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第3章:歯車は動き出す
35話
しおりを挟む―――みなと…。
ずっと、優しい声で名前を呼ばれている気がする。
―――みなと…もう、離さないからな…。
ずっと暖かい何かで護られている気がする。
―――みなと、好きなんだ…どうしようもないくらいに…
ずっと、甘い言葉を囁かれている気がする。
『りゅうじ、大丈夫だよ。ぼくがりゅうじを守ってあげる。ぼくがりゅうじの光になってあげる』
目覚めようとする意識の中、チャンネルが切り替わったかのようにして突然現れたのは、10歳の頃よりも幼い湊の姿だった。
幼い湊が抱きしめたのは、まだあどけなさが残る、湊が好きな黒曜石の様な瞳と、同じ黒髪を持つ幼い龍司。
まだ少し大きな切れ長の黒目は、湊の言葉によって大きく開かれ、揺れ動くと同時に大粒の涙が零れる。
『みなとッ…!』
幼い龍司は震える声で名前を呼ぶと、湊の背中に腕をまわし、抱きしめる。
これ、知っている。
これは、だってこれはっ…
―――俺が傷だらけの龍司に、昔言った言葉だから
「…ッ」
ハッとしたように湊の瞼が開く。
だが、その場所に見覚えはない。
湊の視界に入ってきたのは、見た事ない真っ白な天井だった。
ここ、どこ…?
言葉に出そうと思い、口を開くが、喉がカラカラに乾いており、言葉を発する事が出来ない。
そして口元には、酸素マスクが付けられているようだった。
状況が把握出来なくて、考えようとするも上手く思考が働かない。
湊は、天井を見つめていた視線をゆっくりと横に動かす。
手が暖かい何かに包まれている気がして見ると、そこには湊の手をしっかりと握りしめ寝息をたてている龍司の姿があった。
龍司…。
あの夢は、龍司がずっと俺の手を握っていてくれたから見た夢だったんだ…。
ありがとう、龍司…。
ふわりと優しく微笑むと、きゅっと優しく龍司の手を握った。
同時にぴくり、と龍司の手が反応し、閉じられていた瞳が開く。
…やっぱりあの時と変わらない、綺麗な瞳…
湊は微笑みながら龍司を見つめていると、切れ長の目は大きく開かれ、次の瞬間には湊を抱きしめていた。
「湊ッ…湊!!!良かったッ…本当に…ッ本当によかった…!!湊…ッ!!」
泣きそうに歪んだ龍司の表情に、湊も泣きそうになり、応えるように龍司を抱きしめ返す。
暖かくて大きな龍司の体は湊をあっという間に包み込み、心の中までも温めてくれた気がする…と抱きしめられた腕の中で湊は思った。
「りゅ…じ…」
「湊…、大丈夫か?具合はどうだ?」
漸く顔をあげた龍司だが、腕の力は緩めないまま、顔を覗き込むようにして聞いてきた。
今まで見たことのない焦りと心配を含んだ龍司の表情に、湊は『大丈夫』と微笑んだ。
安堵で肩を落とした龍司と同時に、部屋に誰かが入って来る。
「え、社長…!いらっしゃっていたんですか!?あれほど休んでくださいと申し上げましたのに…。」
やれやれ…と少し呆れた様な表情を浮かべるセリは、困った様に微笑んだ。
…だれ…?
点滴袋と注射器、消毒液が乗ったプレートを持ちながら部屋に入ってきた金髪の美女に、湊は龍司越しにじっとセリを見つめた。
腰まであるだろう長髪の髪を後ろに1つに結わえ、胸元まで大きく開いた白のシャツと黒のタイトスカート。化粧は濃すぎず薄すぎず、薄い色をした赤のリップが塗られた唇がなんとも色っぽい。
龍司を“社長”と言っている事から、龍司の会社の人なのかな?と湊は思考を巡らせる。
「セリ。湊の目が覚めた!やっと…」
龍司の言葉に、セリが目を見開くと、ヒール音を鳴らしながら湊の方へ近づいてくる。龍司の後ろに隠れていた湊を覗き込んでくると、綺麗に微笑んだ。
「…あなたが湊様ですね…。社長が大切にされている方だけあって、とても可愛らしい方ですわね」
う、わゎ…遠目でも綺麗な人だと思っていたけど、近くで見ると尚更…。
凄く綺麗な人…
初めて会った美女のセリに、思わずじっと見つめてしまう。
自分よりも、断然この人の方が綺麗だと湊は思った。
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