響藍

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第1部 言って後悔、言わずに後悔。

第3話「伝えたい言葉」

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 親友が部活を辞める。
 俺はそれを止めなかった。悩んだ上での決断だった。彼も相当悩んだのだろう。そして辞める道を選んだ。だからこそ。
 止められなかった。
 俺の『止めたい気持ち』は彼の『辞める決意』に勝るだろうか。俺はそれを言葉にして伝えられるだろうか。俺はそれを隠して心にもないことを言えるだろうか。
 自分だけ楽になろうとしているのではないかという思いが消えず、結局何も言えない自分が惨めで仕方がない。
 黙って見守ることが俺に唯一できること、
なんてカッコつけて逃げ道を作っているだけだ。そんなの自分が一番わかってるんだよ。
 
 「もう文化祭まであと三日か。早いな。」
 日も暮れて満月が夜道を照らす帰り道、学は月を見上げて笑う。悲しそうに見えるのはこの気持ちのせいか、月あかりのせいか、学の両脇にある松葉杖のせいかはわからない。
 少し肌寒くなって、息はまだ白くはならないけれど冬服を着始める季節に別れはやってきた。文化祭を境に学は陸上を辞める。
 足の怪我が原因だった。しばらくは見学をしていたがついに辞めることを決意したようだった。
 「ああ、去年の文化祭からもう一年経つんだよな。一年って早えーなあ!」
 学の前に立って笑ってみせる。いつもなら意識せずとも笑えるのだが、今はちゃんと笑えているか心配で仕方がない。
 「そうだな。思い返すと、いっぱいあったな。」
「あ、俺忘れてないからな!物理の宿題あるとか言って学校まで取りに行かせたのに結局宿題なんて出されてなかったんだから!あんなに走ったのにさ!」
ああ、そんなこともあったなと学が笑う。そんなこととはなんだ!と俺も笑う。
 「まあ、そのおかげで加奈子さんと付き合うことになったんだからいいじゃねーか。」
その時は偶然俺の好きな子が教室にいて、なんとその子も俺のこと好きってことで付き合うことになったのだ。
「ふん!運に救われたな。」
悪役のような口ぶりで返した言葉はさらに笑われる羽目になった。
 「え?あれ俺が仕組んだの気づいてなかったの?」
学の笑い声は止まない。
「う、嘘だ。そんなわけない!嘘だ!」
 初めて知った事実に困惑しながらも、本題を持ちかけることにした。
 「なあ、陸上辞めたあとどうするの?」
 また、学は月を見上げて笑う。
「どうしようかな。足使わないとこなんて運動部にはないでしょ。文化部かなー。写真部なんてどうよ?悟史の写真いっぱい撮ってやるよ。もちろんデータは有料ね。」
おいおい、金取んのかよ!とツッコミを入れると、他に悟史撮る理由あんの?なんて返ってきて二人して笑う。
暗い空に笑い声が吸い込まれるように消えていく。それと同時に学が真剣な顔で見つめてくる。
 「悟史、俺はどうすればいいんだろう。自分でもどうすればいいのかわからないんだ。お前はどう思う?」
 『あん時、無責任なこと言ってごめんな。』『迷惑かけてごめんな。』『無理なお願いいっぱいしてごめんな。』『頼りになれなくてごめんな。』『今まで楽しかったありかとう。』『そっちでも頑張って。』『俺、応援してるから。』『やっぱり辞めないでほしい。』『また今度カラオケ行こうな。』
 思い出とともにたくさんの想いが浮かぶ。
しばらく考えた後、口を開いた。
 「学のことだ、俺なんかのいうとおりなんかにしちゃダメだよ。」
 言葉と想いが食い違う。
 全部、言いたい想い。
 全部、言えない想い。
 俺がもう少しだけばかだったら、何も考えず思ったこと言えるのかな。
 言って後悔するのと、言わずに後悔するのはどっちが辛いのだろうか。俺にはわからない。もし言わなかったら、絶対に後悔する。それはわかる。
 「やっぱり俺、辞めないでほしい。自分勝手なこと言ってんのはわかってる。だけど、俺はお前ともっと一緒にいたいんだ。」
 学の足を見ながら必死に告げる。怖くて顔を見ることができない。どんな顔してんのかな。
 「ありがとう。」
 予想もしていなかった言葉に驚いて顔を見上げると、学は笑っていた。
 とても嬉しそうに、笑っていた。
 だから、俺も笑うことにした。
 月がいつもより綺麗に見えた。
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