BLを教えてくれ腐男子先生!

響藍

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第十一話『愛を纏った獣』

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(約1年前)
 「...なあセンセー、悩み事でもあんの?」
「えっ!?ど、どうしたの急に。」
 駅へと向かう下校道、翔の鋭い指摘に青也は動揺する。翔の家は駅の向こう側を少し行ったところにあるらしく、駅まで一緒に帰ることが日課になっていた。
「どうしたもこうしたもないよ、さっきから上の空になっちゃってさ!今日待ち合わせに遅れたことと関係ある?」

 今日は噂について春人に教えてもらっていて待ち合わせに少し遅れてしまったのだ。またしても鋭い指摘をした翔に、青也は話すか話さないか悩む。そしてゆっくりと口を開く。

「いや、なんでもないよ大丈夫。自分でも状況がまだ理解できてないというか、悩みというより疑問というか...」
青也は少し俯く。朝のことを思い出したのだ。嘘でも本当でも、好奇の目を向けられるのはやっぱりいい気分はしない。翔にまでそんな想いはさせたくない。

「俺で良ければ相談乗るぜ?家までここから五分くらいで着くし、よかったら来てよ。ちゃんと相談乗るし、それに...俺のコレクションも見てほしいしさ。」
「...ありがとう。」
翔の優しい言葉に穏やかな気持ちになった青也は笑顔と目線を向ける。翔も静かに微笑んでいた。しかし青也は再びゆっくりと俯いた。
「...でも本当に大丈夫、相談できるくらいに状況を把握できたら相談するよ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「まさかそっちから会いたいって言ってくれるとは思わなかったよ、センセッ?いや、青也。」
 待ち合わせ場所に既に居た翔は落ち着いた笑顔で言う。狙っているのだろうか、あの時の制服のような、灰色のスラックスと白いワイシャツを用いたスタイルに、青也は動揺する。

「...久しぶり。俺は、自分のために翔に会いに来たんだ、そんなに嬉しそうな顔されると正直困るよ。」
 青也は少し震える足を指で強くつまみながら、淡々と言葉を絞り出した。
「自己満なのはお互い様じゃん?俺は運命の人にもう一度会えて嬉しいよ。」

 『運命』、その言葉で青也は落ち着きを取り戻す。秀和の顔が浮かんだ。そうだ、あれを『運命』と呼ぶなら、運命が一度きりとは限らないじゃないか。

「...運命だったのかもしれない、だけどそれでも、俺に選ぶ権利はあるだろ?俺は、ちゃんと断りに来た。拒絶して、否定して、逃げた。それじゃダメだってわかったからここに来たんだ。...いや、わかってたけど怖くて会えなかった。けど、翔が100%悪いかって言ったら違うだろ?向き合いたいって思ったんだ。」
 人の好意を断るというのは、やっぱり罪悪感も感じるものだな。翔が100%悪いわけではないけど、悪くないわけでもない。
 たまにフラッシュバックしてしまうくらいにはトラウマとなってしまっている。

「そうか...でも俺は、そうやすやすと運命を諦められるような性格じゃないんだ。わかるだろ?」
 そう言って翔は青也の両方の手首を強く掴む。
「なっ...!痛えよ離せって!」
「なあ、あん時は悪かったよ、だからさ、またチャンスをくれよ?な?な?いいだろ?」
 翔の力が次第に強くなっていく。


 また、フラッシュバックする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 青也は緊張していた。割と強引に連れてこられてしまった。心の準備が出来ていない。それもそのはず、高校生にもなって今の今まで誰かの家に遊びに行くということをしてこなかったのだ。どんな風に、どんな顔で、どんな気持ちで居ればいいのかわからなかった。
 実際には、今回は悩みを聞いてもらう立場であって、決して遊びにきたわけではないのだが...

「まあ、気楽にしてよ。親いつも遅いから。」
「う、うん...」
「...それで、何か相談事があるんだろ?この俺になんでも言ってくれ!」
 翔は自信ありげに胸を叩く。しかしまだ玄関である事を思い出したようで、少し恥ずかしそうに部屋へと案内を始めた。青也はそれを見て少し気分が楽になった。

 部屋に到着すると、綺麗に掃除された無駄な物のない空間が広がっていた。見渡すと、端にある本棚に目がついた。
「おおっ!?もしかしてあそこにあるのがコレクションか!?」
 さっきとは一変、青也は嬉々として本棚に駆け寄る。本がたくさんある中、本棚の二段分がBL漫画だった。おお、俺の持ってないやつもあるじゃん!
「はは、さっきまでの緊張何処いったんだよ。」
「あっ、あはははは。」
 我に帰った青也は精一杯の愛想笑いをする。つい興奮してしまった、恥ずかしい...くそう、穴があったら入りたいっ!

