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第3章:歯車は動き出す
37話
しおりを挟む湊の父親、朋也と龍司が初めて会ったのは龍司が10歳の時だった。
当時久堂財閥が事業を展開していた薬品会社の社長を務めていた龍司の父親である洸太郎に、次期社長として龍司は物心ついた頃から徹底的に教育をされてきた。
洸太郎は、家でも会社でも龍司にだけは厳しく、一度たりとも褒めてもらった事も、優しい言葉を貰った事もなかった。
子供として、親として接して貰った事なども、もちろんない。
なによりも、洸太郎が龍司の目を見て話す事がなかったのが証拠だ。龍司と話す時は無表情を浮かべ、その氷の様な瞳には龍司を映してなどいなかった。
――とうさんはおれの事なんて、最初から見てない…。
最初は、教育の関係で厳しくされてると思い、懸命に忠実に洸太郎の言う事に従ってきた。
だが、洸太郎の態度と雰囲気、表情、そして目を見ればそうじゃないと言う事に、勘が良かった龍司は分かってしまった。
社会人の、ましてや会社の代表という立場の人間であるが故、会社を受け継がねばならない息子に厳しく仕事を教えるのは理解できる。
しかし、家に帰っても洸太郎の龍司に対する態度は変わらなかった。
その理由も最初は分からなかったが、母親と姉にだけは龍司と接する時の態度がまるで違っていたのだ。
だから分かった。
…”愛人の子供”であるおれはいらない存在。
ただの後継者の人間の1人にすぎないと。
それ以上でも、それ以下でもないのだと。
地獄の様な教育指導が終わり、龍司は驫木の運転する車を降りると、自宅の扉を開けた。
自分の身長よりもはるかに高い高級な造りをした金色の扉は、まだ幼い龍司でも簡単に開ける事は出来る。
「おかえりなさいませ、龍司さま」
玄関のエントランスに入れば、迎えてくるメイドが2人。
龍司は片方のメイドにコートを、もう片方のメイドには鞄を渡すと、『ただいま』と感情のない声色で告げ、自宅の奥へと歩き出した。
「龍司様、ディナーの準備が出来ております。ダイニングの方へ…」
メイドの1人が慌てて後ろを付いてくる。
…毎日毎日、言われなくても分かっている。
メイドの問いかけに無言で一瞥すると、エントランスから繋がる廊下を足早に進んだ。
世界の第一線で働く建築家とデザイナーに特別発注し、何億という資金を使い建築された宮殿の様な豪邸を、龍司はとてもじゃないが好きにはなれなかった。
洸太郎と母親である亜矢子、姉の百合亜、龍司の家族4人が暮らすには大きすぎる家だ。
両親の愛情を全く感じた事がない龍司には、ただ広いだけのちっぽけな空間にすぎない。
「…はぁ。」
もう、何もかもが嫌になってくる。
ダイニングへ繋がる部屋の前で溜息をつき、ドアノブに触れた時、幼い龍司の体は後ろからの衝撃によって絨毯が敷かれている廊下の床に弾き飛ばされた。
「そこで何を突っ立っているの?邪魔よ」
「っ…!は、はうえ…」
上半身をゆっくりと起こしながら、顔を上げる。見上げた先に立っていたのは母親の亜矢子だ。
背中の空いた黒のロングドレスを身に纏っていた亜矢子が、切れ長の大きい目でぎろりと睨んできた。
綺麗なナチュラルブラウンの髪はアップでとめられており、綺麗に施されたメイクは本人の元々の美しさを上手く引き立ており、アクセントにつけられたダイヤのアクセサリーがきらりと光った。
「本当にあなたは…。いつまで床なんかに座っているの?久堂家の人間ともあろう者が、汚らわしい。そう言う所よ…あなたは、鈍くて鈍感で、人の気持ちを考える事が出来ないから、いつまでたっても仕事を覚える事が出来ないの」
「…。」
人の気持ちを考えられない、だと?
どの口が言っているんだ。
込み上げてくる怒りを必死に押さえ、唇を噛みしめると汚いものでも見るように睨む亜矢子に無表情の顔を向けた。
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