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第3章:歯車は動き出す
16話
しおりを挟む―――ん?
ふ、と公園の木の下に誰かが立っているように見えた。
姿格好からして男の人だろうか。
その人は雨の中傘も差さず、真っ直ぐに湊の方を見ているように思える。
真っ黒なスーツに、グレーのロングコート。
遠すぎて顔が見えず、湊は不思議そうに窓から見下ろす
あの人誰だろ…
「ずっとこっちの方を見ている気がするけど…龍司の知り合いかな?」
いや、まさか…。
遠すぎて、こっちを見ている様に見えているだけなのかもしれない。
湊は、雨の中傘も差さずに外に立っている異様な人物の姿をじっと見る。
ずぶ濡れになりながら立っている男は、何かをコートから取り出したように見えた。
湊にはもちろん、何をしているのかはっきりと見えない。
何をしているんだろうとじっと見ていると、湊の部屋の方から携帯の着信が聞こえて来た。
「龍司かな?」
ふらついた足取りで部屋へと向かう。
テーブルに置いてあった携帯を手にした途端に、ぴたりと着信音が止まった。
代わりに、メールの通知が一通届いた。
見たことないアドレス…
「誰…?」
“ただいま、湊”
「これって…っ!」
まさかっ…!
相手が誰かなんて、言われなくてもすぐに分かった。
気づけば、湊は携帯を握りしめたまま家を飛び出していた。
「はぁっ、はぁっ…っげほっげほっ、はぁっ…父さんっ!」
父さんっ!
なんでっ…!
エレベーターを降りマンションを飛び出したものの、そこには誰の姿もなかった。
湊は一目散に公園へと走った。
薄着だった服は外に出た途端に雨水を吸い込み、素肌に重くへばり付く。
怠さでクラクラしていた頭は次第に痛みに変わり、ズキズキと激しい痛みになっていった。
しかし、今の湊にそんな事は気にならなかった。
”父さんが帰ってきた”
湊の頭の中はその事しか考えられなかった。
「父さんっ!げほっ!げほ…っ!はぁ、父さんっ!」
霞む視界を懸命に擦り、雨水が溜まっているアスファルトの道路を必死に走る。
漸く公園に着いた時には、朋也の姿どころか、人の姿すらなかった。
「はぁッ…はぁッ…!げほっ!げほ!げほ…っ!とう、さん…ッ!!」
乱れた息を直しながら辺りを見渡す。
人1人いない広々とした公園は静けさに包まれていた。
湊は、降りしきる雨の中、力尽きた様に公園の地面に座り込む。
「どうしてっ…!!やっと…やっと戻ってきたと思ったのにっ…!!」
頭がガンガンする
目の前がクラクラして、世界が回っているようだ。
勢いを増し続ける雨のせいで、症状も悪化しているようにさえ感じ、痛む頭に手を添えた。
雨水を含んだ髪の毛が、肌にへばりつく。
せっかく父さんと会えたと思ったのに…っ!
聞きたい事が山ほどあるのに…それさえも聞く事はできないの?
父さんも母さんも、みんな俺の前からいなくなるの?
込み上げてくる悲しみの感情は、激しく降る雨と共に流れていく事はなかった。
どうせなら一緒に流れてしまえばいいのに。
それはまるで磁石の様にへばりつき、湊から離れることはなく、湊の中に居続けるのだ。
地面に打ち付けるように激しく降る雨が、次第にぼやけて視界に映る。
そして二重に見えると、景色は次第に霞んでいった。
「とう…さ…っ」
雨で水気が増した地面に湊は倒れた。
「湊!」
意識が薄れてゆく中、誰かが湊の名前を呼んだ。
――――それはとても懐かしい、安心する声。
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