「よし、そろそろ天川相談所、オープンするか。じゃんじゃん相談してくれよ。」
 ドカッとベッドに座った翔はこちらを見て笑顔で隣をポンポン叩く。ここに座れという事なのだろう。素直にそれに従う。
「いつでもいいよ。解決できるかは微妙だけど、聞いてあげることはできるからさ。話してごらん。」
「うん、じゃあ。実は.........」


「......そんなことがあったのか。アドバイスらしいアドバイスはできないけど、青也が学校で孤立しようと、俺はずっとそばにいるから安心してよ。どう?少しは気は楽になった?」
「うん。ありがとう、聞いてくれて。」


「あっ、なんも用意してなくてごめんね、飲み物持ってくるよ。喉乾いたでしょ。」
「えっ、そんなのいいよ!帰れば済むことだし!」
そう荷物をまとめ始める青也の肩を翔は少し強く掴む。
「俺が飲んでいって欲しいだけだから。ね?」
「う、うん...」


ピロン
 翔を待っていると、ふとスマホが鳴った。春人からのメッセージだった。
『なあなあ、天川がお前が腐男子だって知ったのっていつどこ?』
『えっと...5月の中旬頃?かな。大体2ヶ月前?駅と反対方向の本屋で、そん時に。』
『ふーん。』
『急にどうしたの?』
『いや、なんでそいつそこの本屋いたんだろうって思ってさ。家、そっち側じゃないんだろ?』
 確かに。あの時何も本買って無かったし、わざわざ家と反対方向の本屋に行く必要無いよな。...あれ?でもその前にーー
『なんで翔の家が駅の方って知ってんの?』
『ああ、調べたんだ。今は気にしないでくれ。ところで、今何処だ?できれば会って話したい。文字打つの疲れたー』
 調べた??まあ、今はいっか。
『今、翔の家だけど...』
『え!?今そこに天川いんの?』
『いや、今は飲み物用意してもらってるとこ。』
『じゃあ通話してそのまま切らずに置いといてくれないかな?』
『えっ、まあ、いいけど。』



「...もしもーし?」
「ああ、急にわるいな。ん?...出された飲み物には手を出さない方がいいかもだって。飲むフリだけにしとけ。」
「なんじゃそりゃ。」
「自称探偵の戯言だ、気にすんな。とりあえずもうスマホ伏せて置いちゃって、よろしく。」
「お、おう。」

「お待たせ。途中トイレ行ってて遅くなっちゃった。」
 スマホを机に置こうとした瞬間、ドアが開いた。青也は驚いてスマホを落とす。ひっくり返って翔の足元に向かってしまう。

 見られた。

 瞬間、翔は無表情となり、無言のままジュースを机に置いた。固まった青也を横目に見つつ落ちたスマホを拾う。
 翔から青也の手に渡る頃には何故か通話は終了していた。

「なんでだよ。」
力のこもってない声で翔は問う。
「えっ?」
状況が理解できない青也は戸惑いの声を上げた。翔の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
「なんで俺以外のやつと電話なんかしてんだよ!俺の部屋で!俺だけを頼りにすればいいんだよ!俺だけに縋っていればいいんだよ!俺だけに笑って泣いて怒ればいいんだよ!なのになのになのに!!」
 突然の翔の怒声に青也は気圧されベッドの奥の方へと移動する。それを見た翔は迫り、青也の肩を掴み押し倒す。怖くなった青也は押しのけようと手を出すが、今度は手首を掴まれてしまう。

「俺は青也の事がずっと好きなんだ、だから本屋で会えた時は本当に運命だと思った。誰にもお前を渡したく無い。独り占めしたい。俺だけのものになってよ。なあ。」
 そう言って顔を近づけてくる。
「ふざけんな!BLが好きなのはフィクションだからだ!やめろ!気持ち悪りぃんだよ!」
 青也は必死に横を向いて抵抗する。それに合わせて翔を顔を捻じ込ませようとしてくる。
 すると翔の重心が前に移動し腰が浮いた。すかさず足を間に入れ思いっきり蹴る。モロに入ったのか、翔はうずくまり苦しむ声を上げた。青也は急いで荷物を取って逃げた。


 後になって酷いこと言ったなと後悔するがあの時は必死だったんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「嫌がってますよ、辞めてあげてください。警察呼びますよ?」
 そう言って翔の腕を強く掴んだのは、スーツを着た同年代の男性だった。

 翔は辺りを見回し、目撃者が多い事を確認すると、素直に手を離した。

「悪かったな、また今度ゆっくり話そう。」
と穏やかな声で言う。これに対し青也は強ばった表情で言う。
「いや、俺が伝えたいことは伝えたし、やっぱり翔と付き合うのはごめんだってさっきので痛感したよ。今度は来ないと思ってくれていいから。」
 翔はムッとした表情を見せるが、状況が状況なので、そそくさと帰っていった。


「さっきはありがとうございました、助けに入ってくれなかったらどうなってたことか。」
「はは、今にも殴り合いになりそうな雰囲気でしたもんね。」
「あはは、一方的にやられるとこでしたよ。」
「そうですか?なかなか腕が立つようにお見受けしましたよ。」
「そんなことないですって!とりあえず、ありがとうございました!」
「いえいえ、さっきの人に刺されないように気をつけてくださいね。」



そう言ってスーツの男は去っていった。
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