反応なのかもしれない。


龍司は洸太郎を見たまま何とか紡いだ言葉を発した。


「なん…で、今更…」



――そんな事を言うんだ。


見た事も無い位に優しく、辛そうに微笑んだ洸太郎から目が離す事ができない。
零達が出ていった事も気づかない程に、今の龍司は洸太郎の姿に驚きを隠せないでいた。